第7話 星空の語らい

 怒涛の一日を過ごした身体は、部屋に戻るやいなや安らぎを求めてベッドに倒れ込む。


 じっとしているとあれやこれやと考えてしまう。

 ステータスの事や魔王の事、そしてなにより……家族の事。


「今頃心配してるんだろうなぁ……」


 俺の両親だけじゃない。澪や伊月、他のクラスメイト達の家族だってそうだし、クラスごと召喚されたのなら神隠し事件としてメディアやニュースに取り上げられているのではなかろうか。


 王女によれば邪神を倒せば元の世界に帰れるらしいが、送還の術式があるのかすら定かではない。

 第一それを確認する為には俺達が勇者として戦うしか方法がない。


「勇者様、かぁ…………」


 王女は俺達が勇者足り得るのは、固有ユニークスキルを持っているからだと言っていた。

 固有スキルは自身の持つ才能が元になっているとも。


 俺が持っていたのは、おそらく才能系のスキルであろう『死霊術の極致』のみ。

 異常な魔力量に関しては推測の域を出ない為、固有スキルとは言えない。


 問題は俺の能力の大半が死霊術に関するものだという事だ。


 死霊術が戦闘向きの能力ではなかった場合、HPの貧弱さも相まって俺は皆のお荷物になる可能性が高い。

 戦闘職以外の、いわば生産職だった生徒達のグループにまとめられる可能性だってある。

 そうなれば澪や伊月達と一緒に戦うことができなくなる。


 二人ともチートのような能力を持ってはいるが怪我しない訳じゃないし、死なない保証もない。


 二人が俺の知らない所で死ぬのは耐えられないし、そうなった時俺が自分を許せないだろう。


 それに―――――


 地球じゃない世界の、この知らない天井に向けて右手を突き出す。


 この手が握った温もりをまだ覚えている。

 少し力を入れれば砕けてしまいそうな程細い手は、微かに震えていた。


 この世界に召喚される前、魔法陣の光に照らされる澪の不安に満ちた顔を見て誓ったのだ。

 ――――必ず彼女を守ってみせると。


 決意を逃さぬよう右手で握りしめる。


 二人と肩を並べて戦えることを、俺は証明しなくちゃいけない。


 戦闘組に入るためにも、まずは明日からの修練に備えることが先決だ。


 そこまで考えてから俺は、急激に迫りくる眠気に身を任せて目を閉じた。




 城全体の灯りが落とされ、周りが寝静まった頃にふと目が覚める。


 窓の方から月明かりがわずかに差し込んでいる。遠くにぽつぽつと浮かんでいる橙色の光は見回り、所謂歩哨と呼ばれる人達のものだろうか?


 再び眠ろうにも眠気がさっぱり覚めてしまった俺は、夜風に当たれる場所を探しに部屋の扉を静かに開けた。



 廊下に出てしばらくうろうろとしていると、色とりどりの綺麗な花が咲いている中庭を見つけた。


 花達に囲まれるような位置に噴水があり、その傍にはベンチが置かれている。

 しばらくの間涼むには絶好の場所だろう。


 そのベンチに向かって歩いていくと、さっきは噴水に隠れて見えなかったが先客が座っていた。


「あら、あなたは確か……相良様でしたね。相良様も眠れないのですか?」


「ええ、目が覚めてしまいまして。相良様"も"ということは王女様も?」


「ええ。眠れない日にはいつもここに座って星を見ているんです。星を見ていると、悩みや不安が和らぐような気がして」


 セレティア王女はこちらを見て微笑むと、横にずれて隣に座るよう俺に促した。


 彼女の配慮に感謝しつつ隣に座る。

 夜空を見上げてみれば、綺麗な星々が一面に輝いていた。


「綺麗ですね。こんなに綺麗な星空は俺達の世界でも見た事がないです」


 そう言って感嘆した後、俺は「見た事あるのは住んでる地域の星空が殆どですけどね」と小さく呟いて苦笑する。


「お気に召したのなら何よりです」


 彼女は嬉しそうに笑みを見せたのも束の間、沈痛な面持ちになり俯いてしまった。


「……すみません、私達の勝手な都合で帰るべき場所を奪ってしまって」


 そんな意図はなかったのだが、俺の言葉は彼女を責めているように聞こえてしまったらしい。


 彼女は「許して頂けるとは思っていません」と言葉を続けると、真っ直ぐこちらを見つめる。

 その瞳は、後悔と自責の念に満ちていた。


 配慮はいらないという意思を彼女の真剣な表情から感じた俺は、居住まいを正して今の正直な気持ちを伝える。

 

「……その事に関してはまだ許す気にはなれません」


「分かっています。……異世界の方々に戦いを強制しておいて、後ろで祈ることしかできないこの身が恨めしいです」


 彼女は自分のステータスを見せる時、一般人の目安だと言っていた。

 戦う為のスキルは持っておらず、使える魔法も『生活魔法』のみ。

 王女という立場を抜きにしても、自身は戦わずに俺達にだけ戦いを強要する事を心苦しく思ってくれているようだ。


 それに追い打ちをかけるようで彼女には申し訳ないが、今後どう向き合っていくか決める為に鎌をかけさせてもらおう。


「戦いを強要される事もそうですが、俺が許せないのはという事です」


 邪神を倒せば『送還』の術式が手に入る、と彼女は言っていた。

 彼女が本当の事を言っていたのならば、次の彼女の反応は"帰りたいという願いを利用し邪神との戦いを強制させる事に心を痛める"だ。


 だが、彼女の反応はこの予想とは異なるものだった。


「…………っ!」


 顔を驚きに染め、動揺を露わにする。

 鎌かけに気づきすぐにそれを隠したが、その一瞬の反応は俺の疑念を確信に変えるのには十分だった。


 その反応をするのは彼女が本当の事を言っておらず、嘘を吐いていた場合。

 つまり、邪神を倒しても『送還』の術式が手に入らない事を隠していた場合、彼女には俺の言葉が"何らかの方法で帰る手段がない事に気づいて憤っている"ように聞こえたことだろう。


