六歳児/ヘンカ
気付いたら、家の布団で寝ていた。
それが、あの翌日の僕の記憶だ。
前日何をしていたか。
その記憶は、靄がかかったように何も残っておらず。
そして、前日尋ねてきたはずの従兄弟。
そんな人物は、始めからいなかったかのように。
誰の記憶からも。
霧の中に消えるように、残っていなかった。
僕を、除いては。
◆
最後に残った記憶は、立ち位置禁止の裏山の中腹を超えた当たり。
頂上辺りは少しずつ禿げてきていたから、遠巻きでも見えていた。
けれど、木々の中。
決して外からでは見えない、人も殆ど出入りしないような道なき道の奥。
薄ぼんやりとした神社のような場所の、外見だけ。
そこで、僕は。
従兄弟に何かを話しかけられたような――――気がする。
何をか。
何故か。
それらは全て、記憶には残っていないけれど。
どこか、寂しそうな声色だったような。
そんな、気がするのだ。
◆
それから、少しばかり僕の生活は変化した。
元々、本家とは兄……つまりは長男が主体となって付き合っていた。
次男である僕は、兄のスペア。
つまりは「なにかがあった」時の予備としての扱いしかされておらず。
けれど、そんな中で唯一親しくしてくれていたのが。
既に、記憶の中にしか残っていない従兄弟だったのだ。
だからこそ。
少しずつ、少しずつ。
名家の一族と仲が良いやつ、という視点は消え。
親から何かを言い含められたのか、知り合いは減っていく。
別に、寂しいとかそういうつもりはまったくない。
そういう辺りこそが、変なやつと見られていたというのも事実のうちだからこそ。
ただ、その頃。
六歳児になり、小学校に通い始める準備をし始めた頃。
「妙なもの」が、視界に映るようになったのだ。
◆
初めは。
視界の片隅に何かがいるな、という程度だった。
少しばかり暗い、影のような何か。
その当時で、身長も1mを下回るほどの小ささだった僕からして。
そこそこ見上げなければ、顔――らしき場所――が見えなかったのだから。
恐らくは、大人か。 或いはそれに準ずる何か。
初めに見た場所は、幼稚園帰り。
寺を出て、山の裾野のようになった広場のような場所。
次に見た場所は、そこから少し僕の家に近づいた十字路の片隅。
その次に見たのは、そこから少し僕の家に近づいた雑貨屋の裏手。
その――――。
少しずつ、少しずつ。
見かける度に、近づいてくる。
何なのだろう、から。
気味が悪い、へと。
気味が悪い、から。
嫌な予感がする、へと。
変化するまでは、そう時間は掛からず。
近付く度に。
近付かれる度に。
それを、見かける度に。
どくり、どくりと。
心臓の鼓動が、早くなっていた。
気付かれてはいけない。
そう、直感的に感じたのは幼いながらの人間の感覚だろうか。
臭いがした。
ぷぅん、と漂うのは草木に混じった何かの腐った臭い。
音がした。
かさかさ、と何かが這いずるような音。
ずりずり、と何かを引き摺るような音。
人の。
生きているもの特有の臭いは、音は、感覚は。
全くさせなかったそれは。
僕が六歳から、七歳になるまでの間。
少しずつ、少しずつ近付いてきて。
七歳になった途端に、姿を消したのだった。
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