第6話 勇者の仲間
「お兄さんたちのお名前は?」エウロパが尋ねる。
「僕はアラン・マックスウェル。こっちの
そういうと勇者がエウロパに近づく。
私は、「おい」と声を上げ、勇者の腕を掴もうとしたその瞬間、勇者はエウロパと共に一瞬で姿を消してしまった。残像すらもない。
あたりを見回したが、二人の姿はどこにも見えなかった。
これは、勇者の
今頃、勇者はレコード・アイを発動し、あの映像をエウロパに見せておるのだろう。もちろんそこには、ボヨヨン・バブルで飛び跳ねる滑稽な私の姿が映っておるに違いない。
私の失態がどんどん拡散されていく。あの年増女神も、他の女神とシェアするなどとぬかしよったし。
女神に会い、まだ一日程しか経っていないというのに、おかしな映像は撮られるわ、勇者が現れるわ、魔法はまとも使えんわで、もう散々だ。
せめて魔法のランダム化さえ解ければ、多少は救いがあるのだが。
……。
溜息をぐっとこらえ、私は気分を持ち直した。ここで、塞ぎ込んでいても仕様がない。真面目に配達に取り組んでおれば、ランダム魔法は解除されるやもしれぬ。
ふと背後に気配を感じ、振り向くとエウロパが立っていた。
「ダンテって、やっぱり面白いんだね」といい、はしゃぐエウロパ。どうやら、あの動画を見てしまったらしい。
いやしかし、やや違和感のある物言いだ。やっぱりとはどういう意味か? と小首を傾げていると、私に勇者が私に耳打ちする。
「エウロパは、さっきのボヨヨンを見ていたみたいだよ」
私は、無言で勇者に視線を向ける。
「つまり謁見の間にいたということだよね。何者だろうね、彼女は」
「お主も、私のボヨヨンバブルを見ていたのだろ?」
「まぁそうなんだけどね、はは」と笑って誤魔化す勇者。
多少でも魔法が使えるのなら、さして不思議でもあるまい。
「ところで、お前」私は勇者に話し掛けた。「仲間はどうした?」
「仲間?」と聞き返す勇者。
「私と戦った時、仲間を引き連れていなかったか?」
「突然だね。でも、どうして?」
「同居人がお主の仲間ではないかと思ってな」
「なるほど」と勇者が一つ頷く。「覚えてないの?」
「何のことだ」
記憶のない私は目を細める。
「――全滅したさ」にこやかに話す勇者。「君が最終形態になって、仲間達を灰にしたんじゃないか。覚えてないの?」
私は何も覚えていなかった。
最終形態の私に意識はない。ただただ破壊の限りを尽くすだけの存在、それが最終形態だ。記憶が鮮明なのは、断末魔のみ。それだけは明確に覚えておる。
「一人だけ最後まで一緒に戦ってくれたけどね。最終形態の君を倒すために、その子は、命を捨て、僕に力を与えてくれた。ありそうな話だろ」
勇者の笑顔は、一瞬も曇らない。私にはそれが、とても不自然に思えて仕方がなかった。
「そうか」
私の味気ない一言が、沈黙を呼んだ。
しばらくして、「そうだよ」と勇者が相槌を打つ。その表情には、やはり変化がない。
「ダンテにも仲間がいたら、僕らに勝てたかもね」
私に仲間はいなかった。部下は大勢いたが、仲間と呼べるほど親しくしているわけではなかった。使えない者は、灰にしていた。魔王として、あるべき姿だったと自負しておる。
「なんのお話?」エウロパが勇者に尋ねる。
「ちょっとした昔話さ」
勇者は話を誤魔化した。
エウロパは「ふーん」と気のない返事を残し、どこかへ駆け出して行った。私は無意識にエウロパの後ろ姿を追っていた。勇者の顔を見るのは、少し気が引けた。
「その子は、女の子だったんだ」勇者が沈黙を破る。「僕は大切な人を失ったけど、君を倒すことができた。だけど、強大な力を手に入れた僕は、君を生かすこと選んだ。なぜだかわかるかい?」
「復讐か」
私の言葉を聞き、勇者は大声で笑い始めた。
腹を抱えて大笑いしている。
「何がおかしい?」
「いやあ、なるほどね」笑いを抑えきれない勇者は、腹を抱えたままだ。
私は、勇者が落ち着くのを待った。
復讐という答えは、本心だった。大切な仲間を奪った私への復讐。私を更生させたうえで、私に関わった者をことごとく奪い去る。そんな筋書を思い描いていた。
大きな声で笑う勇者の顔に曇りはなかった。本当におかしいのだと、私には思えた。
「そんなことしないよ」勇者がいう。まだ少し、顔が笑っている。
「何故だ?」
「何故、そんなことをしないといけないの?」勇者が聞き返す。
「大切なものを失ったのだろう?」私は答えた。
私の言葉を聞き、勇者は顔を
「そういうことが言えるってことは、改心の
「ふん。馬鹿をいうな」
「冗談で言ったつもりはないよ」勇者がいう。「ダンテに心を入れ替えてもらって、僕らと一緒にこの世界を守って欲しい。それが女神様や僕の願いさ」
「守る?」私はすぐさま問うた。
「そうさ」勇者が私の肩に手を置く。「僕とダンテがいれば、怖いものなしだろ」
だったら魔法を元に戻せ、と言いたかったが、私は黙った。
どうやらこやつは、私と仲間になったつもりらしい。
私には、鬱陶しいだけの存在に違いないが。
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