「……やっぱり、俺達が帰る手段なんて最初からなかったんですね」


 当たって欲しくなかった予想が的中してしまい落胆する。


「ち、違います! 過去に勇者が元の世界に帰ったという記録は本当にあるんです!」


 落胆の表情を見た彼女は嘘を吐いていたた事への罪悪感を顔に浮かべながら、慌てて一部を否定した。

 その記録も彼女の嘘の内かと思っていたが、そこは本当だったらしい。


「勇者様方が邪神を討伐するまでに、私の方で元の世界へ帰る手段を責任を持って探し出すつもりでした。……いいえ、皆様を裏切った私が何を言っても言い訳にしかなりませんね」


 そう言って彼女は自嘲めいた笑みを浮かべる。


「邪神や魔王の脅威に晒される人々を救う為に異世界から勇者を召喚する――――。……本当に私は愚かですね。召喚された方々にも家族が居ることなど、少し考えれば分かる事なのに」


 俯いた彼女の横顔に、影が落ちる。

 彼女が心の底から後悔している事はよく伝わった。

 あとは、俺自身が覚悟を決めるだけだ。

 戦いに身を投じる覚悟を。

 そして――――戦いの中で命潰える覚悟を。


「……王女様に提案があります」


「提案、ですか……?」


 豪奢な金髪を揺らしながら、彼女が首を傾げた。


「――――俺達、共犯者になりませんか?」


 意味が分からず困惑の表情を浮かべる彼女に、俺は言葉を続ける。


「元の世界に帰れない事は皆には黙っておきます。事実を知れば暴動が起きるでしょうから。そうすれば……」


「事実を知るのは私と相良様のみ、ですね。なるほど、それで"共犯者"ですか」


 彼女は合点がいったような顔をするが、納得はしていないようで俺に疑問を投げかける。


「でも、その提案は相良様にはメリットが無いですよね?」


「いえ、もちろん俺にもあります」


 話を聞く限りでは得をしているのは彼女だけなように聞こえるだろう。

 "共犯者"とは、お互いに利があるからこそ成立するもの。

 彼女が疑問に感じるのはもっともだ。


「邪神を倒しても帰れない事を知ってしまった俺は、皆と違って戦う事に命を懸けられない。だから、教えて下さい。命を懸けても守りたいと思えるくらい、この世界のことを……そしてあなたのことを」


「私のことも、知りたいんですか?」


 顔から少し翳りが消え、彼女は悪戯っぽい笑みを取り戻す。


「もちろんです。だから、守らせて下さい。俺に、あなたを」


 彼女のからかい混じりの問いに真っ直ぐ目を見て答える。


 まさかストレートに答えてくるとは思わなかったのか、彼女が顔を紅潮させる。


 俺は彼女のことを最初に会った時の印象そのままに、常に凛然、毅然とした王族に相応しい人間なのだと思っていた。

 だが、こうやって話してみて気づいたのだ。

 彼女は普通の少女と何ら変わらない。不安も悩みも抱えるし、後悔と罪悪感に押し潰されそうにだってなる。


 なのに、彼女はその全てを背負い込もうとしている。自分一人で抱えて、あろうことか背負うものを増やし続けている。


 心が軋む音を聞きながら歩き続ける事はどんなに辛い事だろうか。俺には想像もできない事だろう。


 だが、これだけは分かる。

 そんな生き方をすればいつか必ず心が壊れてしまう。


 ならば、秘密を知った俺だけでも彼女を支えみせよう。秘密を共有する相手がいる事は僅かなりとも背負うものを軽くしてやれるはずだ。


 その為になら、小っ恥ずかしいセリフだって躊躇せず言える。

 ……後で冷静になった俺が羞恥のあまり床を転げ回る事になるだろうが、そこは未来の俺に任せよう。頑張れ、未来の俺!


「……お願いしてもいないのに"俺に守らせてくれ"とはとんだ押し売り騎士様もいたものですね」


 頬から赤みが抜けきらぬまま、彼女は冗談めかして笑う。


「押し売り騎士……なんか語呂いいですね。気に入りました」


「ええ。なので、騎士になったあなたに最初の命令です」


 彼女は立ち上がると、こちらを見て微笑む。

 そして、共犯の騎士に最上級の命令オーダーを下すのだ。


「――ちゃんと私を守って下さいね、私の騎士様?」


 そう言って彼女は俺に向かってぱちりとウィンクしてみせる。


 ここで俺がすべき返事は決まっている。

 彼女の手をとり片膝をつく。


仰せのままにイエスお嬢様マイ・フロイライン


 輝きを増す星々が彩る夜空には、一縷の流星が一際明るく煌めいていた。

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