2.Lyla
少し、昔話をしよう。
あなたには物語がある。いや、あなただけではない。この世すべてのものに語られるべき物語がある。毎日変わることなくあなたの頭上を過ぎ去る月と太陽にも、荒野を彩る無数の星々にも、砂に覆われた煉瓦の街にも、視界を塞ぐ砂の一粒一粒にさえ、語られるに足る物語がある。
あなたの一族は永らく砂漠を放浪する流浪の民だった。
あなたの祖先は強き民だった。
国家が人民の権利を束ね怪物たる権限を保持するに至り、燃える水が巨万の冨を築いてもなお、あなたたちは
駱駝と羊を飼い、犬と共に眠り、鷹と共に野ウサギを狩り、異教徒に対して強靭に戦った。
だがそれも、異教徒が契約の地に現れるまでのことだった。彼らは突如として現れて、彼らが神との約束の地だと嘯く大地を血で汚した。虐殺はあらゆる場所で起きた。都市で、郊外で、井戸端で、礼拝所で、聖なる川の岸辺にて、屍山が築かれ、血河が生まれた。彼らがかつて建てたという神殿の壁面には数多の銃痕が残されて、その傷が虐殺の憎悪を煽った。
あなたの氏族もまた支配に抵抗した。
暴力に抗い、虐殺に抗った。
けれど、それもやがては徒労であると気づいた。彼らは血族ではなく結社であり、信徒ではなく暴徒であり、軍兵ではなく群衆だった。女子供さえ武器を持ち、兵士を殺せば市民がその銃を拾い上げ、誰を殺しても新たな者が武器を手に立つ。街を征服しようにも、全ての住民を追い出さねば意味はなく、殺戮は彼らの士気を駆り立てる結果にしかならなかった。民のすべてが戦士であり、戦士のすべてが民であった。
そのような在り方は砂漠には存在しえなかった。魚を獲る者、家畜を守る者、子を産み育てる者、畑を耕す者、商いを行う者、施しを与える者、狩りをする者、戦う者、蘇りし者、神の教えを説く者。そのどれか一つでも欠ければたちまち人は飢え渇き死ぬだろう。全ての者が全き同じ願いを持ち、同じように戦うなど、到底想像しえなかった。彼らは最後のひとりまで武器を手に戦うだろう。皆殺しにしなければ必ずやあなたたちの寝首をかくだろう。あなたたちは武器を捨て恭順を選んだ。
砂漠の民は天災に抗うようなことはしない。
やがて彼らは政府を自称し、帝国の自滅と共に国家を名乗った。数多のハダリは怒り、鋼鉄の兵器をもって幾度もそれを排除しようとしたが、結果的に、屍の山が堆く積み重なるのを早めたに過ぎなかった。
その地を往来していた
しかしそれもやがては異教徒によって収奪された。あなたがたは追放され、生活する都市を与えられた代わりに、先祖伝来の放牧地の権利を放棄することを求められた。
実際には、異教徒たちは最初からその権利を認めたことは一度もなかった。ただ、国内避難民のバラックをいつまでも抱えておくよりも、いささか教養の低い労働者の都市がある方が幾分かましだと考えただけのことだ。
ある者は抵抗し、あるいは、進んで異教徒の中に加わった。彼らは世界最大の国家に支援者を送り込み、信仰の成就を訴え、最強の政府、最強の軍隊、最高の賢者、最高の商人を味方につけた。彼らはその財によって、瞬く間に亡国を比類なき帝国へと再建してみせた。湯水のように流れ込む富と叡智は彼らの帝国を隅々まで潤し、その恩恵は恭順を示したあなたたちにも分け与えられた。
その頃には、彼らはもう、あなたたちを脅威とみなしてはいなかった。
彼らはあなたたちの命と、国民としての権利を保障した。
あなたたちがその敵意を収める限り。
それはあなたたちから収奪した土地、伝統、習俗を埋め合わせるにはあまりにも不足していたが、かといってそれを拒むことは理性的ではない。貧者への施しは信仰の義務だ。あなたたちの一族は、施しを受けるものとして甘んじてそれを受け取った。駱駝を捨て、羊を売り、天幕を倉庫の奥底に仕舞い込んで、代わりに乳白色の住宅と都市の住民としての雇用を手に入れた。
異教徒たちはあなたたちを、
先祖代々の土地を収奪され、伝統を破壊され、羊を失い、駱駝を失い、それでも僅かばかりの財を継承しながら、異教徒の中に生き続けている。
それが、あなたの血の物語だ。
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