第64話 献身の成果、そして聖都へ


 『灯台の都市』アクアテリアス

 そこは巨大な灯台のなかに多重構造が設けられ、まるで迷路のような、立体的街並みが特徴の海の街である。


 いくつかあるうちの『聖都』のひとつに指定されていて、そこにはソフレト共和神聖国をささえる重要な機関がそろっている。


 今年は『神聖祭』の開催もあって、人も物も大量に出入りしており、活気に満ち満ちている。


「マックス、どうした。浮かない顔だな」


 オーウェンが見透かしたように言ってくる。


 ただいまの時刻は夜の7時。


 俺たちはジークが本日最後の仕事を終えて、依頼主に引き止められて不正に労働させられないよう、本日のドラゴン仕事納めを見守りにいく最中だ。


「知ってるだろ……『神聖祭』だよ」

「ああ、近いな。国中から武芸者が集まる場でもあるからな。俺も楽しみだ」


 かの祝祭は、ただ特級の美人たちがあつまるだけでなく、彼女らの御前で武闘大会が開かれることもメインイベントのひとつだ。


 神殿勢力や、公的な立場でないかぎりは出場に厳しい制限はないので、実力者はこの貴重な機会を逃さずやってくるんだとか。


 オーウェンとしては、そっちが楽しみなんだろう。


「出るのか?」

「ああ。安心しろ、都市政府からはまだだが、神殿からの許しは一応もらえた」


 オーウェンはそう言って、通りすがら彼へ黄色い声援とともに手を振る少女たちへ、クールな一瞥いちべつでもっておうじる。


「慈善活動をがんばれば、2ヶ月でこんなに扱いが変わるんだな……」

「ああ。最近は石をぶつけてくる奴も少なくなって来てる。罪人の烙印らくいんは消えずとも、案外簡単に名誉回復できるものだと、俺も驚いている」


 オーウェンは首筋の焼け跡を見せつけて、薄く笑った。


 彼はこう言ってるが、もちろん、簡単なことだったわけがない。


 2ヶ月で人権を取り戻したのは、彼のたゆまぬ努力と、影での献身、尊敬される人格があってこそだ。


 加害された俺でさえ「こいつが本当に俺を崖から突き落としたのか?」と疑うくらいには、良い奴なのだ。


「マックスは出ないのか。武闘大会」

「俺は出れないよ、マリーの付き人だし」

「なるほど。まあ、それが正解だろうな。お前の力はあまりに多くの者の目を惹きすぎる」

「まあ、ドラゴン一撃で追いかえせる人間が少ないのは事実だしなー、ふふん♪」

「マックス、お前の唯一の弱点はたまに出る慢心だな。言われなくてもわかってるかもしれないが、マリーや自身に危険がせまったなら、迷わず指を鳴らすんだ。危険な存在がジークタリアスに目をつけているのだから」


 オーウェンは眉をひそめて言った。


 ーーパチン


 すぐ後、夏の夜に涼しげな音色が響いた。


 俺はとっくに鳴らしていた右手を持ち上げてみせる。


 オーウェンはそれを見て、ニヤリと微笑んだ。


「……以前より、また速くなったな」

「もちろん。日々成長してるのは、オーウェンとマリーだけじゃない。強者とは相対的なモノ。強さにあぐらをかいてれば、いつかは追い抜かれるからな」

「素晴らしい心掛けだ。俺もゆめゆめ忘れないようにしよう」


 いや、この心構え、お前から教わったんだけど。


「ん、着いたな」


 オーウェンがそういい、手を軽くあげる。

 すると頭にタオルのバンダナを巻いたジークが、土木現場の親方へ頭を下げて、なにかを受け取りやってくる。


「ジーク、何もらったんだ?」

「フハハハっ、知りたいのか、ご主人マスター!」

「いや、そんなに」


 すげなくすると、ジークは「もっと聞いてほしいぞ! お願い聞いて、ご主人マスター!」と涙目で懇願してきた。


「わかった、わかったから。で、何もらったんだ?」

「フハハハっ、これはお金だぞ!」

「ほう、給金ね。……あれ、ボランティアじゃなかったか?」

「この僕の働きを認めてくれた、親方が『わかった、もう十分にわかった、俺の負けってことよ、ジーク。こいつを持ってきな』って言って、これまでの労働分の報酬をくれたんだぞ!」


「おお」

「それは凄いな……良い重みだ」


 俺はジークの革袋を受け取り、ずっしりニヤけてしまう重みにほくそ笑む。


 俺のギルドや、都市政府への借金返済も忙しかったのだ、ちょうどいいから、わずかでもジークに手伝ってもらおう。


 そうだ。

 実は俺にも多額の借金があるのだ。


 すべては、アインとの決闘で使った『巨木葬きょぼくそう』による被害だ。


 犯人が俺とわかるやいなや、ギルドを吹っ飛ばされたザッツ・ライトの野郎は、恩を忘れたように莫大な金額を請求してきた。


 俺は500体分の、白い6本足の生物の新品同様の遺体の多くをザッツに渡すことで、幾らかの返済のお金を工面したが、それも素材が出回りすぎて、近辺都市での市場価値が下がると、金策は出来なくなってしまった。


 仕方ないので、ザッツには彼のもつすべてのパイプを使って、ソフレト共和神聖国全土と素材のやり取りをしてもらっている。


 今度、アクアテリアスに行く時も、最低でも300体は売り払う予定だ。希望は1000体だが、流石にひとつの都市で一気にさばききるのは難しいかもしれない。

 

