【地球編】転生体

1)

 地球にあるその砂漠に囲まれた発掘現場の倉庫に,どこからか降りたった女騎士の目の前で、ぴしぴしっと水晶にひびが走り、中に封じられた少女が大地に降り立った。


 「 ようやく、見つけましたぞ。エリーズ様。」


 自然に片膝をついて、頭を下げる姿で、エリーズと呼ばれた少女を出迎えた女騎士に、慈愛に満ちた苦労をいたわる表情と口調で、


 「 ご苦労様でした。ジャンヌ......。私は、すぐに消えることになるでしょう。」


 と告げた少女は,為政者を感じさせる凛とした声で,ジャンヌと呼んだ女騎士に,そう告げる。


 「 なんですと?それは一体。」


 声を震わせながら,ジャンヌは,世界の隅々まで探して,ようやく見つけた彼女の頭首であり,彼女が故国シャデシャトー王国の姫君でもあるエリーズに,問いかける。彼女の背中の白無垢しろむくに三日月を背にするネコミミ娘の横顔のシルエットを剣がクロスし支えている紋章も,悲しそうに震えている。

 そんなジャンヌの様子を見ながら,エリーズは,自らが消える理由を述べた。


「私が消える理由。それは,三つあります。

 ひとつは,あの魔導書の事故で飛ばされた東国のソリアで,私の分身が目覚め     たことです。じきに,私は分身のほうに統合され,ソリアにいる私が本物の私となるでしょう。」


 エリーズがいう魔導書の事故というのは,彼女が十歳の時に起きた事件のことである。当時,シャデシャトー王国で歴代随一と言われる天才魔法使いと言われたエリーズは,城に保管されていた西国世界の七大魔導書である、百科事典:座天の書、蘇生の書:冥王判例、帝王学の書:熾天の書、房中の書:夢魔の書、魔導大全:月の魔導書、医学書:薬剤大全、予言書:シャ・リオンの内,五つまでを読破していたが,残り二冊となったところで、その事件は起きた。城にある文書館で,蘇生の書:冥王判例を紐解いたとき,魔導書の呪いに掛かり,その命を失いそうになったエリーズは,回避方法を調べるためだったのか,同時に百科事典:座天の書も紐解いていた。二つの魔導書の力なのか,別の力が働いたのか,エリーズは,その場から消失してしまったのである。だが,このエリーズは,双子になる魔法【ジェミナ】によって作られた本人と全く変わらぬ分身体であった。その本体は,その数年前に,強い魔力を持つ者を封印する力を持つ,大地の魔導石である【ガイアストーン】に封じられていたのだった。


「エリーズ様が,ガイアストーンに封じられていくのを,黙ってみるしかなかった私を許してください。」


 と,臣下の礼を崩さぬまま,ジャンヌはエリーズに告げた。


 「赦しましょう。ジャンヌ。こうして巡り合えたのですから。

  さて,後二つの理由ですが、現実の時間が私の身体を蝕んできています。」


 と,塵になっていく自らの手を見ながら,エリーズはジャンヌに告げた。

 それを見たジャンヌは,咄嗟にエリーズに魔法剣を放つ、


 「ヌコワール流.........クロノ・シュニット!!!」


 それは,敵の時を巻き戻したり、早めたりできる魔法剣なのだが,エリーズの風化には追いつかない。


  「クロノシュニット!!!クロノシュニット!!!クロノ............」


  「ジャンヌ、無駄です。」


 エリーズは,何度も魔法剣を放つジャンヌを見つめながら,悲しそうにつぶやいた。


2)


  「それにしても,なぜ,そういうことが分かるのですか?」


 何度目かの魔法剣を撃ったあとで,諦めたように,疑問に思っていたことを,ジャンヌは,エリーズに尋ねた。

 その問いに,慈愛に満ちた微笑を見せながらエリーズは答える。


「それが,最後の私が消える理由です。どうやら,今,私と一体になっているこの少女は,私の転生体みたいなのです。彼女の前世の記憶から,私の運命を知りました。

 どうか,この子を,エリスをお願いしますね。ジャンヌ。」


 それだけを言い残し,気絶したエリスを残し,エリーズは消滅したのだった。


3)

 私,由梨が倉庫に入ってくると,水晶の前に立つ見知らぬ人物の背中を見つけた。

 紫の縁がついた純白のマントを羽織る後ろ姿には、白無垢しろむくに三日月を背にするネコミミ娘の横顔のシルエットを剣がクロスし支えている紋章が、その人物の肩甲骨の間に陣取っていて,ケンブリッジブルーのボブカットがマントに掛かっていた。彼女が,臣下の礼だろうか,片膝を地面につく仕草を見せた刹那,水晶が砕けちって,その中に入っていた少女が,地面に降り立ったらしいが,すぐに塵となって消えてしまった。水晶があった場所には,何もなくなっていて,立ち上がったその人物には,気絶した同級生のエリスがおんぶされていた。


 「ちょ!折角の発掘品を砕いてくれて,どうしてくれるのよ。」


 「黙れ。私の知ったことではない。」


 ドスの効いたアルトの声で,由梨に語り掛ける人物は,腰に剣をはき鎧を着こんでいるところから、騎士のようであった。しかも、ケンブリッジブルーのボブカットの前髪を、右の端から左右に分けた下、やや釣り目がちに見える青い瞳で睨み付けられて、由梨は二の句が継げなくなってしまった。

 そんな由梨の窮状を救ったのは,女騎士の背中で目が覚めたエリスだった。


4)

「なるほど,貴女が,あたしの前世に使えていた騎士だということはわかったわ。」


 ジャンヌと名乗った女騎士を前に,エリスはそう告げ,水晶を元に戻すように頼んだのである。由梨には,不穏な態度をとっていたジャンヌだったが,彼女がエリスの親友であること,発掘品である水晶が紛失したことで,後々面倒なことになることなどなど,エリスからさとされ,水晶を元に戻してくれたのだ。


 「でも,中に入ってた子が......」


 と由梨が困ったように呟くと、幻覚でよければとジャンヌが言いだした。


 「エリスさまが,使えるはずですぞ。」


 と言うので,エリスが,試しに使ってみたら、幻のエリーズの姿が水晶の中に映し出された。これに一番驚いたのが,当のエリスである。


  「できちゃった......。」


 今まで、魔法のマの字もできなかったエリスからすれば、驚くのも当然だろう。


  「これは,あたしたちの秘密ね。」


 由梨も、そう呟くほかなかったのである。

 その後、エリスに使えることにしたジャンヌとエリスの生活が始まるのだが、それは後の話。


【つづく】

 


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