第5話 エウロパ

 謁見の間から引きずり出された私は、そのままの勢いで、王宮を後にした。

 まわしいことに、勇者も一緒である。

「その服、似合うな」

 私は王都の街を歩きながら、勇者に嫌味を言った。

「魔王殿こそ、案外似合ってるよ」勇者が答える。

「ふんっ」私は、鼻で笑った。

 積もる話など微塵もない私は、王都の街並みに目をやった。勇者軍の本拠地である王都は、建物や道の崩壊がほとんどなく、街は原形を留めている。だが、人々の往来はまばらで、活気はない。

「ところでさ」勇者がにこにこ顔で話しかけてくる。「魔王殿なんて呼び方は、どうも親近感が湧かない、そう思わないかい?」

「何が言いたい?」

「名前を教えてよ」勇者がいう。「ちなみに僕はアラン。アラン・マックスウェルさ」

「ダンテだ」

「へぇ、魔王っぽい名前だね」

 勇者アランが感想を述べる。


 生死を争った間柄ではあるが、私は勇者の名前など気にしたことはない。それは、勇者も同じであろう。


「お前、魔法は使えるのか?」

 私は勇者に確認した。謁見の間で見せた動きは、魔法以外では成し得ない。

「もちろん。あっそうだ。さっきのボヨヨンバブルは面白かったね」

「私は面白くも何とも無いがな」私は勇者を鋭くにらんだ。

「実はね……。こっそり、レコードアイで録画しておいたよ。後でみんなでシェアしようと思って」

 その言葉を耳にし、私は歩みを止めた。

「どうしたの?」勇者が立ち止まり、振り返る。


 どうしたの? ではない。貴様も女神と同じような態度でこの私に接するつもりか?


「どいつとシェアするって?」

「これから一緒に共同生活を送る仲間達に決まってるだろ。ダンテはいかつい風貌だけど、これを見せれば、きっとみんな打ち解けてくれるさ。はははは」

 屈託のない笑い声を上げる勇者アラン。

 その時私は、既に諦めの境地に立っておった。女神にいじられ、はずかしめられ、ついに私は免疫を獲得したのやもしれん。

 年増女神にいたっては、笑顔の奥に悪意が満ちておったが、おそらくこの勇者に悪気はないのだろう。

 私が再び歩き始めると、勇者の後ろに、一人の少女が立っておった。

 腰のあたりまで伸びた銀髪が美しいその少女は、ワンショルダーのワンピースに裸足というやけにあっさりした出で立ちで現れた。少女の背丈は、私のへそほどしかなく、幼い印象だ。

 突如として現れた少女に、勇者も気配を感じなかった様子だ。

「あの」と少女が、か細い声で話しかけてくる。

「何者だ」

 私は少女に目をやる。

「君は……」勇者が少女の姿をみて、ぼそりと呟く。

「知り合いか?」

「いや、初めましてだね」中腰で、少女に話しかける勇者。「僕らに何か用かな?」

「わ、私はエウロパです」少女が恥ずかしそうにいった。

 その言葉を聞き、私と勇者は、顔を見合わせた。何を言い出したのだこやつは、というのが私の心の声であるが、勇者も私と同じこと思っているに違いない。

「私も一緒に連れて行って下さい!」と突然、少女が大きな声を出す。

「えっ?」勇者がいう。

 驚く素振りを見せる勇者に、私は「どういうことだ?」と問い掛けた。


 私は勇者が、この後の段取りを詳しく把握していると思っていたが、どうやら違うようだ。


「サレスで他のメンバーと落ち合うはずなんだけど」勇者は顎を掴んでいる。

「予定が変わったのだろう」


 サレスへの魔力配達もそうだが、あの女神に段取り力は無いと思った方がいい。


 勇者は難しい顔をしながら、何か考え込んでいる。

 そんな勇者を不安そうに見つめる少女、エウロパ。そんなエウロパに、私はこう話し掛けた。

「貴様、魔法は使えるか?」

「えっ?」

 私に問いかけられ怯えた様子のエウロパは、もじもじとして、後に言葉が続かない。

「使えぬのか?」

「ま、魔力は……」

「見せてみろ」

 私は高圧的に言った。特に意識しておるわけではないが、普段通りだとこうなってしまう。

 私の言葉に戸惑うエウロパは勇者に視線を移した。どうやら助けを求めておるようだ。

「ダンテ」勇者がいう。「人にもの頼むときは、ちゃんとお願いしないと」

 私は勇者を一瞥し「そうか」と頷いた。そして、こう言い直した。

「悪いがお嬢さん。われに魔法を見せては貰えぬか?」

 私は精一杯、お願いした。

 私の言葉を聞いて、勇者は満足そうにしている。

 少し間をもって、エウロパは破顔一笑し、おもむろに両手を差し出した。

 特に詠唱もなく、ふと、私の目の前に現れたのは、ひとかけらのチョコレートだった。

 私は、手のひらを差し出し、落下する小さなチョコレートを受け取った。

「チョコレート」エウロパが、はにかむ。

 私は手のひらのチョコレートを見た。

「食べて」

 エウロパが上目遣いでいう。

「食べてあげなよ」と勇者が肘で小突く。

 いちいちうるさい奴だ、と勇者を鬱陶しく思いながらも、私はチョコレートを食べた。

 それは甘いチョコレートだった。

 私は、心なしか少し笑顔になった気がする。

 そして私は、こんな言葉を口にしていた。

「すまんな」


 すまん、などと口にするのはいつぶりであろうか。私は、自分自身の言葉に違和感すら覚えたが、私が発した一言に、エウロパは喜んでおる様子だった。


「こういう時は、ありがとうって言わないと」勇者が私に耳打ちする。


 ありがとう、などとこの魔王が言えるはずもなかろう。

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