リアル・ミー

江野ふう

1

「やっぱ師匠の淹れるコーヒー牛乳はおいしい!さすが師匠!!!」


 うさぎのイラストが描かれたプラスチック製のマグカップを傾け、牛乳たっぷり。ぬるめにれたコーヒー牛乳を、琉華るかちゃんがすすっている。オレは、彼女のために淹れたコーヒーの残りを、コーヒーメーカーから自分のマグカップに注いでいた。


「そりゃ、どうも」


 生返事をしながら、幼児用の椅子に座っている琉華ちゃんの正面に、腰掛けた。

 オレの淹れるコーヒー牛乳を「おいしい」と琉華ちゃんが言うのは毎度のことだ。その言葉はもはや定型文であり、本当においしいという感動は、彼女の声からは感じられない。まして「師匠」呼びするオレへの尊敬の念などまったくない。棒読みのお世辞だ。

 お世辞であるという証拠に、彼女は返事など待ってはいなかった。目の前に出された艸薙庵くさなぎあんの柏餅に夢中な彼女は、オレの方に眼を向けることもなく、餡の透けた白いもっちりとした餅から葉っぱをはがしてパクついた。

 五歳児のくせに三十路の男を喜ばせようと心にもないお世辞を言ってくるあたり、女のいやらしささえを感じる。マセガキだ。


「……う~ん!おいひ~~~!やっぱ柏餅は艸薙庵に限るね!あんこが甘くなくて絶妙!この香りがなんともいえないね」


 この感想だって、五歳児とは思えない。

 一個250円もする柏餅の味を五歳にして知っている、目の前の幼女の行く末が恐ろしい。




 琉華ちゃんは、オレがマネージャーとして担当しているタレント、まき奏流かなたの一人娘だ。

 槇奏流は2000年代に絶大な人気を確立した国民的アイドルグループrealMeeeee!リアル・ミーのメンバーで、グループイチ……、というか、ロニー事務所イチ。いやいや、当時の男性アイドルイチ。いやいやいやいや、間違いなく当時の芸能界イチの人気を誇る男だった。

 槇は、そこにいるだけで周囲を華やかにする存在感のある男だ。カリスマというのはこういう男のことを言うのかもしれない。18年前、事務所に入りたてのオレが初めて生で見た槇奏流が、仄かに黄金色のオーラを纏っていたのを、今でも鮮明に覚えている。

 口紅塗った槇の化粧品のCMはセンセーションを巻き起こし、主演ドラマの視聴率は常に30%を超えていた。某女性ファッション誌での抱かれたい男ランキングで圧倒的一位を獲り続け、殿堂入りしたのは未だ槇しかいない。




 そんな槇奏流が所属する国民的アイドルグループrealMeeeee!が解散したのは今から一年前のことである。


「てめぇ!何考えてんだ!?!?!?」


 先に槇の胸倉に掴みかかったのは、萌葱もえぎじゅんだったという。解散前、槇と萌葱が、テレビ局の楽屋で取っ組み合いのケンカをしたことは有名だ。あっさりとした地味な外見からは想像がつきにくいが、グループの中では、萌葱は感情の起伏が激しい方だ。

 槇の胸倉を左手で掴み、右手の拳を振り上げる萌葱を、仲眞なかまれん小野田おのだ綺羅きらが二人がかりで止めていたのだそうだ。グループ最年少の羽田はだ海斗かいとは、その様子を黙って眺めていたのだという。


 本人たちが黙っているのでケンカの原因は明らかにされていないが、時期的に見ておそらく、当時realMeeeee!の統括マネージャーを務めていた六条ろくじょう蝶子ちょうこが原因だろうと、週刊誌はこぞって書き立てた。これに関しては、オレもそうなのかなと思う。

 というのも、その時期、六条蝶子がロニー事務所を退社し、行方をくらませたのだ。


 六条蝶子の失踪の直接的な原因はオレには分からない。でも、事務所副社長ノーマさんとの派閥争いは影響しているんじゃないかなとは思う。

 realMeeeee!を国民的アイドルに育てあげた蝶子さんのマネージャーとしての実力を、事務所副社長、ノーマ・S・梁川やながわは快く思っていなかったのは事実だ。ノーマさんが売れると見込んでデビューさせたグループ、fake You?フェイク・ユーがrealMeeeee!の陰になってイマイチ人気が出ないというのもあるのかもしれない。

 事務所社長であるロニー・G・篠崎しのざきも、仕事の点では、自分の姪であるノーマさんより、蝶子さんを重用していたように思う。ロニーさんが自らプロデュースしたグループのすべてのマネージメントは実質、蝶子さんに任されていた。


「あの女が来るなら私は絶対行かない!!!撮影日程再調整して!」


 広告代理店からかかってきた電話に、ノーマさんがヒステリックな金切り声を上げているのを耳にしたことがある。

 後から同僚に聞いたところによると、こんなことは日常茶飯事だったという。

 この時は、fake You?が出演する車のCM撮影のスタジオが、蝶子さんが担当しているrealMeeeee!とは異なるグループ、ZERO+ゼロ・プラスのCM撮影とバッティングしたとのことだった。デビューしたてのZERO+の撮影のためにやって来るであろう蝶子さんと顔を合わせるのも嫌だったのだ。

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