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 まき奏流かなたには隠し子がいた。


 このスキャンダルが一夜にして日本中を駆け巡ったのは、蝶子さんの失踪から一ヵ月後のことだった。槇が琉華ちゃんの手を引いて事務所を後にする写真が週刊誌に掲載されることが分かるやいなや、芸能レポーターが槇を四六時中追い回し、取り囲んだ。

 時間、場所問わず報道カメラのフラッシュは焚かれ、記者たちの下世話な質問と苛立った怒号が飛び交った。近所迷惑もあったものではない。オレもオレで周りの記者に負けじと大声で


「すみません!すみませーん!通してください!!!」


と叫びながら、押し合いへし合い、もみくちゃになって、槇の通る道をあけて歩いていたから、人のことは言えないとは思うけれど。

 どこから電話番号を入手したのかは分からなかったが、職場にいても自宅にいても電話の呼び出し音は鳴りやまず、インターホンまでひっきりなしに押されるものだから、それらは電源から切ることになった。

 蝶子さんがいれば揉み消せたスキャンダルだっただろう。いや、もう五歳にもなる隠し子だ。蝶子さんが知らなかったわけがない。彼女がいたからこそ、これまでの間表沙汰にならなかっただけなのかもしれない。

 このことについて、事務所は「プライベートなことは本人に任せております」と発表しただけだった。マネージャーであるオレにすら、槇を守るようにといったような正式な指示も出されなかった。

 ノーマさんにとって、蝶子さんが育て上げたrealMeeeee!リアル・ミーは目の上のたんこぶだ。そんなノーマさんが槇を庇うことはあり得なかったし、ロニーさんさえ口をつぐんだままだったので、報道は過熱していった。

 週刊誌には、槇のみならず、realMeeeeee!のメンバー全員の嘘か誠か分からない噂が毎週のように掲載されるようになっていた。最もロニー事務所に批判的な週刊誌『センテンス・サマー』は、槇のスキャンダルが出た時期と、蝶子さんが失踪した時期がほぼ重なることから、琉華ちゃんの母親は蝶子さんではないか、それをノーマ副社長に咎められて、蝶子さんが退社させられてのではないかという、とんでもない憶測記事まで掲載した。

 テレビだってそうだ。朝と昼のワイドショーでは、煽情的なレポーターの情報に、スタジオのコメンテーターが井戸端会議レベルの憶測を臆面もなく並べ立てた。

 ファンの多い槇にはアンチも多かった。ネットはたちまち炎上し、匿名掲示板の芸能スポーツカテゴリは槇の隠し子騒動関連スレッドで覆いつくされていた。




 グループの顔とも言える男、槇奏流に隠し子が発覚した上に、その母親が蝶子さんかもしれないという疑惑は、realMeeeee!の仲を険悪なものにした。

 多分、蝶子さんと槇の二人をよく知っている、他の四人のメンバーがその疑惑をそのまま信じていた訳ではないと思う。槇に隠し子かいるだとか、もしかしたら蝶子さんとデキていたのかもしれないだとか、そういった事実はどうでもよかったんじゃないかな。事実そのものよりも、自分たちに真実が隠されていたこと――つまりは、裏切られていたことがショックだったんじゃなかと、オレは思う。

 勿論この疑惑について、槇に直接尋ねてくる者はいなかったし、話題にすらする者もいなかった。話題になるはずがない。槇はものすごく露骨に無視されていたのだから。

 5人の出演するバラエティ番組があったのだけど、収録時は針のむしろだった。部外者ではないマネージャーであるオレがそう感じるぐらいだから、当人の槇たるや、どんな思いだったか推して知るべしである。

 槇が遅れて入ると、さっきまで和やかに雑談をしていたメンバーが一斉に沈黙して、視線を宙に泳がせる。誰も言葉を発さない。視線すら合わさない。槇に聞きたいこと、ぶつけたい感情、浴びせたい罵声等々、心のうちに秘めたことはきっと山ほどあると言うのに、重苦しい沈黙を繰り返すなかで、わだかまりが日々増幅されていくのを、オレすら感じていた。

 中でも、蝶子さんを母親のように一番慕っていた、グループ最年少の羽田はだ海斗かいとの怒りは頑なな沈黙のうちにビンビンと伝わってきた。純粋に信頼していた二人に裏切られたかもしれないという思いが一番強かったのかもしれない。槇と喋ることはおろか、同じ空間にいることすら耐えられなかったようだ。槇が同じ空間に入って来ると羽田の顔は怒りで強張り、槇から一番遠いところに移動した。怒りを悟られまいとしているのかもしれないが、それは逆効果だった。

 そんな羽田にいつも寄り添っていたのは萌葱もえぎじゅんだった。


「海斗!」


 槇への嫌悪感を露にする羽田に声をかけ、外へ出られる時は二人で外へ出て行ったし、出るのが難しい時は、隅の方でかたまってひそひそと話をしていた。

 小野田おのだ綺羅きらは誰に対しても無関心そうに髪を弄りながら足を組んで座っていた。

 唯一リーダーの仲眞なかまれんは、この気まずい空気に申し訳ないと思うだろう。スタッフに気を使って話しかけ、談笑する場面が見られた。

 そんな折に起こった萌葱と槇の取っ組み合いのケンカは、沈黙のうちに膨らんでいった不信感と怒り、悲しみ、憎しみ――ありとあらゆる負の感情がないまぜになったストレスの爆発だったのだと思う。


 壊れてしまった関係の修復は困難だった。

 そもそも個性の強いスター五人をまとめ上げていた敏腕マネージャーはもういない。

 蝶子さんがハブになってまとめ上げていたrealMeeeeee!だ。さらに槇に隠し子という爆弾が爆発して、周囲メンバーも被弾した。

 空中分解したrealMeeeeee!に、ノーマさんはさらにミサイルを撃ち込んだ。


「私が嫌なんだったら退所すればいいじゃない。六条だって辞めたんだから」


 ノーマさんからのこの言葉は、蝶子さんを慕っていた羽田と萌葱の神経を逆なでした。冷静かつ客観的な小野田はこんな女の元にいても仕事を干されるだけだろうと踏んだんだと思う。小野田、萌葱、羽田のグループ内では年下三人はロニー事務所を退所し、新事務所「Motýlモティル」立ち上げた。


 realMeeeee!は解散した。


 自分のことよりもファンとrealMeeeeee!というグループのことを優先してきた仲眞は事務所に残った。ノーマさんはともかく、ロニーさんに義理立てしたのもあると思う。責任感の強い仲眞くんらしいと思った。それに自分が事務所に残っていれば、realMeeeeee!を復活させることができるかもしれないと一縷いちるの望みを抱いていたのかもしれない。

 仲眞くん同様、槇も事務所に残っていた。仕事も与えられないまま飼い殺しにされるのは分かっていたと思う。仕事をビジネスと捉える傾向のある槇に義侠心があるとも思えない。自分が原因で解散したrealMeeeeee!の再結成を願うほど、グループに思い入れがあったとも思えない。そんな槇が、事務所に残っていた理由は、オレには分からない。出て行ったからと言ってスキャンダルを抱えた自分を拾ってくれる芸能事務所があるとは思えなかったのだろうか。


 解散コンサートは開かれなかった。

 去年の12月末日を以って解散するという期日だけが静かに過ぎて行った。


 12月末日。ファンが有志で新聞広告を出してくれたのを、槇は黙って見つめていた。


 realMeeeeee!は、こうして終わった。

 それは、槇のアイドル生命の終わりでもあった。

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