第65話 集う聖女たち


 『神聖祭』のための遠征隊が、ジークタリアスをでて2日が過ぎた。

 

 いくつかの街と都市を経由して、聖女モードのお淑やかなマリーが、窓の外へ手を振るのを横で見守り、不遜なやからにはポケットから小石を放ってぶつけていく。


「マリーたん、ぺろぺろぺろぺろ……(パチン)……ンゴォォォォ?!」

「悪は去った」


 都市での休憩をおえて、ふたたび走りだす馬車に乗れば、馬車内はロージーと神殿騎士、マリーの4人による密室のスタートだ。


「ちょっと、何してんのよ、あんたはこっちでしょ、ほんと」


 先に乗り込んだマリーの対面に座ろうとすると、ロージーは俺をマリーのとなりに座らせてきた。


「え、でも、ここまでずっと対面でしたし、警備的にも対面のほうが……」

「あんた、本当どんくさいわね。ほら、あんたの聖女が澄ました顔で待ってるわよ、ほんと」


 ロージーが言う。


「別に澄ましてないんだけど、ロージー。ふん」


 マリーはツンと鼻を鳴らし、自身の横の席をぺしぺし叩いて、俺に座るよう言ってきた。


 仕方なくマリーの隣に腰を下ろす。


 最後にロージーと若きエリート神殿騎士が馬車に乗りこんで、最後のアクアテリアス安静における経由都市を出発した。


「すやぁ……」


 走りだしてから5分くらいして、すぐにマリーがお眠モードになってしまった。


 なんかこっちに倒れてきそうな感じがするので、俺はロージーに視線を飛ばして助けを求める。


 高位神官様、聖女様が村娘に戻ってしまっております、と。


「しゃきっとなさい、ほんと」


 謎の助け。

 俺が求めていたやつじゃない。


 シャキッとしなさいって……。

 どういう意味だ?


「はぁ……」


 やれやれ、このBBAは役に立たない。


 俺はロージーへの助けをあきらめて、対面に座るジークタリアス神殿騎士団のなかでも、最優の騎士と名高い、バチカンへ視線を向けてみる。


 すると、彼は静かにまぶたを閉じて「何も言わないし見てません」とでも言いたげにした。


 なぜだ、ほかの神殿騎士ならば嫉妬の視線とともに「マックス殿、近いのでは?」とかいつも言って来るのに。


 まずい。


 いよいよマリーが倒れこんで来た。

 しかも、まるで起きているかのように、ちゃんと腕に抱きついてくる。


 豊かなお胸の側面が、二の腕に押し当てられ、このままでは俺の尊死がまぬがれない。


 しかし、ロージーは楽しそうに眺めてるだけ、バチカンは瞑目するばかりで助けてくれそうにはない。


 クソお……マリーめ、こんな嬉しいご褒美をそうそうに与えて来るなんて……。

 俺を困らせるためにわざとやってるんじゃないだろうな?


「マリー、マリーっ、まずいって、当たってる……っ」


 俺はすりすりしてくるマリーへ、小声で話しかけるが、彼女は声に反応するように、より横乳という凶器を押しつけてくるだけだ。


 柔らかすぎた。

 あまりにも近すぎた。

 そして、良い匂いがしすぎた。


「ヌッーー」


 俺は無事、魂を浄化されてしまった。






         ⌛︎⌛︎⌛︎






 目が覚めた時、俺はマリーに肩を揺さぶられていた。


「マックス、起きて、海が見えるわ!」


 マリーの声にうっすら目を開けると、すぐに馬車の窓の外に、キラキラひかる青い海を見つける。


「凄い……本当に、あるんだ……」


 陽光を反射する海面の美しさに、俺は心奪われていた。


 窓の外に海を眺めていると、海岸線沿いに巨大な灰色の円柱が、水中からズイッと生えてくるようにそびえているのが見えた。


 圧巻のスケール、納得の呼び名。


 そうか、あれが『灯台の都市』だと言うのか。


 俺たちはアクアテリアスに到着した。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 アクアテリアスは主となる『灯台とうだい』とそのまわりに、開発が進んで灯台内におさまらなくなった『余剰街よじょうがい』と呼ばれる、周囲の街にわかれている。


 ほかの都市からやってきた遠征隊は、連日、通りを埋め尽くす数十万人の群衆がつくるロードをとおって、アクアテリアス都市政府が整備した、巨大な駐車スペースに馬車をもっていくことになる。


