第17話 ギルド戦

「喋るウサギがいたって?」


 駐輪場にバイクを置いて戻ってきた樒に、さっきの事を話してみた。


「自分で式神だと言っていたのだけど……」

「ああ! それミクちゃんの式神よ」

「ミクさんって、エースの?」

「そうよ」


 式神ゲームの集まりに、本物の式神使いが来るとは……しかし……


「本物の式神使いが、こんなゲームやって面白いのかな?」

「優樹だって、霊能者なのにホラー映画好きじゃない」

「まあ……それを言われると……本物の霊はあんなに怖くないし」

「それと同じよ。ミクちゃんに言わせれば、本物の式神はこんなに面白くないって」


 そういうものか? それはいいとして、樒の奴、ミクさんの事をちゃん付けで呼んでいるけど良いのか? ミクさんて重課金だろ。かなり年配の人では?


 店の中に入ると、年齢バラバラな男女七人が大きなテーブルを囲んで座っていた。

 オフ会の参加者だと思うが、その光景が異様。

 店に入る前は、全員が楽しそうに談笑している光景を想像していたのだが、それとは全然違う光景がそこにあった。

 全員がスマホやガラケーを手に持ち、真剣な眼差しで画面を見つめている。

 異様なのは客だけじゃない。

 ウエートレスらしき女の子と、店長マスターらしきおじさんもスマホを操作していた。


 何が起きているのだ?


「あ! いけない!」


 樒が僕の方を振り向く。


「優樹! スマホ出して。ギルド戦始まっているわよ」

「え? ギルド戦の時間は18時と22時……」

「昨日コミュから連絡きたでしょ。今日は18時の戦闘を12時に変更するって」

「いや……コミュニティー入ってないから……」

「まだ入っていなかったの!?」

「あれって、入らないとダメなのか?」

「コミュに入らないと、こういう連絡が受け取れないでしょ!」


 とにかく、僕も樒も適当な席についてスマホを操作した。


 僕らのギルド、パルテノンの対戦相手はテラニア。たしか、グッキーさんのギルドだったな。


 ん? ギルドチャットに書き込みが……


ビーナス「回復お願いします」


 ちなみにビーナスとは樒のミクシイネーム。美の女神ビーナスとは厚かましい……なんて事を言ったら、僕の巨人アトラスの方がよっぽど厚かましいと言われるので言わないようにしている。しかし、すぐ隣に僕がいるのだからチャットなど使わなくても、直接僕に『回復かけて』と言えばいいのに……


 僕はビーナスに回復をかけてから、それを操作している樒の方を向いた。


「樒。隣にいるのだから、チャットなんか使わなくても、直接口で言えば……」

「しい」

「へ?」

「私も変だと思ったのよ。なんでみんな無言なのかと。対戦相手が目の前にいるのよ」

「え?」

「この店の店長マスターが、テラニアのギルドマスターなのよ。ついでに言うとウエートレスもテラニアのギルドメンバーよ」

「なんだって?」


 じゃあ、カウンターの向こうで客をほったらかしてゲームをしているおじさんがグッキーさん? その隣でガラケーを操作しているウエートレス……よく見ると琴浦麻衣さんじゃないか! ここの店員だったのか。


 だから、ギルドが違うのに同じオフ会に参加していたのだな。


 ちなみに、ギルド戦の組み合わせは一時間前まで分からない。まさか、一緒にオフ会に出ていたギルド同士が対戦相手になるとは、誰も予想していなかったのだろう。


 ギルド戦は、パルテノン側が押されていた。


 だってこっちは、エースのミクさんが来ていない上に……テラニアの方にやたら強い人がいる。しかし、テラニアにこんな強い人いたかな? ん? ベガ!? ベガって、琴浦さんのお姉さんが使っていたアカウントだよね? 先々週に僕が霊を呼び出してパスワードを聞き出した後で、消したと思っていたのに、まだ使っていたのか?


