九歳児-3/ツラレテ


その時、僕は。

叫んだのだったか。

絶句したのだったか。

そんな。

自分の肉体の行動も曖昧になるほどの衝撃を受けて、立ち竦む僕と。

同じように、同じく上を見上げて。

徐々に、それを認識して。

大きく叫んだ彼女とは。

やはり、何かが違うような気がしていた。


ぷらり、ゆらりと影が舞う。

吊られた、首の縄が動作して。

大樹を揺らして、影となり。

足元に転がる、金属あしばが。

小石を踏みつけ、ぎしりと鳴って。



その叫び声を切っ掛けとして、周囲に生徒や教員が駆けつけて。

それからは、学校始まって以来の騒動となっていた。

吊られていたのは、四年生のクラスを担当していた四十代くらいの男性教諭。

当然、残っていた生徒は全員帰らされて。

翌日も緊急集会からの半日授業、即帰宅。

担任が席を外す中、騒ぎ声の中。

つまらなそうに、周囲を見回していた悠月を意図的に放置して。

僕は――――考えに没頭していた。


クラスメイトから飛び交う、先生についての噂話。

ママから聞いたんだけど、お母さんの事で悩んでたんだって。

私は入院してたって聞いたよ?

近くに住んでる人が、帰ってきてるのを見たとか。


そんな、本当なのか。

或いは、噂話をすることで盛り上がりたいのか。

何方とも判断がつかない、噂話。

それが囁かれる度に、妙な不安が募っていく。

何故なのかは、分からない。

ただ、それが火の付いた導火線のように感じられて仕方がなかった。



今日は大分軽い、ランドセルを背負って。

大多数の生徒の波に乗り。

帰宅しようとした僕の首を引っ張ったのは。

やはりというか、彼女だった。


「半日で授業終わっちゃったでしょ。」

「……帰れっていうんだから、帰ろうよ。」


嫌そうに、僕が呟けば。


「家に、パパもママもいないのよ。」

「だから?」

「付き合ってくれてもいいでしょ。」


頬を膨らませ、言外に。

自分のものと主張するような悠月の言葉に。

少しばかりの反発と。

大多数を占める、諦めと。

ほんの一欠片の、優越感を混ぜ合わせ。

仕方がないな、と溜息を吐いた。


「……それで。」

「?」


首を傾げて、彼女が問い返す。


「君の家に行けばいいの? 何処?」


そんな事も知らない、僕等二人は。

周囲の視線を気にせずに、話し続けた。



ぷらり、と揺れる黒い影。

縄も無く。

姿も無く。

影だけが、揺られ続ける校舎裏。

誰かがじっと、それを見て。


ずっと、そのまま。

そんな、残酷な言葉あたりまえのことを呟いた。

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