第18話 レベル差攻撃

 あれ? 今、店に入ってきた女の子、足元にさっきのウサギ式神がいる?

 という事は、この子がミクさん? こんな子供だったのか。これなら樒がちゃん付けで呼んでいたわけも分かる。


 一方ミクさんの方は、すでに樒から聞いていたらしく、僕の姿を見てもまったく驚いていない。

 

「アトラスさん、はじめまして。あたしがミクです」

「どうも。アトラスです」

「さきほどは、ありがとうございました」


 ミクさんの足元でウサギ式神が挨拶していた。


「いえ。どうたいし……」


 は! 待てよ。このウサギって僕にしか見えていないのでは……


「あのミクさん。聞いておきたい事があるのだけど……」

「なあに?」


 僕は小声で囁いた。


「そのウサギ。他の人にも見えているの?」


 ミクさんは、首を横にふった。


「見えているのは、ビーナスさんだけ」

「じゃあ、この事は黙っていた方がいいのかな?」

「話してもいいよ。誰も信じないけど」

「え?」

「だって、あたしが本当に式神を使えると言っているのに、誰も信じないもん」

「そうなの?」


 その時、金髪頭の男が近づいてきた。たしか、さっき自己紹介でカールって名乗っていた人だな。


 ヤンキー? と思ったら、目も青い。本物の外人の様だ。日本語は話せるかな?


「また、言っているのか」


 まったく、訛りのない日本語。大丈夫なようだ。


「アトラス君。ミクは本当に式神が使えるとか言っているけど、単なる中二病だから気にしないでやってくれ」


 中二病と思われていたんだ。一方、中二病呼ばわりされたミクさんは、怒るどころかニカっと笑って……


「あたし中一だもん。中二病なんて言われても悔しくないようだ」

「そうかそうか。可愛いぞ。ミク」


 金髪の男は、ミクさんの頭を撫でた。


「やめてよ! カルル! あたしの頭は、あんたに撫でられるためにあるのではない!」


 カルル? カールじゃなかったっけ?


「おい! ここで、本名は……」


 あ! ミクさんもうっかり、本名を言ってしまったのか。


「いいじゃない。どうせミクシイネームはカールなんだから、ほとんど変わらないでしょ。それにカルルをストーカーしようなんて人いないわよ」

「確かに俺をストーカーしようなんて奴はいない。むしろされたいぐらいだ。ただし、巨乳美女に限るが。ミクの方は、もうちっと心配しろ。おまえ、本名そのまんまじゃないか」

「大丈夫。カタカナで『ミク』じゃ特定できないよ」

「まあ、そうだな。ところで、ミク。アトラス君に頼みたい事があったんじゃないのか?」

「そうだった!」


 僕に頼みたい事? なんだろう?


「アトラスさん。お願い、あたしの復讐に手を貸して……」

「復讐?」


 僕なんかにどうしろと? 霊能力はあるけど、僕は呪詛の類はできないぞ。ていうか、呪詛とかは、むしろ式神使いのミクさんの方が得意では?


「復讐と言ってもゲーム内の事だけどね。あたしに毎日粘着攻撃してくる人がいるのよ。アトラスさんに、そいつをやっつけてほしいの」

「粘着攻撃?」


 「陰陽師平安戦記」では、ユーザー同士の対戦ができるようになっている。攻撃とはその事だろうか?

 ちなみに、僕はこの対戦機能はほとんど使っていない。

 ゲームを始めたばかりの頃、一回だけ対戦をやった事があるが、その時には対戦相手から凄く怒られた。『プロフィールに対戦禁止と書いてあるだろ! 字が読めないのか!』とメッセージで罵られたのだ。

 ユーザー同士の対戦機能があるのにそんな事を言うのはおかしいと思ったのだが、考えてみれば、この対戦機能、問題が多い。

 決まった時間に運営の選んだ組み合わせで戦うギルド戦と違って、この対戦は攻撃側が好きな時間に攻撃したい相手を選んで攻撃するシステムになっている。

 しかし、攻撃を受ける側は、いつ攻撃を受けるか分からない。

 寝ている間に攻撃されて、小判やアイテムを持って行かれるなんて事もある。

 そういうゲームなのだと言っても、攻撃を受けた側は納得がいかない。

 当然、報復攻撃に行く。

 そして、果てしなき報復の連鎖が続く。

 そんな虚しい報復の連鎖が嫌だから、対戦はしない事にしている。

 だが、そんなのお構いなしに対戦をやりたがる人も少なくない。

 酷い奴は毎日同じ人に攻撃を仕掛ける事も……

 ミクさんも、そんな奴に粘着されたのだろうか?


 だけど……


「ミクさん、レベル八百以上でしょ。僕はレベル百六。助けにならないと思うけど」

「ところがそうじゃないのよね。あたしに粘着している奴はこいつなのだけど」


 そう言って、ミクさんはスマホを差し出した。


 一人のユーザーのマイページが表示されている。


 ユーザーの名前はエラ。レベルは百二十?


