第26話 神?
手首の痛みを覚えて目を覚ますと、僕はどこかの部屋で両手首を縛られて天井から宙吊りにされていた。
なんでこんな状況に?
確か、駐車場で外人の女の子に首筋を触られた時に、電撃のようなショックを受けて……
そのまま気を失って、僕は拉致されたのか? 芙蓉さんに? いや! あれは芙蓉さんじゃない。
芙蓉さんにそっくりで、僕をちゃん付けで呼ぶ人……先代支部長の
不正行為で協会を除名されたと聞いていたけど、こんな事をしていたなんて……
とにかく、ここから逃げ出さないと……と言っても、ロープはほどけそうにないな。
そもそも、ここはいったいどこだろう?
かび臭い空気が漂う薄暗い部屋。
電燈は灯っていない。
板を打ち付けられた窓から漏れる微かな光線で、室内の様子が辛うじて分かる。
部屋の広さは六畳ほど……と言っても、振り向くことができないので見える範囲での推測だけど……
僕の手首を縛っているロープが、部屋の中心部あたりの天井からぶら下がっているなら部屋の広さは六畳ぐらいだ。
足元に目を向けるとフローリングの床にはうっすらと埃が積もっていた。
僕のつま先は、その床から数十センチ上。
家具らしきものは見当たらない。
「目が覚めたか?」
その声は、背後から聞こえた。
不意に服の裾を掴まれて、身体を吊るされたまま百八十度回される。
そこにいたのは、さっきの少女……
槿さんはどこにいるのだろう?
「あのさ、降ろしてくれないかな? ロープが食い込んで手首が痛いんだけど……」
「ダメだ」
まあ、頼んで降ろしてくれるぐらいなら、最初からやらないよな。
「これをやったのは君なの? それとも槿さん?」
「私がやった」
「分かっているのかな? これって、犯罪だよ。今すぐ、ロープを切って降ろしてくれるなら、警察には黙っていてあげるから」
「大丈夫だ。警察にはばれない」
「君、日本人じゃないね。どこの国の人か知らないけど、日本の警察は優秀だよ」
突然、少女は笑い出した。
「あはははは! 日本の警察が優秀? ウケル!」
「そんなにおかしいかい?」
「日本の警察は優秀なのではない。他国の警察が無能すぎるだけだ。日本の警察も、私を捕まえる事は出来ないでいる」
という事は、この子は初犯じゃなくて、今までもいろいろと悪事を働いていたって事か。
「分かった。日本の警察は優秀ではない事は認める。だから、せめてロープを緩めてくれないかな。手首が痛いんだけど」
「ダメだと言っているだろ」
「頼むよ。逃げたりしないから。君だって、別に僕を痛めつけるのが目的じゃないだろう」
「お前は、勘違いをしているな」
「は?」
「私は言ったはずだ。おまえを見つけ出して、殺してやると」
「え?」
何を言っているんだ? この子?
誰かと、間違えられているのだろうか? 僕は人から恨まれる覚えは……まったくないとは言えないけど、少なくとも殺意を抱かれる程の恨みを買った覚えはない。
「ええっと、そんな事言われた覚えはないのだけど。そもそも、僕と君は初対面だろ」
不意に彼女は僕にスマホを突き付けた。
これは、僕のスマホ?
画面に出ているのはミクシイのトップページ。
「これが何か?」
「ミクシイネーム アトラスとはお前か?」
「そうだけど」
「くくくくく」
「何がおかしい?」
「お前、身長はいくつだ?」
「う!」
「さあ、言ってみろ」
「ひゃ……百……六十……」
「嘘をつけ」
「百五十」
「まだ、嘘を付いているな」
「嘘じゃない。四捨五入すると百五十になるんだ」
「まあ、いい。そんなチビのくせにアトラスとはな。これが笑わずにいられるか」
くそおおお……
「おまえは、よほど身長を伸ばしたいらしいな。だからこうして天井からぶら下げてやった。少しは背が伸びるかもしれんぞ」
「余計なお世話だ! そもそもこんな方法で背が伸びるわけないだろう! 僕がぶら下がり健康器に、どれだけぶら下がっていたと思っているんだ!」
「そうか、そうか。効果はないのか。まあ、いい。それより、これを覚えているか?」
彼女がスマホを操作して出したのは「陰陽師平安戦記」の僕のマイページ。
そこから、掲示板を出した。
さっき、エラが書きこんでメッセージが表示されている。
え? 『見つけ出して、殺してやる』ってエラの書き込み!
「あの……君……ひょっとして……」
「そう。私がエラだ」
女だったのかよ! しかも少女!
「すぐにレベルを上げて私の反撃を受けていれば許してやったものを、バカな奴だ」
「まて! まて! まて! たかがゲームじゃないか! ゲームの恨みで普通やるか! こんな事」
「私はやるんだ」
そうきっぱりと言われても……
「それに私は日本の時代劇で見たぞ。将棋で対戦相手から『待った』と頼まれたのに『待ったなし』と突っぱねた結果、切り殺されたバカな侍を。ゲームの事での刃傷沙汰は昔から普通にある事だ」
そんな事言われても……
「そんな事言うけど、ゲームで汚いことをやったのはお前が先だろ。ゲームの設定上反撃のできないミクさんに、毎日攻撃をかけていたくせに」
「黙れ! あいつを見ているとなぜか怒りが湧いてくるのだ。もしかすると、前世であいつに殺されたのかもしれない」
「前世って……キリスト教徒は、転生なんて信じないんじゃないの?」
「白人だからキリスト教徒というのは偏見だぞ」
「ああ、仏教に改宗したの?」
「いいや、私は既存の神や仏など信じてはいない」
「無神論者という事?」
「いや、無神論ではない。神は確かにいる」
「いるんだ」
「現にここにいるだろう」
「え?」
はて? 霊視したけど、この部屋に神と言えるほどの高等な霊的存在は見当たらないな。地縛霊はいるけど、さっきからエラの出している猛烈な邪気に怯えているし……浮遊霊はいない。みんな逃げ出してしまったようだ。
「いないじゃないか」
「いるだろ。ここに」
そう言って、エラが指差したのは、他ならぬ自分自身だった。
「は……?」
「この私、エラ・アレンスキーこそが新世界の神だ!」
こ……こいつ……想像以上にアブナイ奴だった。
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