第22話 特大パフェ

「ひっどーい! 私を疑っていたなんて」


 と、樒がスマホに向かって叫んだのは、現場から引き揚げる途中、母さんの車の後部座席での事。

 樒のバイクは修理屋に預けて、四人はこの車で帰る事になったのだが、途中で樒は僕が電話で口を滑らせた事を思い出して問い詰めてきた。


 結局、誤魔化しきれなくて、正直に経緯を話すことに……

 その後で、樒は芙蓉さんに電話して、さきほどの『ひっどーい!』というセリフになったわけだ。

 芙蓉さんの声は聞き取れないが、平謝りに謝っているようす。


「じゃあ、バイクの修理代は協会が負担してくれますね?」


 まあ、協会の仕事でそうなったのだから、これは仕方ないよね。


「それと、ボーナス出して下さい」


 おいおい……協会からの報酬にボーナスなんてないぞ。


「ええ……ボーナスだめですか……え? パフェ! 行きます! 行きます!」


 パフェ? 


 樒はスマホから顔を離して、運転席の母さんに声をかけた。


「おばさん。行先変更してもらっていいですか?」

「樒ちゃん。どこへ行きたいの?」

「マイヤーズカフェへ。芙蓉さんが、パフェ奢ってくれるというから」


 食べ物に釣られたか……


「いいけど……それは、どこにある店なの?」

「南野の方で最近オープンしたばかりの店です。今、スマホに地図を出しますね」

「南野ね。ちょっと、優樹」


 母さんが、運転席からカーナビを差し出した。


「お母さん運転中だから、ナビをセットして頂戴」

「いいよ」


 母さんからカーナビを受け取ると、横から樒がスマホを差し出した。


「じゃあ優樹、ここにセットしてね」


 スマホには、店のホームページが表示されていた。


 カーナビをセットし終えてから、店のメニューを見る。


 なんだ、これは……めちゃくちゃ高い物ばかり……セレブご用達の店かな?  

 芙蓉さんの奢りでもなきゃ、絶対行かないだろうな。

 

 スマホを返すと、樒は再び芙蓉さんに電話をかけた。


「芙蓉さん。本当にここで何を食べてもいいのですね? え? 店に予約しておくから、食べたい物を注文しておけって? 何がいいかな? そうだ! 特大チョコパフェを」


 ブッ! それってメニューには、二万五千円って書いてあったぞ。


「樒。ちょっとそれ欲張り過ぎ」


 樒は電話を切って、右隣にいる僕を睨みつけてきた。


「何よ! 私は無実の罪を着せられて傷ついているのよ! 傷ついた心を癒すには甘い物が必要なのよ」

「いや、それは分かるが、特大チョコパフェって四~五人でつついて食べるものだろ。一人では多過ぎではないかと……」

「誰が一人で食べるなんて言ったのよ。あんたも付き合うのよ!」

「なんで僕が……」

「あんたも芙蓉さんに言われて、私を見張っていたのでしょ。私が本当にオフ会に来るかを」

「……言っておくけど、僕は樒を信じていたぞ」


 これはけっして嘘ではない。

 もちろん、樒が改心したなどと僕は思っていないが、この手口は、なんというか樒らしくない気がしていた。


「優樹? 本当に、私の事を信じてくれていたの?」

「本当だ。そもそも、僕は最初オフ会をサボるつもりでいた。どうせ今回の事と樒は無関係だと思っていたからだ」

「でも、結局来たわよね」

「しょうがないだろ。母さんに無理やり連れて来られたのだから……会場の前に置き去りにされたら、帰るに帰れないじゃないか」

「じゃあ、優樹は本当に私を疑ってはいなかったのね?」

「だから、そう言っているだろう」

「じゃあ、私の目をまっすぐ見られる?」

「当たり前だ」


 と、言った事を少し後悔……


 いや、別に僕にやましい思いはない。しかし、樒だって女の子だ。

 性格はともかく、顔は可愛い。

 それを正面から見つめたら、やましくなくても気恥ずかしい。

 しかし、ここで目を逸らすわけにはいかない。

 逸らしたら、樒を疑っていた事を認めた事になる。


 だから、目は逸らさないぞ。


 絶対に逸らさないぞ。


 樒が顔を近づけてきたが、逸らさないぞ。


 ん? 樒が目を瞑った。


 こっちは逸らさなかったから、僕の勝ちだな。


 え? 樒? なぜ僕の顔を押さえる?


 おい! 押さえた顔をなぜ引き寄せる?


 なぜ、口を尖らせる?


 顔近づけ過ぎだぞ。


 わあ! 近い! 近い! 近い!


「うぐ」


 ………


 ……


 …


「プハッ!」

 

 ようやく、樒が口を放した。


「な……な……なんつう事すんだ! いきなり!」

「優樹にキスしてもらえば、傷ついた心も癒えるかと思って」

「僕からはしていない! 樒が強引に……」

「優樹だって、気持ちよかったでしょ」

「き……気持ちよくなんか、無いからな!」

「ツンデレはいいから」

「ツンデレじゃない」

「二人とも」


 運転席からかかった母さんの声は、若干怒気をはらんでいた。


「仲がいいのは、よろしいのだけど……」


 だから仲なんてよくないって!


「助手席に純真な乙女がいるのだから、ほどほどになさい」


 助手席に目を向けると、ミクさんがこっちを向いて頬を赤らめていた。


「あの……ミクさん……これは……その……」

「あたしの事なら大丈夫。あたし、そんな子供じゃないから」


 そう言ってミクさんは、助手席から身を乗り出してきた。


「さあ、あたしに構わず続きをどうぞ。あたしはここで、ジーと見守っているので」


 見守らなくていい!


 樒が助手席の方を振り向いた。


「そうだ! ミクちゃん、あんたも一緒にパフェ食べに行かない?」

「え? あたしも一緒に行っていいの?」

「いいの、いいの。芙蓉さんの奢りだから」


 いいのかな?

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