第5話 友人

「職業は――――死霊術師です。よろしくお願いします」


 その言葉とともに、彼女は頭を下げる。


 俺が教えを乞うべき相手が見つかった。

 彼女の前に進み出る。


「相良悠介、職業は死霊術師です。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」


 誠意を込めて頭を下げる。


 顔は見えないが、あたふたとしているのが感じられた。


「何か変でしたか?」


 たまらず頭を上げて俺が聞くと、やはり彼女は動揺していた。


「いや違うの。想像していたのと違って丁寧だったからびっくりして……」


 ……どんなふうに挨拶されると思ってたのだろうか。


「これから教えを乞う相手に失礼なことする訳ないじゃないですか」


「そ、そうよね」


「皆、指南役は見つかったようだな。早速鍛錬を……と言いたいところだが今日はもう遅い。明日から励んでもらうことにする」


 明日に備えて今日はゆっくりと休んでくれ、と言い残して王様は玉座の間を後にした。

 王女も俺たちに向かって丁寧な礼をするとその後についていく。

 今日はどうやら顔合わせだけのようだ。


 明日からの練習内容、集合場所を説明し終えた指南役から帰っていく。

 集合場所といっても、召喚されたばかりの俺たちが知っているのは玉座の間だけなので、必然的にここになるのだが。


「じゃあ、明日もここに集合ね」


 その言葉に頷くとナディアさんは去っていった。


 ……途中でまた何もないところで躓いて転びそうになっていたのは、目を反らして見なかったことにした。



 指南役も全員去り、召喚された俺たちだけが取り残される。


 特に重要な話もないが、伊月と澪と俺の三人で集まる。


「悠介、綺麗なお姉さんが指南役でよかったわね」


 言葉とは裏腹に、澪はジト目を向けてきた。


「何か言いたそうな顔だな」


 俺が言葉の続きを促すと、澪は「別に……」と言ってそっぽを向く。


「まあまあ、澪もそんなに拗ねないで。悠介が分からないのは今に始まったことじゃないでしょ?」


 伊月が俺たちの間に割って入って仲裁(?)する。


「拗ねてない!」


 不服そうに赤い顔で否定する澪を、伊月は苦笑混じりに宥めていた。


 それから数分経った頃、指南役が去ってから閉ざされたままだった大きな扉が開き、メイド服を着た数人の女性が入ってきた。


 メイドたちは状況が分かっていない俺たちに向かって、丁寧な所作で一礼した。


「お部屋の用意ができましたのでご案内させていただきます。夕食の準備が終わるまでそちらでお待ち下さい」




 自分に宛てがわれた部屋に着いて人心地つく。

 ベッドに腰掛けると思わずため息が漏れた。


 平穏な日常から一転、魔王の脅威に晒されている世界に召喚されてしまったことは、自身が思ったよりストレスになっていたようだ。

 異世界や魔法に憧れていたとはいえ、いざ自分がそうなると元の世界が恋しくなってくる。

 異世界に来たことへの高揚感など、とうに消えてしまった。



 コンコンコン。

 ドアをノックする音。

 いつの間にか俯いていた顔を両手でパシリと叩くと、ドアの鍵を開ける。


 ドアを開けた先に立っていたのは、小太りの男子生徒。


「ちょっといいか?」


 名前は確か……高橋だったハズだ。

 一瞬の逡巡を悟られぬよう自然体を装って彼に問いかける。


「えっと、高橋。なんか俺に用か?」


「うん、俺、大西な。"し"以外全く合ってないし」


 彼は名前を間違えられたショックを表すようにガクッと崩れ落ちる振りをした。


 大西と名乗った男子生徒は、この前『自己鑑定』をしていた時、スキル名を叫んでいた奴だ。


「すまん、今しっかり覚えた」


「次は間違えんでくれよ? ……まあ、俺ら一度も喋ったことないから仕方ないか」


 彼に椅子に座るように促し、俺はさっきと同じようにベッドに腰掛ける。


 聞けば大西とは隣の部屋になったようで、挨拶がてら情報共有をしにきたのだという。


「たしか相良は死霊術師だったよな?」


「ああ、そうだけど……大西は?」


 スキル名を叫んでいたことから、大西がこの手のラノベ好きなのはすぐ分かった。

 異世界に行けたら何よりもまず魔法を使ってみたいと思っているタイプだろう。


「俺はバリバリの盾職だったぜ……。魔法使ってみてぇのに!」


 大西は、興奮した面持ちから一転、がっくりと肩を落とし失望を顔に出す。

 確かに彼の身体は小太りだが体格がよく、重い盾を持って仲間を守る職業にはぴったりだ。


 気を取り直した大西が「それにしても」と、少し興奮した様子で口を開く。


「死霊術に加えて桁違いの魔力とか絶対チートだよなっ! 羨ましいわ」


「まだ使ったことがないから分からないけど……そうだといいな」


 その後は他愛のない話をした。特にアニメやラノベの話で盛り上がった。

 お互い周りに同じ趣味の友人がいなかった人間でようやく話せる相手ができたのだ。



 食糧を求めるように音を鳴らす腹を大西は手で抑える。


「流石に腹減ってきたなー。夕食の用意してるって言ってたけどまだかかるんかな?」


「もうそろそろじゃないか?」


 その音に釣られて俺の腹の虫も鳴り始める。

 そんな大西の願いを聞き届けた訳ではないだろうが、扉をノックする音が聞こえてくる。


「夕食の用意が出来ました。会場まで案内させて頂きます」


 大西は待ってました!とばかりに勢いよく立ち上がると、余程腹が減っているのか早足で部屋の外へ向かう。

 彼のその姿に苦笑しつつ、俺はその背中を急いで追いかけた。

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