第4話 超弩級女子高生vs超小型男子高生

優樹まさき! ちょっと、待ちなさいよ」


 背後から、あの女の声がかかったのは翌日の放課後、校門付近での事。


 もちろん『待て』と言われて待つバカはいない。


 僕は全力疾走で駆け出した。


「待てって言ってるでしょ! 聞こえないの! 止まりなさい」


 聞こえているから逃げているんじゃないか。


 シャー!


 ん? この音は……ち! 自転車か。これでは逃げ切れない。


 僕は立ち止まった。


 立ち止まった僕の横を、僕と同じ高校の制服姿の女、神森かみもり しきみが自転車に乗って風の様に通り過ぎる。


「バ……バカ! 急に立ち止まるんじゃないわよ!」


 何をおっしゃる兎さん。止まれと言ったのはあんたやろ。

 

 ドンガラガッシャーン!


 そのまま樒はゴミ箱に、自転車ごと突っ込んだ。


 合掌。ご冥福をお祈りします。


 さて、帰るか。


「こら! なに勝手に冥福を祈っているのよ」

 

 ちちい……しぶとい奴……


 振り返ると、ゴミまみれの女子高生がそこにいた。

 立ち上がると、僕より頭二つ分背が高い……クソ! うらやましい……

 樒はツカツカと僕に歩み寄る。

 僕は思わず後ずさり。

 そんな僕を、樒は仁王立ちになって見下ろす。


「なんで、逃げるのよ!?」

「そのゴミまみれの身体で、僕に近づかないでほしいのだけど……」


 そう言われて樒は、パッパッとゴミを払った。


「これでいいかしら?」


 できれば、風呂に入って出直してきてほしいのだが……


「それで、僕に何か用かな?」


 すると、樒は僕に右手を差し出して要求した。


「出しなさいよ」

「何を?」

「あんた昨日、私の仕事を横取りしたでしょう。報酬を寄越しなさいよ」


 やはり、先に呼ばれた霊能者というのはこいつだったか。


「横取りとは、人聞きの悪い。僕は君が失敗した仕事の尻拭いをしただけだが」


 突然、樒は両手で自分の尻を抑えた。


「尻拭いですって? この変態! 私の尻を拭いたいなんて」

「誰がするか! そんな汚い事! 尻拭いは単なる比喩。言い方を変えるなら、君が撒いた種を僕が刈り取ってやったんだよ」


 すると樒は再び手を出してきた。


「つまり、私の撒いた種で実った作物をあんたが収穫したのでしょ。だったら収穫した作物を寄越しなさいよ。種を撒いた私に権利があるのだから」

 

 こ……この女は……! ぶん殴りたい!


 だけど、力でこの女に勝てない。


 相手は身長百八十を越える大女。対して僕は百五十センチにも満たない小男。


「もちろん、全部とは言わないわ。刈取りの手数料として、五%はあんたに上げる。残りの九十五%は私の者よ」

 

 この守銭奴が!


「寝言は寝てから言いな。じゃあ、僕はこれで」

「待ちなさい!」


 去ろうとした僕の襟首を樒が掴んだ。


「離せよ!」

「分け前を寄越したら離すわよ」


 離すどころか、ヘッドロックをかけられてしまった。

 動けない……この怪力女め!


「誰か助けてえ! カツアゲだ! 恐喝だ! 強盗……ムグ!」


 それ以上叫ぶ前に、樒は僕の口を押さえつけた。

 樒は周囲を見回した。


「わ……私達じゃれてるだけですよ……ははは」


 唖然と見ている通行人たちに取り繕うと、僕の身体を抱え上げて樒は近くの公園の茂みに駆け込んだ。

 そのまま、僕を地面に横たえ、その上に馬乗りに……


「やめろ! お婿に行けなくなる」 

「人聞きの悪い。本来なら私が受け取るはずだった報酬を寄越しなさいと言っているのよ」

「だったら、降りろよ。傍から見たら、逆レイプ寸前に見えるんだが」


 はっ! と気が付いて、樒は僕から離れた。

 ただし、逃げられない様に腕はしっかり掴まれている。


「そ……そんな事するわけないでしょ! 私はただ……」

「自分に正当な権利があると思うなら、裁判にでも訴えたらどうだ?」

「弁護士費用が、もったいないでしょ」

「じゃあ霊能者協会に調停してもらうかい? 言っておくが、君のやった問題行動は、面倒だから協会に報告していなかったけど、これ以上しつこいとチクるぞ」


 ヤバイと思ったのか? 樒は僕を手放した。


「わ……私のやった事の、何が問題だっていうのよ?」

「爺さんの生霊は安楽死を望んでいた。君は依頼人にその事を伝えなかったね。さらに、嫌がる爺さんに術をかけて、無理やりパスワードを聞き出そうとした。協会の規則で、禁止されている事だよ」

