第20話 新会員

「今回はちょっと妙な事件なのよね」


 僕が助手席に乗り込むなり、運転席でハンドルを握っていた母さんが説明を始めた。


「妙な事件て?」


 車が走り出してから、母さんは答える。


「その家では一週間ぐらい前から騒霊現象ポルターガイストが起きているそうなの。だけど、協会の霊能者が何度行っても、悪霊の痕跡がないのよ」

「どういう事?」

「それが分からないのよ。霊能者がいくら霊視しても、それらしい霊はいない。地縛霊の類は居たけど、騒霊現象ポルターガイストとは関係ない無害な霊だったわ。一応、除霊はしておいたけど」


 だとすると、心霊現象ではないのかもしれない。以前にある家で振動や騒音が発生するので霊能者が呼ばれたが、霊が見つからないという事例があった。後で調べたら、騒音と振動の原因は心霊現象とはなんの関係もない水道管の不具合で、水道管を修理したらあっさり解決したらしい。似たような事例も少なくない。


「じゃあ、今回も心霊現象ではないという事?」

「いいえ。振動や騒音だけなら、心霊現象ではないという事になっただろうけどね。現場にテレビカメラをセットして様子を映してみたら、物が空中を飛び交ったり、蛍光灯が突然光ったり、スイッチが入っていないテレビが突然光ったり、霊の仕業としか思えない光景が映っていたわ。最後にはセットしておいたテレビカメラも内部の配線が焼き切れていた」

「じゃあ、やっぱり心霊現象かな?」

「だからね、現象が起きている最中に霊能者を派遣することにしたの。いつも霊能者が到着する時には、現象が治まっているからね。現象が発生している最中に霊能者が行って霊視すれば、何か分かるかもしれないという事で」

「で、今回は、たまたま僕と樒が近くにいたという事?」

「そういう事ね。それに騒霊現象ポルターガイストともなると、樒ちゃんの能力が必要だし……ところで優樹。そろそろ紹介してもらえないかしら?」

「紹介って?」

「さっきから、後部シートに座っている可愛らしいヒッチハイカーさんを……」


 ヒッチハイカー?


 後部シートに誰がいるって? いや……言われてみれば後に人の気配が……てっきり後ろからバイクでついて来ている樒の気配と思っていたが……


「どもお!」

「わ! ミクさん!?」

 

 ウサギ式神を抱いた少女がそこにいた。いつの間に……


「優樹。気が付いてなかったの?」

「気が付いてなかった」

「あんたが助手席に乗り込むと同時に、さも当然の様に後部席に乗り込んできて、私に向かって会釈するから優樹が連れてきたのかと思っていたわ」

「違うよ。ミクさんとはオフ会で初めて会っただけで……」

「まあそれはいいけど、優樹。確かに私は大人の女性との浮気は許さないと言ったけど……」

「母さん。僕は現時点で誰とも付き合っていないから、浮気の前提条件が……」

「こんな子供と付き合ったら、あなたが犯罪者よ。まあ、あんたの容姿はこの子より年下に見えるけど」


 一言多い……それはともかく。

 僕は後部シートを振り返った。


「ミクさん。どうやって、車に入ったの? ロックしてあったはずだけど……」

「式神なら物体を通り抜けられるので、この子に外してもらったの」


 ミクさんは、ニッコリ笑みを浮かべてウサギ式神を差し出す。


「ああ! 言っとくけど、あたしはこの能力を犯罪に使うような事はしないから」


 いや、人の車に無断に侵入するのも犯罪だから……


「それで、どうして勝手に車に乗り込んだの?」

「もちろん、騒霊現象ポルターガイストの現場に連れて行ってもらうためよ」

「遊びじゃないのだけどな」

「分かっているわよ。そうそう、正式な自己紹介がまだでしたね。あたし、本名は綾小路あやのこうじ 未来みくと申します」

「おい……本名言っちゃっていいのか?」

「はい。オフ会は終わりましたから。これからもよろしくお願いします。やしろ 優樹まさきさん」

「どうして僕の名前?」

「なるほど。そういう事だったのね」


 なんだ? 母さんも事情を分かっているような事を……


「今日の霊能者協会で、新会員の審査があったのよ」

「新会員?」

「書類選考の結果、問題なしという事になったので、後は本人の能力を見て入会させるか決める事になったのだけど……」


 まさか……


 僕のスマホが鳴ったのはその時。相手は芙蓉さんだった。


『もしもし、優樹君。お母さんの車には乗ったかしら?』

「乗りましたよ」

『そう。それでその車に綾小路 未来さんも乗り込んでいるかしら?』

「という事は、彼女が無断で乗り込んだのは芙蓉さんの指示ですか?」

『時間がなかったので。どうせなら今起きている事件で能力を見極めようという事に急に決まって。というわけでお母さんに伝えておいてね』


 僕は母さんの方を向いた。


「……と、言っているけど」

「しょうがないわね。芙蓉ちゃんは……思いついたら吉日なんだから……」

「芙蓉ちゃんて? 母さん、芙蓉さんの事、いつもちゃん付けで呼んでいるの?」

「そうよ。私はあの子が幼稚園児の頃に、遊んであげた事があるのだから」


 なんか、芙蓉さんのイメージが崩れるな。おっと! 芙蓉さんに伝えておかないと……

 再びスマホに口を当てた。


「芙蓉さん。実は言いにくいのですが」

『なあに?』

「さっき、店の中で電話をしていた時、樒に一部聞かれてしまいました」

『何ですって? どの辺を』

「樒への疑いは晴れたのですか? と言った僕の声を」

『あちゃあ! しょうがないわね。それは私から樒さんに説明しておくわ』


 それから程なくして、僕達は現場に到着した。

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