第11話 斜陽

 私が魔力を与えた魔物は、生気を取り戻すとすぐさま他の魔物の治療を始めた。私は、羽根つきの魔物が他の魔物を治療する姿を黙って見届けた。

 晩霞ばんかの深紅が東方の空を染め、西の空はもう既に、か黒い。

 治癒魔法を発動しながら、羽根のついた魔物が、私に話し掛ける。

「あんたどっかで見たことある顔だな」

「人違いだろ」

 魔物の治癒魔法により、私が殴り飛ばした三体の魔物は無事に復活した。その魔物達は、私や御者のロクロに襲い掛かることなく、丁寧に礼を言った。

「すまねえな。これで、仲間を救えるよ」羽根つきの魔物がいう。こやつがリーダー格のようだ。

「私こそ、すまぬな」歯がゆいが、この言葉を口にしなければ、気持ちが収まらなかった。

「なに、気にしないでくれ。こっちが襲ったんだ」魔物が笑ってみせる。「俺達も魔王軍の端くれ。本当は、こんなことはしたくなかったんだがな」

 そう言って、羽根のついた魔物が苦笑を浮かべる。

「何か理由わけがあるのか?」私は、魔物の話をうながした。

 羽根つきの魔物は、ちらりと私に顔を向ける。

「女神の薬は、なかなか俺達のところに回ってこなくてね。まあ、魔王様が負けちまったから、仕方ないけどな……。世界中に傷ついた奴らがいるのに、俺達みたいな魔王軍の残党に優先して薬をくれてやる理由は、ないわな」


 私は、魔物の話に聞き入っておった。

 私が勇者に敗北し、傷を負った余類は治療もままならない。そんな苦境を強いられた魔物がそこここにおるやもしれぬ。


「そうこうしているうちに、仲間はどんどん弱っていく。魔力もない、薬もない。残りの力を振り絞ってやれることといえば、思いつくのは盗みくらいさ」魔物は笑って見せるが、その笑顔はひきつっておる。「ひっ迫した状況を女神に訴えれば救われるのかもしれないが、どうにも元魔王軍っていうのが引っかかる。やっぱり、魔王軍ってのは、正々堂々と生きれねえ――」


 気付くと私は俯き、夕影に照らされた草原を眺めていた。

 正々堂々と生きれぬ。

 その言葉が、私の心に重くのしかかる。魔王軍は潰え、生き残った魔物は、汚名を背負い生きておる。私が魔王の名を捨て、変化した境涯を受け入れるだけで、事は済まぬ。


「まあそんなとこだ。こんなところで、愚痴ってもしょうがないけどな」羽根のついた魔物がいう。「魔力、助かったよ。あんたも配達頑張ってな」

「ああ」と私は返事をし、この場から立ち去らんとする魔物に別れを告げた。

 遠ざかっていく四体の魔物。

 斜陽に照らされ、四つの影が、長く伸びている。

 しばらくすると、一体の魔物が振り返り、手を振った。

 私も手を振り返した。どこかこそばゆいような、そんな感情が沸き起こった。

「いっちまいやしたね」御者のロクロが馬車の幌をめくり、顔を出す。どうやら荷台に隠れておったらしい。

「そのようだな」私はそう言いながら、サボンに近づく。無数の光球やいかずちが入り乱れておったのだが、サボンは怖気る素振りを見せていない。今に至っては、一生懸命、その辺の草を食っている。

「魔王軍も大変なんすね」しみじみとロクロがいう。


 女神や神官が、魔王軍の残党を差別するはずがない。盗みを働くくらいなら、女神に助けを求めるべきだが、それができないのは、プライドが邪魔をするからではあるまい。


「いきやしょうぜ、旦那」

 ロクロは、いつの間にか、サボンの手綱を手に取っている。「ちょっと急ぎやしょう。今日中にグレンヘッドへ行きてぇんでさ」

「ああ」と言葉を返した私は、サボンの首を軽くで、ロクロの横に座った。

「行ってくれ」

「へえ」

 ロクロがムチを鳴らし、サボンが駆け出した。


 馬車に揺られ、ふと我に返ると、私は残照を眺めていた。 

 ――負けた魔王軍は、正々堂々と生きることができぬ。

 あの一言が、私の頭の中で、繰り返される。

 その責任は、間違いなくこの私にある。私は勇者に敗北を喫しながらも生き延びた。その運命を甘受するだけでは、この奉公は終わらぬ。

 あえて言葉にするならば、魔王が勇者に負けたのではなく、魔王軍が勇者軍に負けたのだ。それ故に、私が改悟して、配達から解放されるわけではない。むしろ私は、残党の境遇を罪として認め、その禊を済ませなければならぬのかもしれんな。

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