九歳児-5/ユメウツツ


帰宅して。

表面上は、いつも通りに食事をとって、風呂に入り。

宿題に簡単に手を付けて。

――――何をするでもなく、布団に潜った。


普段なら、テレビを見たり。

或いは借りてきた本、買ってきた本に手を付ける。

最近流行りだしたゲームでも良かったし、携帯電話に思いを馳せても良かった。

ただ、今日ばかりは何もしたくない。

何かをしてしまえば、一瞬の幻覚フラッシュバックで。

あの視線を思い出してしまうだろうから。


気付けば、意識が遠くなっていく気がした。

最後に見た時計の針は、時間がまだ八時であることを示していて。

眠気は来るんだな、と。

そんな事を思えただけ、マシだと思った。



その日に見た夢は、と共にいる夢だった。

何処かの森を、二人で歩いている。

顔は、見えない。

道の先も、見えない。

ただ、誰かに手を引かれて。

その手の感覚は、今までに感じたものではなくて。

先へ、先へと連れて行くように歩いていく。


一歩進む。

森に、霧が立ち籠め始め。

一歩進む。

霧が、僕を包み始め。

一歩進む。

更に、周囲が覆い隠される。


段々と、段々と。

歩みが、遅くなっていく。

早く行こうよと言わんばかりに、手だけが引かれていく。

もう、霧から手が伸びているだけのような状況なのに。

その時になるまで、何も思えずに。


もう一歩、と。

進もうとして。

もう片方の手と、後ろ髪をぐいと引かれた。

慌てて、転びそうになって。

そして、はっと気付いたのだ。


――――ここは、と。


小さい舌打ちが、霧の向こうから聞こえて。

背後から。

だから髪の毛を伸ばしておきなさい、と言ったんだ、と。

知らない、しわがれた声が聞こえて。


そして、目を覚ました。



目を覚ましてからのこと。

僕は、母親に問いかけた。


「この髪の毛って、誰かに言われてたりした?」

「ああ、お義母さんが念入りに言ってたんだよ。」


早く食べちゃいなさい、という言葉に促されながら。

考えを頭の中で回す。

義母。

つまり、僕の祖母。


僕自身は会った記憶はない。

幼少期、2歳位の頃に病気で眠るように亡くなったからだ。

祖父は入婿だったらしく、色々と知っていたのは祖母の方で。

父親であったり、本家であったり。

何かを言い残していた、というのは口の端から漏れる言葉で聞いたことはあった。

ただ、この妙な髪の毛に関しては初めて聞いた。


「ねえ、お母さん。 髪の毛についてって何か他に聞いてた?」

「長さの指定だけだよ。 私は女の子のほうが欲しかったから何とも思わなかったけど。」


切りたいのかい、という言葉には首を横に振った。

アレが、祖母の声であったのだとしたら。

夢の中で、僕は何処にいたのだろうか。


考えて。

少しだけ、身震いがした。

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