第9話 商業区

 王城から出て、活気のある所まで歩いてきた。

 あちこちに屋台があり、それらが集まって大通りを形成している。


「ふふっ、珍しいものでもあった?」


「い、いえ。人の多さに圧倒されてました……」


 そんなに物珍しそうな目で見ていたのだろうか。無意識にやっていたらしい。

 異世界に来てから、外に出るのは初めてだから仕方ない。


「そんなにキョロキョロしてると田舎者だと思われちゃうわよ?」


 その田舎者の様子を見て緊張がとけたのか、ナディアさんはくすくすと笑う。


 ……田舎者というか、異世界人よそものだが。


「ここは商業区ね。他にも学院区とか、鍛冶区とかがあるけど、ここが一番人の往来が盛んで、日用品や食料品、衣料品など色んな商品が取引されているの」


 確かに人が多い。あちこちで商売文句がひっきりなしに聞こえてくる。

 ナディアさんと話しながら歩いている最中、林檎に似たものを売っている店、ござをひいて装飾品を並べている店も見かけた。


 物珍しさに辺りを見渡していると、ふと、視界の端に映った深く外套を被っている人物が気になった。

 顔はフードで隠れてこちらからは見えない。


 なんだろうか。周りに溶け込むように、ひっそりしているような――


 瞬間、一陣の風が吹いた。

 大して強くない風だったが、隠された相貌を暴くには十分だった。

 外套のフードが風で後ろに流される。


 輝くような銀髪。整った容貌。気の強そうな、少しつり上がった瞳からは、気高さを感じさせる。


 そして何より――――


獣耳ケモミミ、だと……ッ!?」


 フードの女性の頭には、犬や狼のような動物の耳があった。


 傍にいたナディアさんが突然大きな声を出した俺に驚いてビクッと身体を震わせる。

 なぜか外套のケモミミ娘も獣耳をビクッとさせて、慌てたようにフードを被った。


「ど、どうしたの? 急に大きな声出して」


「ステータスでもとわざわざ出るということはそれ以外の種族もいるってことですよね?」


 異世界といえば、エルフやドワーフ、そして獣人だろう。


「亜人種のこと? 王国で見るのは獣人族や鉱人族ドワーフかしらね」


 獣人。

 ラノベでよく出てくる種族だが、本物の異世界のそれと俺のイメージが合っているとは限らない。

 ドワーフも気になるが、まずは獣人の方が優先だ。


「獣人族って、もしかして人間と他の動物の外見を併せ持つ種族ですか?」


「そうよ。人間族以外の獣人やドワーフなどの種族は、まとめて亜人と呼ばれているの。この国は亜人への差別を禁じているから、他の国よりも亜人が多いわね。それと――」


 ナディアさんが顔を近づけて、耳元で囁く。


「獣人族のことはあまり大きな声で言っちゃダメ。厄介なのに絡まれるんだから」


 周りに聞こえないようにしているのは分かるが、耳に当たる吐息がくすぐったい。


「厄介なのって?」


「例えば、鳥人族は手の部分が翼になっていて、自力で飛ぶことができるの。人間と異なる外見で、それに高い身体能力もある」


 説明しながら翼をはためかせるような動きをジェスチャーで表すナディアさん。可愛い。


「それで獣人を獣混じりと差別する人達がいるの。この国でそれをやれば捕まるから表立ってする人はいないけれど……」


 「みんな同じ人なのにね」と彼女は悲しそうに言った。


「そういう“人間至上主義者”は獣人を擁護する人に絡んでくるから、気をつけて」


「はい、気をつけます。……やっぱりどこの世界も差別や偏見はあるんですね」


 獣耳の良さがまるで分かっていない。


 暗くなってしまった雰囲気を変えるように、ナディアさんは殊更明るく話し出した。


「他に何か質問はある? これでも王都生まれ王都育ちだから、この辺には詳しいのよ」


 俺は少し気になったことを彼女に聞いてみる。


「銀色の犬か狼の獣人は、この辺でよく見かけますか?」


 さっき辺りを見渡したとき、犬や狼の獣人は見かけたが茶色や灰色系統の色ばかりで、あの目立つ銀色の髪は最初のケモミミ娘しかいなかった。


「銀色だと銀狼族かしら? でも隠れ里で周りと関わらず暮らしてるって話じゃ……?」


 彼女は人目を憚るように耳を隠していた。

 それに隠れ里で暮らしているはずの銀狼族が一人で王国に、か……。


 薄ら寒い風が頬を撫でる。

 俺は微かに浮かんだ不吉な予感を振りほどくように、歩みを早めた。

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