第1節 -暗澹たる調査艦隊-
西暦2034年5月
見渡す限りに広がる青く澄み渡った空。雲ひとつない空から太陽の光が降り注ぐ。その太陽の光を反射して輝く海面の波はとても穏やかだ。航海には何の支障も無い。しかし調査艦隊を指揮するハワードの心は目の前に広がる景色とは真逆の空模様を描いていた。
此度の遠征は国際連盟の指示により展開されている調査計画であり、現在彼の指揮する艦隊はある無人島に向けて大西洋を航行中である。問題の無人島付近まで艦船で接近し、以後は航空部隊による上陸及び調査を行う手筈となっている。
正直、正気の沙汰とは思えない。それが今回の調査計画に対するハワードの評価だった。調査対象となる島は過去から現代に至るまでありとあらゆる怪奇現象を引き起こすと言われている ”いわくつきの島” で、長い歴史上ただの一人も上陸出来た事がない島として世界的に有名だ。航空、艦船問わず島に近付くものや付近を通りがかったものは無差別に被害に遭っている。あまりの事故の多さにより島およびその周辺海域まで含めて現在は立入禁止特別区域として指定されているほどだ。
そんな島の調査を唐突に行えという指示が出たのは今から一か月ほど前の事だった。依頼主は国際連盟の中枢を担う組織である統括総局、通称セクション5の局長である。指示の内容は実に簡潔なものだった。
国連加盟国より選抜される艦隊を率いて無人島の調査を行い報告をしてほしい。
ただそれだけである。他には何も無い。当然ハワードにはその命令を断るという選択肢は無く、ついに今日という日に至ってこの場所で艦隊の指揮を執っている。
今回の計画において重要なのは調査の成功ではない。命を預かる者達の身の安全だ。
国連の上層部にとって調査の成否がどれだけ重要なのかは分からないが、少なくとも自身にとってそれは重要な事ではない。計画に参加している全員が揃って無事に帰路につく事、ただそれだけが重要だと考えていた。命令を受けた日から今日に至るまで徹底した準備を行ってきたつもりだが、未知の怪奇現象相手にそれがどれほどの役に立つのかは分からない。気休めにしかならないかもしれない。
さらに悪い言い方になるが、この調査隊は結局のところ寄せ集めの艦隊だ。集まった者達はそれぞれ各国の軍で徹底的に訓練された精鋭達であり、艦船や装備に至っても最新鋭のものを採用しているがそれだけに過ぎない。調査計画が決定された後に編成され、実際に集まってから共に過ごした期間はわずか一週間。普段慣れ親しんでいる指揮系統とは全く違う集団の中で統率も完璧とは呼べない調査隊が、かつて誰も足を踏み入れたことも無く、誰にも解明できない怪奇現象を引き起こす島に無謀にも近付こうというのだ。
参加協力している全員を心から信頼しているが、 “それはそれ、これはこれ” である。
ここに至ってはもはや航海が無事に終わる事を祈る事しか出来ない。
また、この調査計画は世界中から国連に向けて届けられた陳情に基づき計画されたものだと聞かされているが、真実は別の所にあるとハワードは踏んでいた。
国連の各部署、通称「セクション」と呼ばれる専門組織には日々ありとあらゆる陳情が送られてくる。基本的に議論するにも値しないようなものが大半ではあるのだが、中には特筆優先して解決すべき懸念事項だと認められるものがあり、そういった事案については意見の汲み取りが行われる。
特別憂慮すべき懸念事項だと認められた事案については、国連内部の各セクションが取りまとめた後に世界議会に提出され、国連加盟国が一堂に会する中で話し合いが行われる。話し合いの結果、加盟各国により早期解決が必要だと認められた事案については改めて解決に向けての提案や計画が議論され、正式に承認が行われたものに限り、本解決に向けて事が動き出すという仕組みだ。
しかし、今回の調査はそういった世界議会の正式な承認を得たものではない。周辺各国を中心として各種輸送における安全確保の為に、件の無人島周辺で起きる怪奇現象の解決を願う声があるのは事実だろうが、それだけでここまで大掛かりな計画が実行されるなど聞いたことが無い。それも議会の承認も無い状態であるにも関わらずだ。そもそも、この計画自体どういう経緯で決められたものなのか出所がまるでわからないのである。
その事について改めて局長に確認をした際も【これは世界の総意に基づく調査計画だ】と言われただけであった。当然その言葉だけで納得できるはずもないが、上層部からの命令とあっては納得できなくても従わざるを得ない。
言葉を濁す上層部の様子を見る限り、彼らが発する言葉以外のところに真実が隠されていると考える方が自然である。
さらに今回の計画は “いわくつきの島の調査を世界各国の正規軍の精鋭が協力し解決にあたる” という映画に登場しそうな展開とあって世界中のメディアが大々的に報道を行っている。はっきりしない計画実施の真相以外に、そういった外部からの重圧もハワードにとっては心的負担を増大させる余計な要因となっていた。
治まる事のない胃痛を抱えながら答えのない思考を繰り返していたハワードであったが、副官の報告により現実に引き戻された。
「司令、間もなく目標の島を視認できるポイントに入ります。」
「よし、全艦艇に通達。オートコントロール レベル5より4へ移行。タイミングは本艦に合わせろ。相互の距離を維持しつつ10マイル進行し停船する。その後コントロールレベル3に移行し当該ポイントにて待機。周囲警戒は厳に保て。航空調査隊は出発に備えて搭乗機にて待機せよ。」
間もなく目標地点へ到達する。そこに辿り着いたらいよいよ本調査の段階に進む事になるが、今は目の前の事にだけ集中する事にした。
先ほどから変わらず目の前には美しい自然が広がっている。前方の景色は輝かしい太陽の光で照らされ一層明るい。自身の心の景色と違い、この美しい晴天の中で任務を行える事だけが今のところ心の救いだ。このまま何事も起きずに計画が進むことをハワードは祈った。
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