第11話 決闘①

「儂と決闘しろ!」


 そう言い放つ彼の両目は、憎き仇敵を前にしているかのように血走り、殺意を滾らせる。

 孫娘に好意を向けられている俺への嫉妬が飽和状態だ。

 全くの勘違いだが、今の彼に何を言っても火に油を注ぐだけだろう。


「はあ……、分かりました」


 俺が了承すると、彼は庭の噴水のある場所から、開けた芝生のある場所に移動し、セバスさんがいつの間にか用意していた木剣を手に動きの確認をし始めた。


「別に受ける必要はなかったし、今からでもやめてもいいのよ?」


 傍に駆け寄ってきたナディアさんが、こちらを心配して魅力的な提案をしてくれる。


「あとで私がおじいちゃんを説得するから――」


「ナディアさんに手間をかけさせることは、したくありません」


 それに、彼女の祖父ということは、彼女の指南を受ける以上これからも会うことは多々あるだろう。

 遺恨と誤解を残しておきたくはない。

 それに、この決闘を受けなければいけない理由がもう一つある。


 ちらりとクルゼル子爵の方を見やる。

 木剣を振るう彼の眼は、確かに怒気を孕んでいるが冷静さを欠いてはいない。


 彼は自分を探る視線に気づくと、こちらを見て挑発めいた笑みを浮かべる。


 言葉こそ発していないがその笑みの意図を俺は理解した。


 ――俺は、試されているのだ。俺が教えるに値する人間かどうかを。


 模擬戦で尻込みするやつは実戦でも役に立たない、ということだろう。

 ここで逃げていては世界を救うどころか守ると決めた人すら守れない。


「大丈夫です、あくまで決闘ですから。胸を借りるつもりでいきますよ」


「そう……。まあ、少し時間が経てば冷静になると思うけど……。それでも、気をつけてね」


 俺が頷くと、彼女はふっと力を抜いて笑みを見せる。


「頑張ってね……!」


「声援を貰ったとなれば、簡単にやられる訳にはいけませんね」


 俺達は数秒の間、無言のまま見つめ合い、心地よい静寂に包まれていた。


「うぐ、ぐぎぎぎっ!」


 ギリギリと歯を噛み締めながら、さらに血走った目でクルゼル子爵がこちらを見ているのが視界に入った。

 どうやら決闘を仕掛けた理由は俺を試すためではなく孫娘を取られた恨みが大部分を占めているようだ。

 ……これ以上迂闊な行動は禁物だ。殺意の波動に目覚めそうで怖い。


「――じゃあ、行ってきます」


「はい、いってらっしゃい」


 なんだろうか、新婚さんのやり取りみたいな――。


 そろそろクルゼル子爵が血涙を流し始めそうなので、さっさと決闘を始めることにする。


 五メートル離れた位置で彼と相対する。


「貴様は必ず儂の手で引導を渡してやる!」


 いや、さすがに冗談ですよね? 引導とか物騒な。


 俺はさっきセバスさんが渡してくれた木剣を正眼に構える。


 道場の師範である澪の祖父にこっぴどく扱かれた影響で剣道の動きは今でも身体に染み付いている。

 だが、それが異世界で通用するとは考えない方がいい。

 まずは攻撃よりも相手の動きを見て、それを自分の動きに取り込むことから始めよう。


 正面で向き合っている相手を観察する。


 彼は木剣を上段に構えていた。


 この構えは、極論を言えば後は近づいて振り下ろすだけだ。

 つまり、その最速の攻撃をなんとか捌けなければ一瞬で俺の負けが確定するということだ。


 まばたきはできない。意識を相手の一挙手一投足に集中させろ。



 緊迫した空気が、頬を撫でる。


 一際強い風が吹き、木の葉が宙を舞う。


 ひらりひらりと舞うそれが地に、落ちた。



 刹那、彼はこちらへ足を踏み込む。


 それと同時に、彼我の距離が消滅した。



 疾いッ!!



