九歳児-5/ユメウツツ
帰宅して。
表面上は、いつも通りに食事をとって、風呂に入り。
宿題に簡単に手を付けて。
――――何をするでもなく、布団に潜った。
普段なら、テレビを見たり。
或いは借りてきた本、買ってきた本に手を付ける。
最近流行りだしたゲームでも良かったし、携帯電話に思いを馳せても良かった。
ただ、今日ばかりは何もしたくない。
何かをしてしまえば、
あの視線を思い出してしまうだろうから。
気付けば、意識が遠くなっていく気がした。
最後に見た時計の針は、時間がまだ八時であることを示していて。
眠気は来るんだな、と。
そんな事を思えただけ、マシだと思った。
◆
その日に見た夢は、何処かの誰かと共にいる夢だった。
何処かの森を、二人で歩いている。
顔は、見えない。
道の先も、見えない。
ただ、誰かに手を引かれて。
その手の感覚は、今までに感じたものではなくて。
先へ、先へと連れて行くように歩いていく。
一歩進む。
森に、霧が立ち籠め始め。
一歩進む。
霧が、僕を包み始め。
一歩進む。
更に、周囲が覆い隠される。
段々と、段々と。
歩みが、遅くなっていく。
早く行こうよと言わんばかりに、手だけが引かれていく。
もう、霧から手が伸びているだけのような状況なのに。
その時になるまで、何も思えずに。
もう一歩、と。
進もうとして。
もう片方の手と、後ろ髪をぐいと引かれた。
慌てて、転びそうになって。
そして、はっと気付いたのだ。
――――ここは、と。
小さい舌打ちが、霧の向こうから聞こえて。
背後から。
だから髪の毛を伸ばしておきなさい、と言ったんだ、と。
知らない、しわがれた声が聞こえて。
そして、目を覚ました。
◆
目を覚ましてからのこと。
僕は、母親に問いかけた。
「この髪の毛って、誰かに言われてたりした?」
「ああ、お義母さんが念入りに言ってたんだよ。」
早く食べちゃいなさい、という言葉に促されながら。
考えを頭の中で回す。
義母。
つまり、僕の祖母。
僕自身は会った記憶はない。
幼少期、2歳位の頃に病気で眠るように亡くなったからだ。
祖父は入婿だったらしく、色々と知っていたのは祖母の方で。
父親であったり、本家であったり。
何かを言い残していた、というのは口の端から漏れる言葉で聞いたことはあった。
ただ、この妙な髪の毛に関しては初めて聞いた。
「ねえ、お母さん。 髪の毛についてって何か他に聞いてた?」
「長さの指定だけだよ。 私は女の子のほうが欲しかったから何とも思わなかったけど。」
切りたいのかい、という言葉には首を横に振った。
アレが、祖母の声であったのだとしたら。
夢の中で、僕は何処にいたのだろうか。
考えて。
少しだけ、身震いがした。
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