「ふーん。だから何よ? 証拠なんてないわよ」

「やった事は否定しないんだ」

「ええ、やったわよ。でも、そんな事をバカ正直に協会の人に話すわけないでしょ。あんたの証言だけじゃ証拠に……ちょっと! 人と話をしている時に、なにスマホなんかいじっているのよ?」


 樒の抗議に答えず、僕は送信ボタンを押した。


「今、何を送信したのよ?」

「何って? 今君が喋った事をネコネコ動画に……」

「やめんか!」

「もうやっちゃったもんね」

「優樹! あんた私になんか恨みでもあるの!?」

「たった今、ヘッドロックをかけられて、カツアゲされかけましたが、何か?」

「カツアゲじゃないわよ! 本来私が受け取るはずの報酬……もういいわ! 五%なんてケチな事は言わない。六%あげるわ」


 十分ケチやろ……


「それじゃあ、僕の手元に六百円しか残らないじゃないか」

「六百円て? あんた、まさか規定通りの報酬しか受け取っていないの?」

「当たり前じゃないか」


 ちなみに霊能者協会の規定では、ミクシイや顔本などSNSのパスワードを聞き出した場合の報酬は千円。金融関係は一万円と決まっている。


「バカじゃないの!? あの口座には七千万の資産があるのよ。もっと要求しなさいよ」

「そういうの、不正請求って言うのだけど」

「そんなの誰でもやってるわよ」


 いや、やってるのは君ぐらいだって……


「七千万もあるのだから、五十万ぐらい請求してもバチは当たらないわよ」


 いや、当たる。絶対に閻魔様が許さない。


「樒……君には良心というものが無いのか?」

「両親なら家にいるわよ」


 疲れる……


「もう、いいわ。一万円ぽっちしかないなら、全部あんたにあげる。でも、一つだけ教えて。パスワードは結局なんだったの?」

「爺さんが言ってた通り、生年月日そのまんま」

「うそ! 私ちゃんと打ち込んだわよ」

「なんて打ち込んだ?」

「最初は昭和元年というから、00010315。すぐに昭和じゃなくて大正15年だと気が付いて00150315と打ち込んだけど、それでもダメだった」


 昭和元年=大正15年には気が付いたのか。


「だから西暦かな? と思って19260315と打ち込んだけどダメだった。そうしている間にタイムリミットがきて……」

「正しくは25860315」

「はあ? 何言ってるの? 爺さんは未来人だとでも……まさか! 未来から来たタイムトラベラー?」

「んなわけあるか! 爺さんは皇暦を使っていたんだよ」

「こうれき? なに? それ?」

「やれやれ、近頃の若者は皇歴も知らんのか」

「あんただって、近頃の若者でしょうが!」

「皇歴というのは、戦前に使われていた暦だよ。神武天皇が即位した年、西暦の紀元前六百六十年を紀元にしているんだ。ちなみに今年は、皇歴二六七七年」

「そんなの、分かるわけないわよ」

「当たり前だろ。パスワードが簡単に分かったら大変じゃないか。それとも、君は簡単に分かるようなパスワードを使っているのか?」

「そんなわけないでしょ。私はいつも乱数発生機で出した数字をパスワードにしているわ」

「ほう。それでも、ばれるときはばれると思うけど」

「ばれないわよ。なんせ私が覚えていられないくらいだから」


 あのなあ……


 スマホの着信音が二人の会話を中断させた。

 見ると、協会からのメール。

 内容は次の仕事の依頼だ。


「あら? 協会から次の仕事だわ」


 どうやら、樒のスマホにも協会からメールが届いたようだが……なんか嫌な予感……


「優樹。あんたも協会から?」

「そうだけど……」

「私の方は除霊の仕事だけど、なんか助手をつけるとか書いてあるわ」

「そのようだね」

「ひょっとして、助手ってあんた?」

「そうらしい。でも、嫌なら断ってもいいよ」


 ていうか、断れ!


「あんたなんか助手に着けたら足手まといになりそうだけど。いいわ! 助手としてこき使ってあげるから、ありがたく思いなさい」


 思わねえよ!


 冗談じゃないぞ、こんな暴力女の助手なんて……


(「 迂闊なパスワード」終了)

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