 彼の剛腕が凄まじい速度で剣を振り下ろす。


 数瞬遅れた動作は、かろうじて間に合い、身体の手前で刀身を弾いた。


「………ッ!」


 これまでに受けたことのない、強い力が両腕に加わったはずだが、それと同程度の力で跳ね除けた自分自身の身体能力に驚く。

 レベル1でも、与えられた勇者の力は相当なようだ。


 彼は追撃をせず跳び退き、俺達は互いに距離を取った。


「…………」


 ジリジリと間合いを測る。

 彼は正眼に構え、こちらの一挙手一投足を抜け目なく観察している。


「どうした? 来ないのか?」


 俺は、動かない。

 それができればとっくにやっている。

 その立ち姿には隙が一つも見当たらない。

 闇雲に突っ込めば、斬られる。

 それが素人目でも分かる。

 動かないのではなく動けないのだ。


「先程は頭に血が登って先手に回ってしまったからな。次は先手を貴様にと思ったのだが……」


 彼は抑えていた息を大きくつくと、


「来ないのなら……」


 深く腰を落とし、


「――こちらから行かせてもらおう!」


 弾丸のような勢いで俺に肉薄する。



 迫りくる刃を横にステップして回避。

 続けざまの切り返しを木剣で横に逸らす。

 そのまま反撃に移るが、軽い身のこなしで躱される。


 「剣術」スキルの影響か、身体がイメージ通りに動いてくれる。

 相手の動きを、少しずつ自分の動きに取り入れていく。


「防御は上手いようだが、守るだけでは戦いには勝てぬぞ!」


 彼のアドバイスともとれる言葉に、俺は応えない。応えられない。


 畳み掛けるような連撃に、必死に喰らいつく。

 ギリギリで逸らした一撃が、皮膚を浅く切り裂いていく感触に全身が粟立った。


 膂力では拮抗していると言えど、このままでは確かにジリ貧だ。

 だが今の状態で焦って攻めても、簡単に避けられて反撃を食らうのがオチだ。

 まだ守りの体勢は崩せない。


 鋭く繰り出される攻撃を逸らしながら、俺は僅かに残せるようになった思考のリソースを使って考える。


 技量で劣る俺が唯一勝てる可能性が生まれる瞬間――――。


 それは、勝負を決めるために大振りの一撃を繰り出した時だ。


 何度も切り結ぶうちに、相手の攻撃になんとか反応できるようになってきている。

 戦いを拮抗させることで、相手に焦燥感を抱かせる。

 相手は均衡状態を崩すために、俺を上回る膂力で攻撃しようとするだろう。

 必ずどこかにある、剣を大きく振りかぶるタイミング……その隙を狙う。


 俺の狙いを悟られぬよう、反撃はせず襲いかかる刃を弾くことに専念する。


「いつまでも防御に専念してないで、攻勢に転じてはどうだ?」


「……」


 それでも守りの体勢を崩さない俺に痺れを切らしたクルゼル子爵が、再び上段に構える。


 敵に致命の一撃を振り下ろさんと刃が大きく弧を描く。


 ――――今だッ!


 その一撃に速度と威力が乗る前に、俺は迎え撃つため上昇した身体能力に任せて


 弾かれた衝撃で少し体勢の崩れた彼の方へ、一歩踏み込む。


「む……ッ!?」


 刹那の間隙を狙った刃は、ギリギリで間に合った剣によって防がれる。


 奇しくも、先程の打ち合いが逆の立場で焼き直されていた。


 だが、まだ俺の攻撃は終わっていない!


 拮抗した鍔迫り合いを、腹に蹴りを入れ吹き飛ばすことで中断させる。

 そのまますばやく切り返した剣で斬りつけるも、半身になって躱される。


 彼は懐に入られすぎたからか、バックステップで距離を取ろうとする。


 ――させるか!


 さらに距離を詰めようとするが、それを薙ぎ払うように横一文字に振るわれた剣が俺へと迫る。


 彼のしまった、という焦りの表情と、今までとは段違いの鋭さを纏った一撃。


 当たれば無事では済まない。

 死を予期させる攻撃が迫ってきているせいか、その動作が随分と遅く感じられる。


 この一撃を躱すのは簡単だ。後ろに下がるだけでいい。

 それは理解している。距離を取れば食らうことは絶対にない。


 しかし、それとは裏腹に俺の思考は別の選択肢を選ぼうとしている。

 ここを逃したら、こんな千載一遇のチャンスは二度と来ないという確信があるからだ。


 安全策を選ばない自分の蛮勇に苦笑するしかない。


 剣先は目前まで来ていた。

 もう、答えは既に出ている。


 ――さらに一歩先へ、大きく踏み込む。



 頭を下げ前傾姿勢で駆ける。

 下げた頭の上スレスレを、空気を切り裂く音が通り抜けていった。


「……ほう、ここでさらに踏み込むか。だが、甘いッ!!」


 俺は、そのまま剣を横薙ぎに払―――ッ!


 やけに硬質な手応えを感じた直後、腹部に強い衝撃を感じ、吹き飛ばされる。


「……がッ……!」


 背中が何かにぶつかり、勢いは止まったが代わりに激しい痛みに襲われる。


 気づけば俺は、噴水を背に四肢を投げ出していた。

 そこでようやく、奇手を打って出し抜いたつもりが読まれていたことに気がついた。


「死霊術師を一人だと思ってはいかんぞ」


 剣を構え直した彼の傍に立っていたのは、剣と盾を持った骸骨。


 構えられた盾を見て、あれで防がれたのだと理解した。


「死霊術は、魔力のある限り死なない兵士を大量に生み出せる。魔力量の多い死霊術師であれば尚更だ。それこそ、『単独の軍隊ワンマン・アーミー』と呼ばれる程にな」


 慌てて立ち上がるが、身体に力が入らずよろけてしまう。


 ゆっくりと近づいてくる彼を睨みつける。


「これで終わりだ」


 彼が腕を振るうと、骸骨が動き出した。

 朱く光る双眸が俺を捉える。


 本来ならば負けを認めるところだろうが、俺はまだ諦めちゃいない。

 それはなぜか――――。

 彼の死霊術を見て確信したからだ。



 俺にも全く同じことができる、と。



 目の前に魔法陣が展開される。

 出でたるは、蒼眼の髑髏。

 眼窩に揺らめく蒼い炎を灯しながら、主である俺を守るように前へと進み出る。


「……まさか、一度見ただけで死霊術をものにしたというのか……!?」


 彼の方を見ると、彼は驚愕、畏怖といった感情がないまぜになったような表情をしていた。


『悠介って、意外と負けず嫌いよね……』


 ふと、こんなことを昔、澪に言われたのを思い出した。

 あれはたしか、道場で負けなしだった澪に、何度もリベンジしていた時だったか。


 そうだ、俺は負けず嫌いなのだ。


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせる。

 俺はまだ負けていないぞ、という意味を込めて彼に言い放つ。


「――さあ、第二ラウンド開始だ」

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