 琴浦さんの方を見ると、左手でガラケーを操作しながら、右手でテーブルの上に置いてあるスマホを操作している。


 さては、ガラケーでスピカを操作しながら、スマホでベガを操作しているな。


 しかし……


「樒……あれって、反則じゃないの?」

「え? なにが? って! ちょっとスピカさん! それ複垢じゃないの!?」


 樒に指摘されて、琴浦さんはペロっと舌を出した。


「ばれちゃいました。ではベガは退場しますね」


 琴浦さんはスマホを手放し、ガラケーだけ操作するようになった。それにしても……


「琴浦さん。お姉さんのアカウント消したんじゃなかったのですか?」

「消そうと思ったのだけど、すごくいいデッキを持っていたので、消すのが惜しくて」


 ベガが退場したので、パルテノンは若干有利になったけど、ギルド戦終了までに逆転できそうにないな。


 その時、ギルドチャットに書き込みがあった。


ミク「騎兵隊到着! あたしが来たから大丈夫!」


 こっちのエースが参加した事で一気に戦況は有利になった。


 パルテノンはたちまちのうちに逆転し、得点差は倍に……


 琴浦さんが店主マスターの方を振り向く。


「マスターどうします?」


 店長マスターは厳かに答えた。


「参加賞にしましょう」


 なんだろう? 参加賞って?


「樒、参加賞って?」

「テラニアが使っている撤退の合図よ。パルテノンも、戦況が不利になったら、ギルドマスターがギルドチャットに「撤退」と書き込むでしょう」

「撤退の合図だったのか。しかし、なんで参加賞って言うの?」

「勝利報酬はあきらめて、ギルド戦に参加した報酬だけもらって帰ろうという事よ」

「なるほど」


 普通に撤退と言えばいいと思うけどな? 


 店主のおじさんは、スマホを手放してコーヒーを入れ始めた。

 ウエートレスの琴浦さんもお冷を配り始める。

 パルテノンのメンバーはまだ戦闘中だ。

 

 その時、ギルドチャットに書き込みがあった。


ミク「もう大丈夫ですね。お疲れ様でした。あたしはこれから会場に移動します」


 そうか。ミクさん、店まで来ていてはギルド戦に間に合わないから、途中のWi-Fiスポットから入ったな。 


 程なくして、ギルド戦が終わった。


「ビーナスさん」


 マスターが樒に声をかけた。


「そろそろ彼を紹介してくれるかな?」

「あ! いけない」


 樒は僕の両肩を掴んで、みんなの方へ突き出した。


「紹介します。この美少年が、アトラス君でーす」


 恥ずかしいから、美少年なんて言うなよ! 単に童顔なだけだから……


「アトラス君? 子供じゃない」

「ちっちゃいわね」

「可愛い!」


 やっぱり……帰ったらミクシイネーム変えよう。アトラスは恥ずかしすぎる。


「彼は私より背が低くて、私よりちょっと可愛い顔していて、声変わりしていないけど、れっきとした男子高校生です」

「合法ショタだ!」

「いや、高校生だからまだ合法じゃないでしょ」


 その後で参加者がそれぞれ自己紹介をしてくれた。しかし、いいのかな?

 ここにいる人達、大人ばかりで僕や樒がいては場違いな気がするけど……


「アトラス君」


 二十代半ばぐらいの、チャイナドレス姿の女性が僕に握手を求めて手を差し出してきた。


「実際に会うのは初めてですね。私がギルド・パルテノンのマスター・キョウです」


 この人がキョウさんか。優しそうな人だな。僕はキョウさんの手を握り返した。


「はじめまして。僕がア……アトラスです。でも、この名前は変更するつもりですから……」

「なぜ?」

「だって変でしょ。こんな背が低いのが、巨人アトラスなんて」

「ああ! その事ね。大丈夫。君がチ……背が低いという事は……」


 今、「チビ」と言いかけたな……


「彼女からすでに聞いているので。みんな知っています」


 キョウさんは樒を指差した。


「どういう風に言っていました?」

「聞かない方が幸せです」


 後で樒を問い詰めよう。


「ところでアトラス君。一つ、気を付けて欲しいことがあるのだけど」

「なんでしょう?」

「さっき、君はスピカさんの本名を言っていたけど、オフ会ではなるべきミクシイ名を使うようにしてもらえないかな」


 あ!


「すみません。つい」

「いえ、アトラス君はオフ会初めてみたいだから、もしかすると知らないのかな? と思ったものでね」

「いや、初めてではないのですが、不慣れなもので……」

「いいって、これから気を付けてくれれば。それより、今日はよく来てくれました。ひょっとして、来てくれないのかと、心配していたのだけど……」

「はあ……どうも」


 実際来るつもりなかったのだけど……


 その時、店の入り口が開いて新たな客が入ってきた。


「遅くなりました。道に迷っちゃって」


 入ってきたのは、髪をおかっぱ頭にした小学生か中学生ぐらいの少女。こんな子供もギルドにいるのか?

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