第1話 魔王の宅配便

 激戦の末、この私、魔王は勇者に敗れた。

 この世界の行く末を決する最後の戦い。

 その戦いで、私は勇者に敗北をきっした。最終形態となった私は、戦いの記憶を失った。唯一、記憶に残った台詞せりふといえばそれは、断末魔の叫びであった。

「このままでは終わらんぞ!」

 この台詞はある意味、事実となった。なぜなら、私は消滅することなく、生き永らえたからである。


 意識を取り戻すと、死にぞこないの私は王都の宮殿で、年増の女神と対峙していた。

「魔王殿」

 広壮な謁見の間に、女神の声が響く。女神の両脇に並んでおるのは天使か。

「あなたは勇者との壮絶な闘いに敗れました。もちろん、覚えておいでですね」

 ふん、と私は嘲笑する。

「どうして死なずに済んだのか? お分かりですね」

 高座から女神が高飛車に話しかける。

 私は腕を組み、女神から顔を背けた。女神ごときに見下されるこの状況を私は受け入れることができなかった。

「どうして黙っているのですか?」

 私は渋々、口を動かした。

「勇者のやさしさ、とでも言わせたいのか」

「そういきり立つのをお止めなさい」女神はため息を漏らす。「あなたは、勇者と対等に渡り合った最強の戦士です。まあ、残念ながら今は、見る影もありませんけどね」

 私は眉間に皺を寄せる。確かに今は第一形態の人型に戻っておる。

「端的に申し上げますと、私はあなたの更生を真に願っています」女神の鋭い視線が、私に突き刺さる。

「心を入れ替えろと?」

「そうです。とはいっても、簡単に入れ替えられるものではありません。そこで、これから魔王殿には、ボランティア活動に従事して頂きます。滅私奉公し、心を磨いてください」

「馬鹿馬鹿しい」

「バカバカしくても、アホ臭くても、あなたに選択肢はありません。真剣に取り組まないと、いつまでたっても昔の力を取り戻すことはできませんよ」

「死んだ方がましだな」

「あなたが死んだら、私が全力で転生させます。もちろんこの世界に」女神が薄笑う。「転生して、Lv.レベル1まで低下したあなたは、もはや無用の長物かもしれませんけど、期待の超新人ちょうしんじんとして迎え入れて進ぜましょう」

 私には返す言葉がなかった。自害しようとも、生き恥をさらすことに変わらぬ。

 沈黙を続ける私に、女神が咲笑えわらう。

「異世界転生した気分で、奉仕に励んでください」

 そういうと女神は胸の前で手をポンッと叩く。広々とした謁見の間に、乾いた音が響き渡る。

「では、早速ですが、着替えましょう。そんな、真っ黒い服装では、邪悪な心がより一層、荒んでしまいます。心を入れ替えるためにも、まずは身だしなみから整えましょう」

 

 私の心がいかにも穢らわしいようにいってくれるではないか。


 女神の言葉に苛立ちながらも、私は「好きにしろ」と吐き捨てるように言った。私は早々に、この場を立ち去りたかった。

 窓の外に視線を送り、投げやりな態度を隠さない私だったが、若い従者の手にした水色の作業着には、さすがの私も目を奪われた。従者は丁寧に折りたたまれた作業着を、四角いトレイの上にのせ、仰々しく運んできた。作業着の胸元には王国宅配便の文字が刻まれておる。

「サイズはぴったりのはずです」女神は楽しそうにいった。「なかなかいいデザインでしょ」


 いやそうは思わぬが、と言いかけたが、私は口を閉ざした。それが嫌味なのか、それとも本心なのかわかりかねるが、もしも本心だとしたら、年増女神のセンスは皆無だ。


 作業着の評価はさて置き、こんなところでぐずぐずしていても仕様がない。そう自分に言い聞かせ、私は、身につけていた黒いマントやら手甲やらをその場に投げ捨て、着替えを始めた。

「潔いですね。さすが魔王殿」という女神の笑い顔が、無性に腹立たしい。こやつは、何かを楽しんでおるに違いない。

 無心で服を脱ぎ、そしてついに私は、一矢まとわぬ姿となった。女神の両脇に並ぶ若い天使達が、手で目を覆い隠しておる。

 従者の差し出した作業着をひったくり着替えておると、もうひとり従者がトレイを持って現れた。トレイの上には、水色のキャップと真っ白な運動靴が並べられておる。

「日中は日差しが厳しいから、ちゃんとお帽子を被ってね」


 被ってね、などとぬかすな年増女神、と心の中で毒づきながらも私はきっちりと帽子を被った。帽子も、サイズは合っておるようだ。


「とってもお似合いです」

 語頭を強調しながら、それはそれは嬉しそうに女神がいう。幼い者に話しかけるような口調が、どうにも腹立たしい。

「それで? この私は何をすればいいのだ?」

「もうお気づきでしょう」

 そういって女神は、たたずまいを正す。

「魔王殿、あなたにはこれから、宅配業に従事してもらいます。運ぶものはもちろん魔力です。無尽蔵の魔力を誇ったその体で魔力を運び、困っている人々に届けなさい」

 魔力の宅配? ということは、つまり。

「私に魔力を寄越すなど、ずいぶん気前のいいことだな」私は女神に言った。

 魔力は、女神や魔物の体内にしか存在しえない。宅配するとなれば、私の体内に魔力を蓄える以外に方法はないはず。

 私の皮肉を耳にしても、表情を崩さない年増女神。

「今のあなたが魔力を手にしたとしても、思いのままに魔法を使うことは出来ませんよ」

「なんだと」私は女神を睨んだ。

「ふふふ、そのうちわかります」

 女神が余裕の表情を浮かべておる。


 なにやら良からぬ魔法でもかけられたか? 心当たりはまるでないが。


「この世界は、魔王と勇者の戦いが終わり、復興に向けて歩み始めました。しかし、各地に残された戦いの傷は想像以上に深いものです。争いが始まる前の姿をいち早く取り戻すためにも、戦いに疲れた者達に魔力を届けなければなりません。よろしいですね? 魔王殿」

 私は微動だにせず、ただただ黙っていた。


 魔王軍と勇者軍の戦いは、この世界を疲弊させた。それは事実であろうな。


「魔王殿、お返事が聞こえませんよ」沈黙する私に、女神がいう。

「ふん」と私は鼻で笑った。

「まあいいでしょう」呆れ顔を浮かべる女神。「この後ですが、神官に今後のスケジュールを説明してもらいます。大人しく聞いていて下さいね」

 女神の言葉には、いちいち人をあなどるような一言が混じっている。

 苛立つ私がその場に立ちすくしていると、今度は女神が顎を突き出す。

「何をしているのです? もう下がってよいのですよ」


 その台詞をよもや年増の女神ごときに言われようとは。なんと落ちぶれたものか。


 私はひどく心外だったが、その言葉に従い、女神に背を向けた。

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