第28話 幽霊お姉さん
次に気がついた時、周囲はすっかり暗闇に包まれていた。
もう、夜になったのだろうか?
ふと、視線を感じた。
視線の方に目を向けると、二十歳ぐらいの女性が僕を見つめている。
暗闇なのに、彼女の姿ははっきり見えた。
別に驚くことではない。
さっき、エラの邪気に怯えていた自縛霊だ。
「こんばんは」
僕が挨拶すると彼女の方が驚いていた。
「私の姿が、見えるの?」
「はい。霊能者ですから」
「霊能者? ということは……」
彼女は疲れたような顔をしてうずくまった。
「はあ。やっぱり、あたし死んでいたんだ。変だと思ったのよね。誰に声かけても、気がついてもらえないし……」
「お気の毒です。それと済みません。勝手に家に入って」
「いいのよ。事情はずっと見ていたから。君、あいつらに誘拐されてきたのでしょ?」
「ええ。そんなところです」
「あいつら、何日も前から家に居座っているのよ。あたしの姿が見えないなら仕方ないけど、あいつらの一人はあたしの姿が見えていたはずなのよね。それなのに話を聞いてくれないし、もう一人はヒドイ臭いを出しているし」
エラの放っていた邪気は、幽霊からすると悪臭になるのか。
「もう、あいつらは出て行ったから大丈夫よ。まったく、生きている人間のくせに幽霊を怖がらせるなんて」
この
「そうですか。それでは、僕もここで失礼させて……」
「ああ、帰るのは無理よ」
「え?」
「あいつら、君を縛ったまま出て行ったから」
そういえば、電撃食らう前から縛られていたんだっけ。
縛られているのは両足首と、両腕の肘の当たりを身体ごとのようだけど……
肘から先は自由に動くけど結び目に手が届かない。
届いてもこの暗闇では……
なんとか這って動くことはできるが……
「ほどいてあげたいけど、あたしは物に触れないの。ごめんね」
「いえ。気にしないで下さい」
「這うことはできるのね。じゃあ、あたしの誘導する方へ行って」
「え? はい」
幽霊お姉さんの誘導にしたがって僕は床を這った。
しばらく進むと……
「そこで顎を下げて」
言われたとおりにすると、顎に何かが当たった。
途端に明かりが灯る。
LEDランタン?
「あいつらが残して行ったのよ。電池が残っているか心配だったけど」
「ありがとうございます」
「それと、あいつら君のスマホを置いていったわよ」
「え?」
「電源は切られているけど」
幽霊お姉さんに誘導される事三十分。
なんとか、スマホにたどり着いた。
電源を入れると途端に着信音が鳴り響く。
電話の相手は樒!?
『もしもし! 優樹! やっと出てくれたのね!』
「樒。助けてくれ! 空き家に、監禁されている」
『空き屋!? 誰がそんな事を……』
「
『槿さんですって? 分かった! 助けに行くわ。場所は分かる』
「場所は……それが分かるぐらいなら……」
「ちょっと君」
「え?」
幽霊お姉さんの方を向いた。
「ここの住所なら、あたしに聞いて」
そうだった!
さっそく、幽霊お姉さんが教えてくれた住所を樒に伝えた。
『分かった。二十分ぐらいでそっちに着くわ』
電話を切って、幽霊お姉さんの方に顔を向けた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいって。それより、君。助けが来たら、あたしを供養してくれないかな。死んだと分かった以上、さっさと成仏したいのだけど……」
「分かりました。あの……お姉さんは、なんで死んだのですか?」
「はっきり覚えていないのだけど、最後の記憶はお風呂だったから、お風呂で死んだのかも……」
風呂の中で溺れたのかな?
「そうだ! 気が付いた時、あたしマッパだったから、お風呂に間違えないわ」
「マッパ?」
「素っ裸って事」
「え?」
「あら? 君赤くなっているわよ」
「え?」
「想像しちゃった? お姉さんのヌード」
「してません! してません!」
「かわいい」
完全にからかわれている。
「まあ、いつの間にか、服を着ちゃっていたのだけどね」
「と……とにかく、お風呂で亡くなったという事は、溺れたか、ヒートショックが考えられますね」
「ヒートショック? ああ! そうかも。あの時、すごく寒かったから」
「それで気が付いたら、彷徨っていたのですね」
「そうなのよ」
「風呂の中を見ましたか?」
「見たわよ。お湯はすっかり抜かれていたけどね」
「じゃあ、遺体はもう回収された後かもしれないですね」
そんな事を話している間に、樒のバイクがやって来た。
「優樹! この中にいるの?」
外から樒の声が聞こえる。
「樒! 僕はこの中にいる」
「待ってて。今、ミクちゃんが式神を送り込むから」
程なくして、白いウサギ式神が壁を抜けて入ってきた。
「優樹様。ご無事で何よりでした。皆さん、心配していましたよ」
ウサギは僕を縛っていたロープを噛み切ってくれた。
「お姉さん。玄関はどっちです?」
「こっちよ」
幽霊お姉さんの案内で玄関を見つけてドアを開くと、樒が駆け込んで来て僕を抱きしめた。
「ちょっ……樒……」
「ばかあ! 急にいなくなるから心配したのよ」
「ゴメン」
「あんたのお母さんなんか泣いちゃったのよ」
「母さんが……」
「私の知らせを聞いて、車でこっちへ向っているわ」
丁度良かった。母さんの車のトランクには、いつも祭壇セットが積んである。
ここへきたら、幽霊お姉さんを供養してもらおう。
「だけど、元を正せば私が優樹に芙蓉さんの様子を見てきてなんて言うからいけなかったのね」
「気にするなよ。僕だって、芙蓉さんの事が気がかりだったし」
「ううん。ここはお詫びするわ」
「お詫び?」
「お詫びに、キスしてあげる」
そう言って、樒は顔を近づけてきた。
「ちょっ! ま! ミクさんが見ている!」
樒の背後でミクさんが顔を真っ赤にしていた。
「あたしの事なら、気にしなくていいです。ここでジイっと見守っていますから、続きをどうぞ」
「いや……さすがに人の見ている前では……」
樒はようやく僕を離した。
「あら? やめちゃうの? 冥土の土産にいいものが見られると思ったのに」
幽霊お姉さんまで残念がっていた。
「優樹。この霊は?」
「この家の人だよ」
僕はそれから母さんを待つ間、今までの経緯を樒とミクさんに説明した。
「そうか。槿さん、そんな事になっていたのね」
「ああ。芙蓉さんは、どこまで知っていたのかな?」
「さあ? それより優樹。あんたその話を真に受けたの?」
「え? そうだけど……何か問題でも……」
樒は深くため息をついた。
「優樹。槿さんの事、本当は良い人なんじゃないかと思っているでしょう?」
「違うの?」
「槿さんが支部長をやっていた頃、私はあの人から散々しごかれたのよ」
「しごかれた?」
「九字切、真言、呪符の作り方その他。できないでいると罵られるわ、殴られるわ」
全然、そんなイメージじゃなかったけど……
「それだけじゃないわ。除霊や降霊の料金を顧客から取り立てる手段まで、教え込まれたわ」
「ちょっと待て! それって不正請求だろ!」
「そうよ」
「生活に困った霊能者が仕方なく不正請求していて、その罪を槿さん一人で被ったのでは?」
「そんなの嘘に決まっているでしょ。あの人は、自分の言う事を聞きそうな霊能者に不正請求させて、その上前をはねていたのよ」
「ええええ!?」
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