【クラフィ編】白い嬰児を育てたの

1)

 ここは,シャデシャトー王国の王都にして城下町のシャエル。その人通りが少ない路地裏の月明かりの下で,赤子が産声を上げていた。そこに,城下の視察でたまたま訪れたのがニート姫ことマリーである。当初,猫か何かだと思っていたそれは,赤子であった。しかも,ただの赤ちゃんじゃなく,すべてが白い嬰児みどりご


 「この子って,まさか.........?」


 シャエル歴,2900年。実に数千年ぶりに発見された【盈月えいげつの落とし子】だったのだ。


2)

 シャデシャトー王国にある文書館の記録によると。【盈月えいげつの落とし子】というのは,全身が真っ白な人型の事象のことで、性別は両性具有りょうせいぐゆう。百年に一度、人を知ろうとするように、あるいは、そのごうためすかのように、月は盈月えいげつの落とし子を地上に落とす。

  無垢むくなる魂を持った、その存在は、人と同じように成長し、そして、成体となったあかつきには、【聖魔のさばき】といわれる月の使者が迎えに来る儀式と共に、月へと戻り、地上でのすべての記憶を、月の魔力へと、還元させるという。有名なところでは、クラフィティオナ最大の宗教【ルブラン教】の開祖であるブラン、シャエル歴西国のシャデシャトー王国の第57代女王エステルがいたが,シャエル歴,1950年に存在していたエステル以降の千四百五十年,【盈月えいげつの落とし子】は誕生しなかったのである。


 「実に,千四百五十年ぶりですな......。」


 感慨深げに,宰相が呟くのも無理はないことだったのである。


 「お父様。私,この子を育てようかと思います。」


 マリーは,毅然とした態度で,父であり王でもあるシャデシャトー王国八十代当主 マクシミリアン7世に告げた。


「ふむ,わかった。月の断絶以来,数千年ぶりの月の女神さまからの贈り物である。  

わかっておるな。」


 と,意外にも即答してくれたのは,平和主義のこの王らしいともいえたが。ともあれ,すんなりと,マリーは,この【盈月えいげつの落とし子】の母親になったのである。


3)

 この【盈月えいげつの落とし子】は,初代ルブラン教の開祖にちなんでブランと名付けられた。彼の成長速度は早く,一ヶ月もすると五歳児くらいに成長していた。マリーの世話の元で素直に成長していた彼だったが、とある病に罹患りかんしてしまう。それが,【盈月えいげつの落とし子】のみがかかるという病である月羸病げつるいびょうだったのである。それは,体から魔力が抜けて行って衰弱していく、【盈月えいげつの落とし子】か月の眷属のみがかかる病。その特効薬を知っているのは,人と【盈月えいげつの落とし子】の間に産まれたという魔女くらいだろうという話だったのだが,マリーの時代には,魔女は既に絶滅していた。エステルの治世の頃に起きた【魔女狩り】によって,ほとんどの魔女がいなくなってしまったのである。


 「魔女は,どこかに生き残ってないの?」


 シャデシャトー王国中をマリーたちは駆け回り、どうやらリヴァンカ山脈にあるバロー山の七合目の森の中に,最後の魔女がいるらしいとの噂を聞きつけ、その道中でアニエスに出会ったという訳だった。


  「あ,もしかしたら,オクトケアが効くかもです。」


 とアニエスは,マリーに告げた。これは,道中の途中で出会った創世の龍【イオ】も言っていたことだから、間違いは無いことだろう。そして,結果的に,この事は吉とでることになる。


4)

 「月羸病の特効薬ならできる。必要な素材は,聖地にある月の泉の清水、あるいは、月光石と、イオの瞳、オクトケアの三つだよ。」


 マリーの一通りの話を聞いて,エティエンヌは,そう語った。


 「月光石なら,あたしのペンダントがあります。」


 マリーは,首に掛けていたネックレスを外し,エティエンヌに渡す。

 月光石というのは,月の魔力が溜まる場所にできる魔導石。膨大な魔素の塊で、魔導士は魔力の回復に用いているというシャデシャトー王国の特産品でもあった。その最高純度のものを,月の恵みというのだが,


 「こりゃあ,月の恵みじゃないかい。いいのかい?」


 受け取った月光石を鑑定していたエティエンヌが驚いたように,マリーに語り掛けた。


 「ブランを救えるなら、安いものですわ」


 「お婆ちゃん,イオの瞳もあるよ。」


 マリーの脇からエティエンヌの孫のアニエスが声をかける。


  「これで,素材は揃ったね。おいで、アニエス。特効薬の作り方を伝授しよう。」


 そう言って,エティエンヌはアニエスと庵の奥に引っ込んでいった。


 「待ってくださいまし。私も」


 マリーも,その後を追って,庵の奥に去っていった。


【つづく】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る