「なんでレベル百二十の人がレベル八百の人に勝てるの?」

「レベルが高ければ強いとは限らないの。ガチャで運よく強い式神を引き当てれば、レベルの高い相手にも勝てるわ」

「しかし、それならミクさんが反撃すれば?」

「できないのよ」

「え? なんで?」

「その様子だと知らないみたいね。このゲームはレベルが五以上低い相手には攻撃ができないのよ」

「え? そうなの」


 試に自分のスマホから、レベル八十の人のページを見ると『レベルの低いユーザーとは対戦できません』という注意書きが表示された。対戦なんてやらないから全然気が付かなかった。


「逆にレベルの高い相手には、いくらでも攻撃ができるのよ。それをいいことにエラの奴、毎日あたしに攻撃を仕掛けるの」


 びといな。ゲームとはいえ、反撃できない相手を一方的に攻撃するなんて……


「しかし、このエラという人は、なんでそんな事をするの? ミクさん、何か恨まれる覚えは?」

「分からない。向こうに聞いてみたら『お前を見ているとムカつくからだ』という返事」


 それはヒドイ……


「同じギルドの人に復讐してもらいたかったのだけど、キョウ姉はレベル六百で無理。カールもレベル五百だし」


 樒に目を向けた。


「私はレベル四百五十だから無理。うちのギルドでエラを攻撃できるレベルはあんただけよ」


 なるほど、それで僕に会いたがっていたのか。


「事情は分かったけど、僕のデッキでこいつに勝てるかな?」

「それは大丈夫だ」


 そう言ったのはカールさん。


「エラのレベルでミクの防御を破るには、ステータスを攻撃に全振りしなきゃならない。その分だけ防御は疎かになっているはずだ。実際こういう浣腸攻撃する奴のデッキって、防御を疎かにしている奴が多い」

「浣腸攻撃?」

「レベルが高くて反撃できないユーザーを攻撃する事だよ。本来、レベルが五つ下の相手を攻撃できないシステムは、古参ユーザーが新規ユーザーを苛めないようするためにあるのだが、そのシステムを悪用して、反撃できない高レベルユーザーを攻撃する奴が少なくないんだ。これを浣腸攻撃と言って、このゲームで一番嫌われている行為だ」

「それは分かりましたが……もうちっと上品に言い方は……」


 周囲を見ると、キョウさんもミクさんも、樒まで白い視線を向けていた。


 女性陣の白い視線に気が付いたカールさんは、慌てて言い直す。


「ああすまん! ご婦人達の前で浣腸なんて下品だったな。分かった、浣腸って言わないよ。言わなきゃいいんだろ。浣腸って」


 キョウさんがカールさんに詰め寄った。


「普通にレベル差攻撃と言えばいいでしょ」


 ミクさんが背後からカールさんの足を軽く蹴る。


「カールは下品だから嫌い」

「わはは。とにかく、この浣……レベル差攻撃をやり過ぎて、ギルドを追放される奴もよくいる。実際、エラはいくつもギルドを追放されているんだ。パルテノンやテラニアにそういう不届き者はいないと思うが。とにかく、こういう奴に復讐する方法が二つある」

「二つ?」

「一つは、自分のレベルアップを止めて、相手がレベルを上げてくるのを待つ」

「なるほど」

「もう一つは、相手よりレベルの低い仲間に攻撃を代行してもらう。刺客を放つみたいなものだが、このギルドではアトラス君しかこいつを攻撃できないんだ。頼むよ」

「そういう事なら」


 対戦を仕掛ける前に、エラの自己紹介欄をチェック。『対戦禁止』とか書いてないか確認しようとしたのだが、そこに書いてあったことは……


『対戦禁止? レベル差攻撃? そんなものは関係ない。私に攻撃されるお前が悪い。わはははははははは』


 かなりアブナイ人みたいだな。


 できればこんな奴には関わりたくないが……


 ミクさんの方を見ると、期待に満ちた眼差しを僕に向けていた。


 しかたないな。


 対戦ボタンを押すと、勝負はあっさりと着いた。防御を疎かにしていると、カールさんは言っていたが『疎か』なんてレベルじゃない。

 エラの防御は雑魚式神一枚だけ。これじゃ初心者相手でも負けるよ。


「やったあ! ありがとうアトラス君」


 ミクさんが僕に抱き着いてきた。

 

 ちょっと照れるな……


「はい! そこまで」


 樒は、強引に僕とミクさんを引き離す。


「優……アトラス。あんた見かけはショタだけど、中身は高校生なのだから、リアルロリのミクちゃんに手を出したら逮捕されるわよ。いいわね」

「わ……分かっているよ」

「分かればいいのよ。ところで」


 樒はスマホを僕に差し出した。


「次は、こいつをやっつけて!」

「え?」

「私も、こいつからレベル差攻撃されてムカついているのよ」

「まあ、いいけど……」

「じゃあ、その次は俺も頼む」

 

 カールさんもスマホを出してきた。


「じゃあ次は私も」「次あたしね」「僕も頼む」


 結局、オフ会に来ていたギルドメンバーの半分ぐらいから、僕は刺客を頼まれる事になった。


 そして、頼まれた人全員の復讐が終わった時、僕のマイページにエラの書き込みがあった。

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