第6話 温泉といえば……

「ところで相良、西園寺さんとはどこまで行ったんだ?」


 所変わって城の一角にある浴場。

 何代か前の勇者が残していったという掛け流しの温泉は、日本と同様に男湯と女湯に分かれている。

 夕食の後、メイドに温泉の存在を知らされた俺達は、誘蛾灯に導かれるかの如く、癒やしを求めて湯に浸かり身体を癒やしているという訳だ。


「悠介がどうにも鈍くてね…………関係は残念ながら遅々として進んでいないんだよね」


 大西の問いかけに、俺が答えるよりも早く伊月が嘆息混じりに答えた。


「マジか、あんだけ仲良いのに?」


「マジだよマジ。未だに"なんで俺だけ棘が〜"とか言ってるんだよ?」


「テンプレ鈍感系主人公かお前は。神崎も苦労してんな」


 仲良く俺のことをジト目で見つめる大西と伊月。

 さっき初めて喋った同士にしては仲良すぎませんかね二人とも。


 浴場で二人を引き合わせたのだが、俺が間に入ることなく、なぜかすぐに距離は

縮まった。


 そのおかげか、俺を挟んで俺のディスり話に花を咲かせるというワケの分からない状態が現在の状況である。


「あのな、仲が良いのは幼馴染だからで好きとは関係ないだろ…………それに俺だけじゃなく伊月も幼馴染だし」


 可能性があるとすれば伊月の方だろう。

 容姿端麗、文武両道と非の打ち所のない俺の幼馴染は、女子生徒に大人気で本人は知らないがファンクラブが存在する。


 ゲーム三昧で引きこもりな俺など対抗馬に挙がることすら不可能だ。


「はあ……………」


 伊月はわざとらしく大きくため息をついて同じく呆れた表情の大西と顔を見合わせる。


 俺の考えが間違ってるとは思わないが、両サイドからの呆れの視線が突き刺さって非常に居心地が悪い。


 救いを求めて周りを見回していると、クラスのお調子者が板についてきている三村がスィーと平泳ぎでこちらに来る。


「なあなあ、男湯の隣って女湯だよな?」


 彼は壁一枚を隔てて姦しい声が聞こえてくる方を指さす。


「多分そうだろうけど…………一応聞くけど、何するつもり?」


 質問の内容と彼の顔を見て薄々気づいているらしい伊月が、右手で頭を抑えながら聞く。


「当然、覗きに決まってるだろ!」


 満面の笑みでサムズアップまでしてみせる三村。


 それを見た伊月は俺の時より深いため息をつく。


「絶対やめといた方がいいよ、それ。二人も何か言ってやってよ」


 伊月はそう言って俺と大西を見やる。


「…………俺はやめとく」


 刹那の逡巡の末、俺は楽園への切符を手放した。

 実を言うと少し、いや大いに惹かれるが、後々のことが怖い。


 こういう時、俺の幼馴染が容赦なくチクることを俺は知っているのだ。

 報告した者も含めて咎められそうなものだが、伊月に対する女子達の信頼は非常に厚い。


「ちぇっ、つれねーな。大西はもちろん行くよな?」


「そういうのは考えついてもやらないのが普通でしょ。そうだよね、大西く………大西君?」


 伊月の期待の眼差しを受けた大西は、チラチラと女湯の方を見ていた顔を慌てて戻し頷いた。


「も、もちろん行かねーぜ。もちろんな」


「そんなこと言って〜…………見たいんだろ? 正直になれよ兄弟」


 三村が付け入る隙を見つけたとばかりに大西の肩に腕を回す。


「俺は、その…………」


「覗きってのは修学旅行じゃ恒例行事みたいなモンだろ? 通過儀礼イニシエーションとも言ってもいい。つまり越えるべき壁でありこれは当然の権利だということだ!」


「……………当然の………権利…………」


 彼の熱弁に熱に浮かされたような顔で大西はブツブツと呟く。


 別に恒例行事でもないし、権利どころか訴えられてもおかしくないのだが、壁の向こう側に想像力の全てを費やしている二人に言っても反対側の耳から通り抜けていくだけだろう。


「そうだ! 越える壁が高ければ高いほど越えた先にあるものは価値がある! いざ行かん、俺達の桃源郷ユートピアへ!!」


「うおぉおお! やってやるぞ俺はぁぁあっ!!」


 肩を組んで勇ましく"越えるべき壁"の方へ歩み出した漢二人と感化された者達数名。


「どうなっても、僕は知らないからね」


 伊月はため息をつき、やれやれとばかりに背を向ける。


 一方、壁に穴がないか隈なく調べた漢達は、希望を絶たれてがっくりと肩を落とす。

 壁の一番上は空いているが、届く手段はない。


 諦めが支配する中で三村だけは、不敵に笑っていた。


「フッフッフッ。同志達よ、俺は"壁を越える"と言ったはずだぞ?」


 そうは言ったが壁の高さは10メートルを優に超えており、表面には取っ掛かりになるものすらない。

 登るのは非常に難しいと言わざるを得ない。


「俺が異世界に来た時貰った能力はな、身体強化の魔法だ。神様は今この時の為にこの能力をくれたに違いない!」


 神本人が聞けば助走をつけて全力で殴るに違いない。


「全力で行くぞお前らっ! 『身体強化』ァ!」


 驚くことに三村は、身体強化魔法を他の男子達にまで掛けてみせた。

 俺達と同様、能力の使い方も分からないはずなのにだ。


 ……先に待つ楽園を夢見る漢には、限界などないのかもしれない。


 三村達は、全力で掛けた身体強化魔法を頼りに大地を踏みしめ、跳んだ。


 ロケットの如く勢いよく跳躍した三村達は、瞬く間に壁を越えた――――――




「届け! 俺達の楽えn……………」




 全力の身体強化を纏った三村達は、勢いそのまま天井に激突し、楽園を目にすることなく頭を天井に埋めた。



「……………………」



 藻掻く腕が力尽きたようにだらりと下がるのを見た俺と伊月は、顔を見合わせて頷いた。


「…………帰ろうか」


「…………そうだな」


 女子達の悲鳴や軽蔑の声が耳に届く。

 俺達は天井から生えるモノの数々を見なかったことにして浴場を出た。



 ……事件から半刻もせず五十嵐先生に呼び出された敗残兵達の背中を見て、ドナドナの歌が頭に浮かんだのは蛇足だろう。

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