5.Katharina
「ようこそ、カタリナ・スコットさん。どうぞ、そちらに座って、リラックスして」
そんなお決まりの文句とともに、社の面接が始まった。BTI――バイオテクノロジー・インダストリーズ社は、イスラエルに本社を置くIMIグループの子会社で、主に生体工学から生み出された部品や、それを制御する電子チップを取り扱っていた。
IMIは一言でいえば軍需産業だ。グラマンやマーティンのように、戦闘機や戦車といった合衆国の威容を誇示する強大な兵器を製造しているわけではないが、利口かつ高性能な製品を多数製造しており、その製品は小火器から警備ユニットまで多岐に及ぶ。取引相手もイスラエルはもちろん、アメリカやヨーロッパ、宗教を異とする周辺国にも相手を選ばず販売を行う。その子会社がMITまで採用活動のために来ていると聞き、私はこの企業にエントリーした。
私は
今日は採用担当者と1対1の面接。ESは提出済みだから、私の研究内容については相手も掌握している。専門的な話もとんとん拍子に進んだ。
「君の経歴は素晴らしい」採用担当者は心底嬉しそうにほほ笑む。「今日一日みてきた中で最高だよ。正直に言うと、もう少し話をしたい。何か聞きたいことはあるかな」
ここだ、と私は思った。「御社は――正確には、御社のグループ企業であるIMIは、人間が操縦するドローンを製造していますね」
「ええ。主力は内燃機関を採用し、エンジンと人工筋肉の組み合わせで一日以上の長時間任務に対応できる
「その主要部品および制御システムは御社で製造されている」
採用担当者は肯定も否定もしない。ただ微笑を顔にはりつけている。私は構わず話を続ける。
「御社は近年、人間が操作するドローンに置き換わる自動化されたドローンを開発していると伺いました」
「これはこれは。我々がサイバーダイン・システムズの社員とでも……」
私は笑わなかった。「私の父はドローンの操縦手でした」私はできるだけ端切に伝える。相手の顔から笑みが消えた。
「悪いけれど、ここから先は機密事項だ。そう、合衆国の定める『国家安全保障にかかる機密情報』という奴だ。だから具体的な話はできない」彼はまじめな表情のまま言葉を続ける。「例えば人間が操作する兵器に代わって何か別のもの――例えば人工知能が兵器を操作できるようになれば、様々な利点が生まれるのはわかるかい」
「様々な、というのはどういうことですか。安全性の話ではありませんよね。ドローン操縦者は離れた場所から操縦するのですから。人工知能の方が人間より利口だ、という意味ですか」
「そうじゃない。先ほどの話ではないが、別に我々はターミネーターを作りたいわけじゃない。ただ、動物や人工知能の方がうまくやれることを、人間がやるべきではないといっているんだ」
「くわしく説明してください」
「例えば遠隔操縦の場合、人間は不鮮明で小さなカメラの映像だけを頼りに、標的を判断して攻撃を行わなければならない。勿論、目標情報は情報部から提供されるけど、それも往々にして不十分で、カメラに写っている人物が目標かどうか判定するのは極めて困難だ。そういう限定的な情報から判断を行うのは、兵士に強い心的ストレスを与える。ミスする余地があまりにも大きい。操縦手がためらった結果、民間人の巻き込み被害が増えて比例原則に反する可能性も、そもそもよく似た誰かと誤認してしまう可能性だってある。
でもその引き金を引くのは操縦手だ。情報官が提供する情報が間違っていても、画面の死角に民間人が隠れていたとしても、攻撃の最終責任はすべて操縦手に委ねられる。そんなのは論理的とはいえない」
それだけではない。
本当に問題なのは、人を殺す決断しなければならないという状況のために、人の心が壊れてしまうことがあるということ。自らの安全のためではなく、ただ殺すために殺すという選択が、まっとうな人間を狂わせるということ。
「だから、どんな状況でも正確な分析と決断を行う人工知能を作るんだ。世界最強の軍隊が行う軍事作戦であるにも関わらず、武力行使権限の最終決定を個々人が行うという不均衡を解決する。意思決定の
ええ、そうですね、と私はうなずく。けれど私が考えているのは、彼とは違う。
父がやってきたことを、もう誰もやらなくてよくなる。
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