第6話 見張り役

 数分後、爆音を轟かして走り去る樒のバイクに向かって、芙蓉さんは塩を投げつけるように撒いていた。

 

「芙蓉さん。そんなに撒いたら塩がもったいないです」

「はあはあ……優貴君。あなた、メールを見せてはいないでしょうね?」

「見せていません。ただ、メールを受け取った時にあいつが近くにいたもので。その時に芙蓉さんに呼び出された事を話してしまいました。まさか、付いてくるとは……」

「それは迂闊だったわね」

「それで、監視役ってどういう事です?」

「中で話します」


 僕は芙蓉さんに連れられて、さっきの部屋に戻った。


「優樹君。昨日の仕事の件について、私に報告すべき事があるのじゃないの?」

「え?」


 て……という事は、この人は樒が何をやらかしたか、知っているのだな。


「ええっと……」

「優樹君。辛い気持ちは分かるわ」

「は?」


 辛いって? 何を言っているんだ?


「愛する彼女の悪行を、告発するなんて辛いでしょうけど……」

「ちょっと待って下さい! 愛する彼女って誰の事です?」

「え? 樒さんだけど……君とそういう仲じゃ……」

「違います!」

「ああ! 今のところは幼馴染で、まだそういう仲にはなっていないのね」

「まだも、今のところも、これからも、未来永劫、樒とそういう仲にはなりません」

「ならないの?」

「なりません。そもそも、幼馴染なんて言うのはやめて下さい。あいつとは腐れ縁です」

「そ……そうだったの? それで、話を戻すけど、樒さんについて何か報告すべき事があるわね?」

「はい」


 僕は昨日の経緯を話した。


「そう。樒さんがそんな事を……でも、なぜ報告しなかったの?」

「それは……報復が恐ろしくて……」


 実は面倒なだけだったけど……


「メールを受け取った時も『昨日の報酬を寄越せ』と恐喝されていたのです」

「まあ……」

「ところで芙蓉さんは、なぜ分かったのです?」

「実は、樒さんがこういう事をするのは初めてじゃないの。以前にも依頼者さんから『法外な報酬を要求された』と苦情があって……その時は、厳重注意をしたの。これ以上やったら、強制修行施設に送ると……」

「強制修行施設!? 聞いたことあるけど、実在するのですか?」


 僕の質問に、芙蓉さんは無言で頷いた。


 協会はいくつかの修行施設を持っているが、そういう普通の施設とは違って、素行の悪い霊能者を反省させるための施設が日本のどこかにある。そこに送られた霊能者には、地獄の修行が待っているという。

 どんな修行かは誰も知らない。生きて帰った者はいないから……と噂されている。

 一方で、この修行施設は素行の悪い霊能者にルールを守らせるためのフェイク情報で、施設は実在しないのではないかという説もある。


「その脅しで、樒さんも改心したと思っていたのだけど……」


 いや……それ甘いって。たぶん、樒は施設は実在しないと思っているって……


「でも、心配になって、もしかすると、私に気づかれない様にやっていたのではないかと……」

「それで、僕に見張り役を……」

「ええ。優樹君なら、以前から彼女と親しくしていると思って……」


 だから親しくなんかしていないって……


「分かりました。見張り役引き受けます」

「いいの?」

「はい。必ず、樒を強制修行施設に送り込めるような、動かぬ証拠を掴んでみせます」

「いや……そこまで、大事にならないように頼みたいのだけど……」

「何を言ってるのです! 甘いこと言っていたら樒がつけあがるだけです。自分がやっている事が犯罪だという事を、あいつに自覚させるべきです」

「それはそうなんだけど……でもね、彼女がこうなったのは事情があるのよ」

「どんな事情が?」

「先代の支部長を覚えているかしら?」

「え?」


 先代と言うと、芙蓉さんの双子の姉の槿むくげさん。


「覚えてますけど……顔が芙蓉さんと同じなので、僕は交代した事に暫く気が付きませんでした」

「姉と私が交代したのは二年前。交代というより、姉は協会から除名されて、副支部長だった私が繰り上がって支部長に就任したの」


 そういうゴタゴタがあったのか?

 いつに間にか、支部長が交代したとしか考えていなかったが……


「しかし、なんでお姉さんは除名されたのですか?」

「除霊や降霊の依頼者さんに、姉は協会の規定を遥かに上回る法外な請求をしていたの。つまり、樒さんに、この手口を教えたのは私の姉なのよ」

「そんな事が……」

「だから、私としては樒さんを何とか更正させたいのよ。一族の責任として」

「そうでしたか」

「だからお願い。大事にはならないように樒さんの更正に協力して……」


 面倒だな……しかし……


「いいでしょう。でも、もし更正が無理だとしたらどうします?」

「その時は、強制修行施設が実在するという事を、身をもって知ってもらいます」


 面倒なことになった。

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