第21話 能力者
その家は、街道沿いに面したごく普通の木造二階建ての一軒家だった。
築四~五十年ぐらい経過していそうな建物だが、特に傷んでいる様子はなく大きな問題はないみたいだ。
家の中から、ゴン! ゴン! という音が聞こえてくる以外は……
「まだ、現象は治まっていないみたいね」
そう言っている母さんの背後に、樒のバイクが停止する。
「あなた達、霊の気配は感じる?」
樒もミクさんも、母さんの問いかけに無言で首を横にふる。
僕も霊の気配を感じていなかった。しかし、件の家からは相変わらず、大きな音が聞こえてきている。
現象はまだ収まっていない。
「母さん。やはり心霊現象じゃないのでは?」
「まだ、家の中に入って霊視してみないと」
その時、母さんのスマホから呼び出し音が鳴った。
「もしもし。あら、芙蓉ちゃん。現象はまだ治まっていないわ。え? 分かったわ」
母さんは電話を切ると、ミクさんの耳元に何か囁いた。
「分かりました」
ミクさんは車の中に戻っていく。
「綾小路さんには車の中から、式神で周囲を探ってもらうわ。それじゃあ、優樹、樒ちゃん。行くわよ」
母さんに先導されて僕達は家に入って行った。
出迎えてくれたのは老夫婦。突然襲ってきた怪奇現象にすっかりおびえ切っていた。
「現象が起きているのは、東側の居間だけなのですが……」
居間以外の部屋では、現象は起きていない。なので現象が始まってから一週間、この夫婦は居間を閉鎖して他の部屋で過ごしていた。
協会から霊能者が派遣されてきた時だけ居間に入ったのだが、扉を開くと酷い惨状だと言う。
「念のためにも他の部屋も見ますので、居間にはこの二人を連れて行って下さい」
母さんはそう言って、爺さんと二階へ向かった。
僕と樒は、婆さんに案内されて居間に向かう。
「中は割れたガラスが散らばっているので、スリッパをお履き下さい」
お婆さんが用意してくれたスリッパを履いて僕達は居間に入った。
これは!?
異様な現象が目の前で起きていた。
「一日に何度か、こんな事が起きているのです。今日は落ち着いていたのですが、一時間ほど前に突然始まりました」
婆さん話だと、現象が始まったのは僕がオフ会の会場でエラに対戦を仕掛けた頃のようだ。
それにして酷いな。
部屋の中では、空中を物が飛び交っていた。
花瓶が、スプーンが、フォークが、灰皿が……
それらが一斉に壁にぶつかると、そのまま壁に張り付いてしまった。
しばらく、壁に張り付いていた物体は再び飛んで、反対側の壁にぶつかって張り付く。
壁には物がぶつかった痕が無数にできていた。
しかし、
ここで飛び交っている物体は一方の壁にぶつかってしばらく張り付いていては、今度は反対側の壁に飛んでいくという事を繰り返している。
それに、悪霊の姿がまったく見えない。
以前に
一般人が見ると何もない空中を物体が浮かんでいるように見える
しかし、ここでは何も見えない。
「樒。霊の姿見える?」
樒は首を横ふった。
不意に樒は髪を止めていたヘアピンを外して放り投げた。
「樒。何のつもりだ?」
「まあ、見ていて」
ヘアピンは床には落ちないで飛び交う物体と一緒に動き出した。
「優樹。小銭入れある?」
「え? あるけど」
「ちょっと貸して」
樒は僕から受け取った小銭入れから、一円玉を飛び交っている物体の中に放り投げた。
一円玉は何事もなく床に落ちる。
続いて五百円玉を放り投げた。
五百円玉も床に落ちる。
「樒。さっきのヘアピンは何でできているの?」
「鉄製よ」
アルミニウムの一円玉と銅・亜鉛・ニッケル合金の五百円玉は何ともなくて、鉄製のヘアピンが現象に巻き込まれた。という事は……
「まさか!」
僕はポケットからコンパスを取り出した。
コンパスの磁針は、出鱈目な動きをしている。
「優樹も分かったのね。誰かが磁石で悪戯しているのよ。これは、心霊現象じゃないわ」
「壁に電磁石でも埋め込んであるのかな?」
「さあ?」
その時、突然白い物が壁を抜けてきた。
僕も樒も一瞬身構えたが、壁から出てきたのは……
「優樹様、樒様、私です」
ミクさんのウサギ式神?
「この現象を引き起こしている犯人は、隣の家にいました。霊ではありません。生きている人間です」
何だって!?
「黒いオーラに包まれていて、はっきり姿を見ることができませんでしたが、明らかに生きている人間でした。電気や磁気を操る能力者のようです」
そういえば、そんな能力者がいるのを協会の研修で聞いたな。
しかし……
僕はお婆さんの方を向いた。
「隣の人と、何かトラブルでもあったのですか?」
お婆さんは怯えた顔で首を横にふった。
「トラブルも何も、隣は何年も空家のままです」
僕は式神に向き直った。
「隣は空家だそうだぞ」
「でも、確かに人がいました。それと、その能力者。どうも、目的があってやっているのではなく、単に力を暴走させている様です」
暴走? では悪気はなかったのか?
「その能力者って、勝手に空家に住み着いるのじゃないかしら?」
樒はそう言って、式神の傍らにしゃがみ込んだ。
「式神さん。その能力者のいる方向を教えて」
「はい。樒様」
ウサギ式神は、長い耳を一つの方向に向ける。
「そっちね」
樒は式神の耳が示す方向に、右腕をまっすぐ向けた。
「
空中に格子を描くように、樒の手が縦横に動き回る。
その直後、現象が治まった。
壁に張り付いていた物体が全て床に落ちる。
僕のコンパスも正常に戻った。
落ちていた物を調べると、灰皿も花瓶もコップもすべて鉄製品。陶磁器はない。同じ金属製品でもアルミ鍋は全く動いていない。
「九字切りって、超能力者にも利くの?」
「暴走させている能力を、鎮める事ができるのよ」
僕の質問に答えながら、樒は床に落ちていた一円玉を拾って僕に返した。
続いてヘアピンを拾って自分の頭に戻す。
「樒」
「なに?」
「ヘアピンと一緒に拾った五百円返せ」
「ちちい……気づかれたか」
お前の行動パターンは読めているよ。
「皆さん。急いで外へ出て下さい」
突然、ウサギ式神が叫んだ。
「奴が逃げます」
僕達は急いで外に出た。
「あいつよ! あいつが犯人よ」
外で待機していたミクさんの指差す先で、自転車で走り去って行く人物の後姿が目に入る。
「ようし」
樒がバイクのエンジンかけたのは、自転車が角を曲がった時だった。
「あれ?」
「どうした?」
「タイヤがパンクしている」
樒のバイクのタイヤを調べると、パンクなんて甘いものではなかった。
前輪も後輪も大きな穴が開いていたのだ。
「ひっどーい! 私のバイクちゃんを!」
「どうしたの?」
ミクさんがタイヤを覗きこむ。
「あれ? さっきは何も持っていなかったのに」
「ミクちゃん。何か見たの?」
「犯人が逃げる前に、樒さんのバイクのタイヤに手を触れていたの。刃物とか持っている様子はなかったから、大丈夫だと思っていたのに……」
素手でタイヤに穴なんか開けられるものかな?
タイヤに顔を近づけてみると、コケ臭い臭いがした。タイヤの一部が高温で溶けていたのだ。
バーナーでも使ったのだろうか?
いや、ミクさんは何も持っていないと言っていた。
いったいどうやって?
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