六歳児/ヘンカ


気付いたら、家の布団で寝ていた。

それが、あの翌日の僕の記憶だ。

前日何をしていたか。

その記憶は、靄がかかったように何も残っておらず。

そして、前日尋ねてきたはずの従兄弟。

そんな人物は、始めからいなかったかのように。

誰の記憶からも。

霧の中に消えるように、残っていなかった。

僕を、除いては。



最後に残った記憶は、立ち位置禁止の裏山の中腹を超えた当たり。

頂上辺りは少しずつ禿げてきていたから、遠巻きでも見えていた。

けれど、木々の中。

決して外からでは見えない、人も殆ど出入りしないような道なき道の奥。

薄ぼんやりとした神社のような場所の、外見だけ。

そこで、僕は。

従兄弟に何かを話しかけられたような――――気がする。

何をか。

何故か。

それらは全て、記憶には残っていないけれど。

どこか、寂しそうな声色だったような。

そんな、気がするのだ。



それから、少しばかり僕の生活は変化した。

元々、本家とは兄……つまりは長男が主体となって付き合っていた。

次男である僕は、兄のスペア。

つまりは「なにかがあった」時の予備としての扱いしかされておらず。

けれど、そんな中で唯一親しくしてくれていたのが。

既に、記憶の中にしか残っていない従兄弟だったのだ。


だからこそ。

少しずつ、少しずつ。

名家の一族と仲が良いやつ、という視点は消え。

親から何かを言い含められたのか、知り合いは減っていく。

別に、寂しいとかそういうつもりはまったくない。

そういう辺りこそが、変なやつと見られていたというのも事実のうちだからこそ。


ただ、その頃。

六歳児になり、小学校に通い始める準備をし始めた頃。


「妙なもの」が、視界に映るようになったのだ。



初めは。

視界の片隅に何かがいるな、という程度だった。

少しばかり暗い、影のような何か。

その当時で、身長も1mを下回るほどの小ささだった僕からして。

そこそこ見上げなければ、顔――らしき場所――が見えなかったのだから。

恐らくは、大人か。 或いはそれに準ずる何か。


初めに見た場所は、幼稚園帰り。

寺を出て、山の裾野のようになった広場のような場所。

次に見た場所は、そこから少し僕の家に近づいた十字路の片隅。

その次に見たのは、そこから少し僕の家に近づいた雑貨屋の裏手。

その――――。


少しずつ、少しずつ。

見かける度に、近づいてくる。


何なのだろう、から。

気味が悪い、へと。


気味が悪い、から。

嫌な予感がする、へと。


変化するまでは、そう時間は掛からず。


近付く度に。

近付かれる度に。

それを、見かける度に。


どくり、どくりと。

心臓の鼓動が、早くなっていた。


気付かれてはいけない。

そう、直感的に感じたのは幼いながらの人間の感覚だろうか。


臭いがした。

ぷぅん、と漂うのは草木に混じった何かの腐った臭い。

音がした。

かさかさ、と何かが這いずるような音。

ずりずり、と何かを引き摺るような音。


人の。

生きているもの特有の臭いは、音は、感覚は。

全くさせなかったそれは。


僕が六歳から、七歳になるまでの間。

少しずつ、少しずつ近付いてきて。


七歳になった途端に、姿を消したのだった。

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