 この途中、つまり群衆ロードが『神聖祭』にやってきた聖女や巫女たちの、一番初めの仕事である。


「また新しい遠征隊が来たぞ!」

「今度はどこの遠征隊だ!」


 先頭車がロードに入ったらしく、外が騒がしくなる。


 聖女や巫女が乗る馬車は、あらかじめロードの手前で屋根が外されているので、群衆から見れば、どこに聖女が乗っているのかは、一目瞭然だ。


「ジークタリアス、これは『崖の都市』の遠征隊か!」

「見ろ、あの美しいお方が聖女様に違いない!」

「【施しの聖女】マリー・テイルワット様……武芸に優れ、自ら戦場にたち、都市の危機には先陣を切って戦士たちを導いたと言う……なんと尊い、ありがたや、ありがたや」


 【施しの聖女】ガチ勢の老人がいてくれたおかげで、そのまわりの、あんまりマリーを知らないアクアテリアス市民たちにも、彼女のいかに素晴らしいのかが伝播していく。


 マリーはニパーっとたくさん練習した、聖女120%、とでも言うべき抜群に可愛く美しい笑顔を、群衆たちへふりまいて、おしとやかに手を振る。


 俺は彼女の騎士として恥ずかしくないよう、ただ硬い表情でキョロキョロせず、肩を張って座り続けた。


 はっきり言おう。


 緊張しすぎて、ほとんど何も覚えてない。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



 群衆ロードをぬけて、都市政府の整理にしたがって、ようやく遠征隊は数日にわたる馬車の旅から解放される運びとなった。


「ようこそ、おいでくださいました【施しの聖女】様、ロージー様。長旅でお疲れでしょう」


 遠征隊メインのマリーと遠征隊のなかで最高位の神殿階位を持つロージーを迎えるのは、アクアテリアス神殿騎士団の面々だ。


「ここからは私たちが、アクアテリアス滞在期間中に、お住まいになられる神殿へ案内させていただきます。よろしくお願いいたします」


 マリーとロージーを先頭に、俺や神殿騎士、神官などの、ジークタリアス神殿勢力は、彼らの案内を受けて『灯台』へと向かうことになった。

 

「またあとで会おう」

「先にお宿で待ってますね、マックス先輩がた!」

「んーんー!」


 オーウェンやデイジーは喋ると面倒なジークの口を押さえながら、手を振ってきた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 神殿に到着して、高位神官と聖女が滞在する部屋を教えられ、俺たちはアクアテリアスでの簡単なスケジュールを伝えられて解放された。


 それにしても、凄まじい大きさの神殿だ。


 ジークタリアスのも十分大きいが、流石は聖都、そのチカラの入り用が、デカさに如実にあらわれている。


 およそ1000部屋近く居住スペースが確保されてると言う話であったし、きっと神官の数も凄まじいのだろう。


 とはいえ、此度こたびの祝祭には国中から賓客ひんきゃくがやってくるので、あくまで護衛者の俺には神殿の部屋は貸してもらえなかったが。


 これは仕方ない事だ。


 神殿勢力的に、俺より階位の高い神官たちでさえ、部屋をもらえていないのだから、文句は言えない。


「おお、聖女様が続々とやってくるぞ!」


 なんか凄いセリフが、神殿の入り口の方から聞こえた。


 顔を向けると、ジークタリアスとは比べ物にならない神官と神殿騎士に囲まれた、美しく、尊いオーラをまとう、まさしく聖女とも言うべき方々が神殿にやってきている。


 なんだこれは。

 尊さのバーゲンセールじゃないか。


「おお、あれは『砲撃ほうげき巫女みこ』様だ」


 特級クラスを拝領した少女たちーー巫女みこも来たらしい。

 

 神殿入り口あたりで、愛らしい少女が機嫌悪く「その呼び方やめてよっ……」と恥ずかしそうに頬を染めて、となりのお調子者な神官の頭をぺちんと叩いている。


 どうやら話題作りのため、自演して自分の陣営の巫女の名前を大声で叫んだらしい。


 なんとも親近感湧く、庶民的な巫女に、別段尊くない俺のような身分の人間たちは微笑ましくなってしまう。


 その後も、数組の聖女・巫女たちが神殿へとやってきては、みんなにワーワー騒がれていた。


 みんなが和み、ご機嫌で活気ある空気が神殿を満たしていく。


 ただ、ご機嫌斜めな方もいる。


「ふん、マックス、いくわよ。聖女はそんなたくさんいたって仕方ないんだから!」

「え、なんかマリー不機嫌じゃない?」

「うるさいわよ、マックス。もう、ほら、はやく街を見てまわりましょ! なに、もっとここにいたいですって? はん、マックスったら、わたしの騎士なのに、可愛い女の子みて鼻の下伸ばしちゃってるのね!」


 うむ、やはり、うちの聖女様はご機嫌斜めだな。


 これは屋台で串焼きを買ってご機嫌を取るしかあるまい。


 ただ、街へ出る前にはっきりさせておかないと。


「いえいえ、聖女様が一番お美しいですよ」


 俺は礼節にのっとって、うやうやしくマリーへと頭をさげた。


 ーーペヂッ!


「痛ッ?!」


 凄い力で頭をたたかれた。


「フン! まったく、そんな事言われたって全然嬉しくないんだからね……っ!」


 猛烈な怒りゆえか、頬を染めたマリーは、ひとり先に出口へとむかってしまった。


 うーむ。

 聖女様のご機嫌とりは難しものだ。


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