第16話 喋るウサギ
翌日、僕は母さんの車でオフ会の会場へと連行されていた。
いや、世間一般でこういうのは送迎というのだが……
当初は母さんの隙を見てバイクでの逃走を謀っていたのだが、寝ている間にバイクの鍵も免許証も母さんに隠されてしまっていたのだ。
「どうしたの?
「それは、子供の頃の話」
「え? 子供の頃……」
今でも、子供に見えると言いたいか!
「姿はともかく、僕は高校生だよ」
「そう。ところで、真面目な話をするけど……」
なんだろう?
「
その事か。協会幹部の間でも、樒の不正請求はかなり問題になっていたらしいからな……
「最近は不正請求はやらなくなった。でも、僕が監視役だという事にウスウス感づいているのかも知れない」
「いや、私が聞いているのは、そのことじゃなくて……」
なんだろう?
「もう、キスぐらいはしたの?」
「ブホ!」
思いっ切り、むせた!
なんで芙蓉さんといい、母さんといいい、僕と樒をくっつけたがる。
「樒とは、そういう関係じゃないよ!」
「違うの?」
「違う! それに母さんだって知っているだろう。僕はあいつの監視役をしているって」
「知っているわよ。あんたを樒ちゃんと組ませたおおかげで、樒ちゃんも悪い事をしなくなったじゃない」
「僕の見ている前だけかもしれないよ」
「そんな事ないわよ。それに、協会の人達も言っていたわよ」
「なんて言っているの?」
「愛の力で、改心させたって……」
「だ~か~ら~、僕と樒の間に愛なんてないって!」
「優樹ってツンデレね。誰に似たのかしら?」
ツンデレじゃねえ!
「そうそう。樒ちゃんの話だと、オフ会に来る人って女子大生やOLが多いそうだから、くれぐれも浮気しちゃだめよ」
「母さん。浮気というのはすでに付き合っている相手のいる人が、他の異性を好きになる事だよ」
「そうよ」
「僕が現時点で、誰と付き合っていると?」
「樒ちゃん」
「だ~か~ら~、樒とは付き合っていないと!」
「じゃあ、オフ会で良い人がいたら付き合うつもり? お母さん許さないわよ」
「そんなつもりはないけど、なんで母さんが許さないの?」
「だってね。普通の大人の女なら優樹と付き合おうとは思わないだろうけど、中には合法ショタだと言って喜んで付き合いたがる人もいるでしょ」
誰が、合法ショタだ!
「でも、そういう人は変態だから、付き合っちゃダメよ」
犯罪者予備軍の樒はいいのか!
そんなやりとりをしている間に、車は会場に着いた。母さんは僕を降ろすとそのまま走り去っていく。
オフ会の会場は、街道沿いにポツンと立っている《ポラン》というログハウス風の喫茶店。スタバやドトールのようなチェーン店ではなく、個人営業の店らしい。
駐車場には数台の車が止まっていた。その奥にある駐輪場に目を向けたが、樒のバイクは見当たらない。
まだ、樒は来ていないのか? では、先に店に……いや、このまま一人で店に入ったりしたら『小学生はダメだよ』とか言われそうだな。
免許証はまだ母さんから返してもらっていないし、制服は出かける寸前に母さんに洗濯機に放り込まれて今は私服を着ているし……仕方ない、樒が来るのを待って一緒に入るか。
店の前のベンチに腰を下ろして、スマホを取り出した。
ゲームをやろうとしたが、Wi-Fiが入らない。店のWi-Fiは入るけどパスワードが分からないし……
ん? 横から視線が感じる。
いつの間にか、僕の座っていたベンチの横にウサギがいた。
可愛いな。
人に飼われているのか、僕が手を近づけてみたが逃げようとしない。
「あの、僕の姿見えますか?」
え? 今の声誰?
キョロキョロと周囲を見回したが、人の姿はない。
空耳だったのかな?
「あの。今、喋ったのは僕ですけど」
は? 僕ってウサギしかいないけど……
「へ? ウサギ? 今、喋ったのは……お前か?」
「はい。僕です」
ウワ! ウサギがマジに喋っている?
「いやあ、助かりました。道が分からなくて困っていたのですが、こんなところで霊能者の方に出会えるとは」
霊能者? よく見ると、このウサギ……姿が空けている。
霊体だ。
という事は動物霊。そうか、動物霊なら人の言葉を喋る事だって……あってたまるか!
「ああ。僕が喋った事に、驚かれているようですね」
僕は無言でコクコクと頷いた。
「僕は、ただのウサギではありません」
そりゃあ、ただのウサギが喋るわけないよな。
「僕はウサギの姿をした式神なのです」
式神!? 芙蓉さんが式神を使えるという話は聞いたことあるけど……式神って本当にいたんだ。
「ところで、お聞きしたいのですが、ポランという喫茶店をご存じありませんか?」
ポラン!?
「それなら……ここだけど」
僕はログハウス風の建物を指差した。
「ああ! このログハウスがそうだったのですか。ありがとうございます。助かりました」
そう言ってウサギは走り去って行った。
今のは、いったいなんだったのだ?
バイクのエンジン音が近づいて来たのはその時。
樒のバイクが僕の前に停止する。
「あら? 優樹、もう来てたの?」
「ああ」
「なんだ。先に店に入っていればよかったのに」
「樒が来るのを待っていたんだ」
「え?」
ん? 樒の奴、頬を赤らめたぞ。しまった! 今の完全に誤解された。しかし、ここで本当の理由を言うのは悔しいし……
「優樹……そんなに私と一緒に店に入りたかったの?」
「あ……ああ」
「いや、優樹がそんな事を言うわけないわね」
不意に樒は、ニヤニヤとバカにして様な笑みを顔に浮かべる。
「優樹。あんた一人で入ると小学生と間違えられて追い出されると思って、私を待っていたわね」
クソ! 気が付きやがった!
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