【クラフィ編】ルナエンゲージなの

1)

 西国のシャデシャトー王国。王都シャエルを中心に、同心円状に魔法を使える者の数が増えていく中、ニート姫,マリーにも、吐き気という形で異変が訪れる。


「何?これ、気分が悪い。」


といいつつ、マリーは猫になった。今までは,驚いたときなどに限られていた猫化。通常ならば、気分が悪いというこの形で、マリーが猫になることなどありえないことである。仔猫こねこになったマリーは、にゃあと一鳴きして、その場で蹲った。


***


 城勤めの最中で、これ何なんです?とアニエスは思った。同僚のメイドたちが突如魔法を使えるようになり、混乱が生じている。アニエスと仲がいいメイドの一人は、この魔法が使えるようになった事態におびえているほどだ。


 「えっ?怖い。何がどうなったの。」


 「大丈夫なのです。アニエスが、皆さんに教えるのです。

  まずはラプシマからなのです。」


 ラプシマというのは、何も無い場所から布地を生成し、型紙から裁断、縫製まで行う万能裁縫魔法のことで、初級変身魔法にあたると、アニエスは皆に説明する。


 「へぇ。便利そうね。」


 落ち着いてきたメイド長が、そんな感想を述べた。


  「あと、洗濯魔法もあるので、皆さんにお教えするです。」


  「そういえば、アニエスは、魔法が使えたわね。

   じゃあ、お願いしようかしら。」


 魔女であるアニエスは,祖母のエティエンヌから魔法を学んでおり、使うことができたので、急遽きゅうきょ、彼女たちの魔法の指導をすることになった。

 アニエスの素性を知っているメイドから、彼女を頼りだし、それが波及していき、いつしかアニエスは、ブランの面倒も見ながら、城中の魔法が使えるようになった人たちの面倒を見ることになったのだった。そんな毎日に、アニエスが慣れてきた頃、


  「大変よっ!姫様が.........!!!」


 と、同僚の一人がアニエスの元に駆けこんできた。


2)

 アニエスが、マリーの部屋に駆けつけると仔猫になったマリーが、床にうずくまっていた。その場にいた同僚に尋ねると、キスをするなどのいつものやり方をやっても元に戻らないということを、戸惑った表情で告げられた。


 「これは,不完全なルーガリアが暴走してるですね。」


 アニエスは、マリーを一目見て、獣人になる魔法【ルーガリア】の暴走だと看破した。今までは、月のしずくのペンダントで、それを抑え込んでいたのだが、ブランの治療のために、それは使ってしまった。そこに来て、今回の魔法が解禁された事件が重なり、暴走を助長させることになってしまったというのが、アニエスの見立てだった。つまりは,魔法が身体に馴染なじんでくると元に戻るだろうということだが,悠長に待っている訳にもいかず、アニエスは、魔法薬で馴染なじませることにし、素材を探すことにした。


***

 「参ったですね。ウロボロス草が無いのです。」


 マリーを治すために必要な素材は、オクトケアとラヴェーリア、ウロボロス草と地晶石の粉末。オクトケアは、八種の薬効を持つと言われる万能薬の元になる薬草で、ラヴェーリアというのは、地球でいうラヴェンダーに似た小低木のことで、晩春に、安眠とリラックス効果がある精油が豊富に取れる薬草で、夏場に自然発火し、野火を呼ぶが、花畑は幻想的な光景を見せるため人気が高い上、発火道具にも使われているという、ルブラン教の聖地では多数栽培されて紫の畑が広がっている。問題なのは、ウロボロス草で、これは魔力だまりの中に生える、時空魔法をあつかえるようになるという刻晶石こくしょうせきと同じ効果を持つ草と言われている。


 「あっ!魔力だまりがあったです。うぅ~~~っ。あっ!」


 ようやくのことで,魔力だまりを見つけたアニエスは、奥に生えているウロボロス草を取ろうとして、魔力だまりに落っこちてしまった。


3)

 アニエスが素材探しに行って、魔力だまりに落ちている頃、ブランも何かできないかと場内を走り回っていた。月の魔力の塊である自分が、マリーのそばにいると仔猫化が悪化しかねない。だが、何かせずには、いられない。


  「ちくしょうっ!」


 と毒づきながら、城の中を駆け回っていると、唐突に成長が始まり……。


4)

 ブランが気が付くと、成人の姿になっていて、月からの使者だという天使がたたずんでいた。聞くと、聖魔の裁きで迎えに来たというではないか。


 「そんなっ!今、マリーが大変なときなんだよ。」


 焦った声でブランは抗議するが、天使は聞き入れてもらえない。


 「さぁ。月に戻りましょう。月の母様がお待ちですよ。」


 「早すぎるっ!まだ、期限は先だったはずだ。」


 「言うことを聴いてください。」


無理やり月に連れて行こうとする天使に向かって,ブランは叫んだ。


  「嫌だっ!僕は、僕は、人間になるんだっ!」


 後世の歴史学者によって、ルナエンゲージと呼ばれた事件のこれが始まりだった。


【つづく】


 





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