彼等の綴る怪奇譚

氷桜

1.何も知らない僕。 何も知れない彼女。

五歳児/ハジメテ


人とは違う。

言い換えれば、少しだけ変わっている。

そう言われることを目指して努力する人。

そう言われないように努力を続ける人。

どちらをも、少し離れて見ていた僕は。

第三。

言われずとも、誰からも変わっていると言われるような人種だった。


黒髪、丁度前髪が目の辺りに掛かるような長さ。

肩に掛かるくらいに長い髪は、母の趣味で整える程度。

誰も知らない人が見れば、女とも誤認されそうな。

内向的で、けれど数人の友達や外で遊ぶことも厭わないような。

山や川に囲まれた、田舎の中の名家の傍流。

そう呼ばれる一家の次男が、「僕」だった。


――――そんな、誤認に意味があったなんて。

後で知った時には、「ああ、そうなんだ」と。

既に、年に不釣り合いな。

達観した視点を得ていたのだけれど。



「それ」を認識できることに気付いたのは、いつだっただろうか。

今思い返せば、きっとあの時。

物心ついたばかりの、噎せ返るような暑さの夏。

裏山の、古びた神社での出来事の後。



夏臭さを全力で表現するような、太陽が照りつける。

幼稚園での夏休み直前のことだった。


実家――――というよりは本家か。

田舎故の、無駄な土地を持っていたその家系は。

田畑や川に近しい土地だけでなく、裏山……と呼ばれる小さな山をも保有していた。

幼稚園という環境であっても、学年ごとに分ければ一学年一クラス。

その人数は30-40人程度と、細々とやっていくのが手一杯。

いつ潰れてもおかしくないような。

小さな、小さな。

山に一部分が面する、寺の一角に幼稚園はあった。


少し年の行った保母さんは、諭すように常々言っていたものだ。

裏山へは、立ち入ってはいけませんよ、と。

当然、僕等くらいの年代は反発する。

山の危険。 身を持って知らない、遊ぶことに全力な年頃だ。

口々に、虫を取りたいだの。

木陰で涼みたいだの。

けれど、普段は少し困ったような表情で受け入れるその人は。

これに関してだけは、絶対に受け入れることはなかった。


――――そんな、とある日のことだった。

本家からやってきた、大学を卒業したばかりの従兄弟が僕に囁いたのだ。

裏山に行ってみたくはないか、と。

首を傾げながら、当然のように行ってみたい!と。

強く言ったのを覚えている。

今、思えば。

その顔は、悪戯な面を含むというよりは。

能面のような。

感情を押し殺したような顔をしていた、気がする。



裏山の、古びた神社。

決して、立ち入っては行けないとされる禁域。

そこで、僕は何かを見て。

その後から、全ては始まったのだ。

――――何も、覚えてはいないけれど。

従兄弟の事も、誰も覚えてはいないけれど。



斯くして、僕は知った。

「それ」の存在。


自分一人では、対処できず。

「彼女」だけでも、対処できず。

見ること、聞くこと。

話すこと、伝えること。

「認識」出来る僕と。

見えず、聞こえず。

だからこそ、その全てを祓う事ができる。

「霧散」させる彼女と。

手を取り合って、立ち向かわざるを得ない存在。


――――怪奇譚を、ここに綴ろう。

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