第3節 -存在しない世界-
国連より派遣された調査隊は一連の怪現象による衝突事故の影響で島へ近付く事すら叶わずに撤退を余儀なくされた。世界中のメディアもすぐさまこの結果と事故を取り上げ報道は過熱、国連の統括総局は対応に追われることとなる。そんな中、調査隊の指揮を執ったハワードは統括総局局長より呼び出しを受け局長執務室を訪れていた。
「失礼します。局長、私に話があるとの事ですが。」そこまでハワードが言った時、局長は手ぶりを交えて発言を制止した。
「今回の調査任務、まずはご苦労だった。未知の怪現象が起きる島の調査…あれだけ短期の限られた時間の中では難しい仕事だっただろう。結果として貸与を受けた艦艇を二隻ほど失いはしたが、誰一人として死傷者は出さずに戻ってきてくれたことを嬉しく思う。」
「艦艇を損失した件については自分が責任を」今回の事での責任追及は免れないと思っていたハワードは自らその話を切り出そうとしたが、またもや発言を制止された。
「艦艇を失った責任?その必要はない。当該国に対しては我々国連から補償を行う事で既に合意が出来ている。今日ここに呼んだのは責任についての話をする為ではない。その真逆の話しと思ってもらって良い。」一呼吸入れて局長は話を続けた。
「本調査における事故発生時の冷静な対処及び、救助活動により全乗組員の尊い命を守った事に対し貴殿を顕彰すると同時にメダルを贈呈する。」
顕彰する?調査で何の結果も出せなかった挙句、現地から逃げ帰るように戻ってきた自分に対して?ハワードが状況を理解出来ずにいる間も局長は話を続ける。
「一週間後、メディア発表と同時に記者会見もしてもらうぞ。スピーチの内容を考えておいて欲しい。それと、今回の調査報告の一部に関してだが…」そこまで言うと局長はゆっくりと席を立ち、後ろに広がるガラス張りの窓から見える景色を眺めて続けて言った。
「島で観測された例の少女の姿については一切口外するな。調査に参加した他の者にも徹底した緘口令を敷くように。本局より対外向けに発表する公式の調査資料からも当該の文言は全て削除する。当然、メディア向けスピーチの際にも一切その事に触れてはならない。」
やはり何もかもが異常だ。この一件について、最初から最後に至るまでどこにも個人の意思を尊重するという意思が感じられない。誰かが思い描いた結果になるように駒を操作して、この状況を作り上げていっているようにしか思えない。つまり目の前にいる局長も含めて自分達は踊らされている。誰かの掌の上で。一方的な局長の話についにこみ上げる怒りを我慢出来なくなったハワードは改めて今回の件について問い質すべく言葉を投げた。
「局長、今回の調査の経緯について改めて最初からお伺いします。」
「世界から求められた調査だと伝えたはずだ。」
局長の返答はまるで答えになっていない。正式な議会も通さず、各国からの陳情だけでこれだけ大規模な調査が計画実行されるなど有り得ない。まして、そんな正式承認の無い計画に各国の正規軍までもが動くなど有り得るはずがない。
何かを隠している。局長の言う “世界” とはあらゆる国々の事でも国連の事でもない。もっと別の何かではないのか。湧き上がる疑念を質問にして投げかける。
「では最後にひとつだけ。貴方のおっしゃる “世界” とは何なのですか。」
二人の間に沈黙が流れる。しばらく何も答えずにいた局長だったが、大きな溜息と共に絞り出すように言葉を紡いだ。
「私からの話は以上だ。忙しい時にすまなかった。職務に戻ってくれ。」
話しても埒が開かない。そう悟ったハワードはこれ以上の追及をする事は諦めてこの場を立ち去ることにした。
「分かりました。失礼します。」そう言い残しハワードは部屋から退出した。
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