第2話 魔王の行く末

 謁見の間を後にした私は、廊下に立っていた老人やひょろ長い騎士に連れられ、客間へと歩を運んだ。

 装飾過多な家具が目立つ客間に入るなり老人は派手な長椅子へ移動し、私に着席を促した。老人が座らんとしてる席は上座で、私は下座だったが、何も文句は言わなかった。

 私が下座へと歩き始めると、扉の傍に立った騎士が私に睨みをきかせる。どうやら護衛のつもりらしい。

「悪いが手短に頼む」

 長椅子に座り、私は高圧的に言った。本来の力がなくとも、老人はもちろん、この程度の騎士であれば拳ひとつで泉下へ送ってやれる。

「承知致しました」老人は、手を震わせながら丸メガネを直す。

「おい、手が震えておるぞ」

「も、申し訳御座いません。さすがの威圧感とでも申しましょうか、私共、一般の者には、少し、居心地が悪う御座いまして」と老人が釈明する。


 特に何かを放出しているわけではないが、無意識に、雑魚を圧倒する何かが、私から放たれているらしい。

 が、知ったことではない。


「早くしろ」私は話の続きを促した。

 老人は「はい」と疲労に満ちた一言を漏らし、額の汗を拭った。

「女神様に謁見され、概要は、お聞き及びでしょうが」

 老人は、か細い声で話し始めた。聞き取りづらく、多少の苛立ちを覚えたが、ここは耐え忍んだ。魔王として君臨していたみぎりであれば、こんなやつは一瞬で灰にしてやったがな。

「あらためて今後について、簡単にお伝えさせて頂きます。詳しいことは、おいおい、といった形になりますが……」とボソボソ喋りながらも、老人はしきりに丸メガネに手をやる。


 老人の話によると、明日から私は王国宅配便で魔力の配達に従事するようだ。王国宅配便は魔力の配達のみを取り扱う宅配業であり、この世界で唯一の事業だと言う。

 魔力は魔物や女神、そして一部の人間など、人のたぐいにしか蓄えることができない。膨大な魔力を蓄えられる者は少なく、殊更ことさら、復興で世界的に人員が足りていない。そんな中、暇を持て余しそうな、うってつけの逸材。それがこの私、ということのようだ。

 無論、私への対価はない。無償だ。だが、食事と寝床は用意があるという。


「こちらはシェアハウスとなっておりまして、他にも男性が二人、女性が三人、一緒に暮らす予定になっております」老人が淡々と話す。

「なんだと?」

 私のどすの効いた声が響く。

「皆さん、宅配便で働く方々で御座います」

「そんなことはどうでもよい」

「屈指のリゾート地、サレスに、素敵なおうちを御用意しております。こちらにはプールが……」

「黙れ」私は老人を睨む。

 老人は恐縮し、「失礼致しました」と頭を下げた。


 この魔王が見知らぬ者と共同生活だと。他人と関わり、改心せよとでもいうのか?


 苦虫を噛みしめたような表情を浮かべながらも、「して、他の奴らはどんなやつらだ」と私は尋ねた。関心のないふりもできるが、やはり、同居人が気になる。

「それは会ってからのお楽しみで御座いますよ、魔王殿」

 どういうわけか、さぞ嬉しそうに老人が話す。

 急にフランクになった老人に戸惑いながらも、私はとりあえず頷き、「そういうものか」と声を漏らした。

「そうで御座います。特に女性に対しては、出会った瞬間に運命というものを感じるかもしれません。そこから発展して、ついには恋やら、なんやらが――」

「貴様」私は上機嫌な老人の話を遮る。「あまり図にのると、その首をへし折るぞ」

「ぁあはいぃ」

 老人は、私の脅しにひどく取り乱し、体を震わせた。

 その後、老人は、あまりの恐怖にますます声が小さくなった。そんな老人に、さらなる苛立ち覚えながらも、私は黙って老人の話に耳を傾けた。責任の一端は私にあると自らを省みた。

 老人の話に黙って耳を傾け、直近の予定を頭に入れた。

 どうやら、今晩はこの王宮で過ごすようだ。来客用の部屋を用意していると言う。そこいらの物置で一夜を過ごすような屈辱は味合わずに済みそうだ。

 そして、明朝、サレスへ出立する。それも、生活を共にする男と二人で赴くらしい。

 その男がどんな人物なのか、この時、私には皆目見当もつかなかった。

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