ご主人マスター、借金に困ってるのか! 仕方ないぞ、僕のお金をあげるんだぞ!」

「え、」


 ジークは革袋をぽいっと俺に渡すと「また良いことをしてしまったぞ!」と元気よく叫びながら、先にオーウェンの家へと帰っていった。


「凄い悪いことした気分だな……オーウェン、やっぱり、これジークに返しておいてくれ……あいつの頑張ったお金を使えるわけないからさ」

「すまんな。普段、買い物させてないんだ。今度、貨幣の大切さについて教えておこう」



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー数日後


 『聖都』アクアテリアスへは、馬車でいくなら片道2日はかかる距離がある。

 

 ジークタリアスは余裕を持って聖女を送りだすため『神聖祭』の6日前の今日、出立をお祝いしてパレードを開催する。


 荒れた街の連帯感を取り戻すため、財政危機を押してでも、ジークタリアス都市政府は、出立パレードを出来る限りはなやかなものにした。


「聖女様、いってらっしゃいませ!」

「お気をつけてください、聖女様!」

「マリー様が一番ですよ、自信もってっ!」

「今日もマリーたそ、ぺろぺろ可愛いんごねー!」


 屋根が取り払われた馬車のうえから、群衆が左右に溢れかえる通りをいくマリーは、にこやかに微笑みをうかべ、お行儀よく、可憐でありつづけた。

 

 俺は馬車のまわりを介護する、騎士のひとりとして目を光らせ続け、んごんご鼻息洗いやつに指を鳴らして、小石をぶけてまわっていた。




 出立パレードはあっという間に終わり、マリーは俺の手をひいて、神殿へと帰宅した。


「ふぁ〜、疲れたー!」


 マリーの部屋にそのまま連れこまれた俺は、外着のままベッドにダイブするマリーを見て困惑する。


「マリー、それじゃ、馬小屋の掃除が終わって、干し草に飛び込んでた時と変わらないんじゃない……? 聖女としてしっかりしないと」

「なにマックスまで、お行儀よくなっちゃってるのよ。マックスだって羊の世話が終わったら、こうやっていっしょにお昼寝してたじゃない」


 マリーはそう言って「えいっ!」とそばに立つ俺の手をひくと、ベッドに連れひきずりこんできた。


 ドキッとし、尊さの急激な上昇を感知してしまい、俺はすぐに起き上がろうとするが、マリーはそれを許してはくれない。


「えへへ、こうしてるとアルス村にいた頃と一緒だよね、わたしたち♪」

「……たしかに、懐かしいかも」

「うん、本当懐かしいわ。もうずいぶん帰ってないし……久しぶりに帰ってもいいかもしれないわ」


 アルス村。

 ジークタリアスに出てきてからは、まだ一度も帰っていない、我らの故郷。


 正常な時間を歩み、なおかつ毎月、両親へ手紙を書いてるマリーにとっては2年と半年くらいの久しさだろうが、俺にとってアルス村は、もう6年近くは帰っていない故郷という感覚である。


 確かに、両親のことも気になる。


 『聖神祭』が終わったら、一度帰ってみてもいいかもしれない。


「ん? というか、マリーの両親は来るんじゃない、アクアテリアスに」

「……確かに」


 そういえば聖女の両親は勝手に、神殿が手配した馬車で開催地に招致されるとか。


 そのことを思いだすと、マリーは顔を押さえて「あの親たちを全国民に見られると恥ずかしいよ……」と途端に、親に会いたがらなくなり始めた。


 まあ、気持ちはわかる。

 マリーの両親は、うん、アレだから。


 親バカ。


         ⌛︎⌛︎⌛︎



 俺とマリーが神殿を出てくると、ちょうど立派な馬車が止まっていた。


 馬車のあたりでは、ロージーがあくせくと働いている若い神官たちを、ぺしぺし叩きながら、荷物運びやら、乗り込む馬車の整理やらを指揮しているのがうかがえる。


「あんた本当バカね〜、ほんと。どこに私の荷物運んだかも覚えてないわけ」

「すみません、ロージー様」

「もういいわよ、1号車から探して来なさい。私はマリーと同じ馬車なんだから、積み込み直してちょうだいね、ほんと」


 アクアテリアスへの遠征隊は、神殿勢力と都市政府、そして民間が用意した15台の馬車で行われる。


 そのうち5台が神殿勢力の馬車であり、そこには神官や神殿騎士、場合によっては神官長が乗ったりする。


 都市政府の馬車は主に護衛部隊だ。

 はっきり言って、神殿騎士だけでは護衛としては不足なので、そのために公的なお金を使って高位冒険者や、傭兵などを雇ったりしている。


 俺とマリー以外の『蒼竜慈善団』は、この都市政府の護衛というかたちで、今回の遠征のチケットを手に入れている。


 そのほか、もちろんもう一つのドラゴン級の奴らも、どっかの馬車には乗っているんだろう。


「あ、マックス先輩!」

「マックス、ここにいたか」


 オーウェンとデイジーがやってくる。


「この馬車の数、本当に凄い列だよな」


 俺は右から左まで、ズラッと並んだ迫力満点の遠征隊をしめす。


 正直、こんなところに金を使うんだったら、もっとやることがたくさんあるだろ、とは思う。


 ただ、マリーの護衛費も多分に含まれてるので、口には出さないが。


「『聖神祭』は都市としてのプライドもかかってる。他の余裕がある都市は30台以上の馬車を用意するのもザラだと聞く。ジークタリアスだけ、数台の馬車でいけば、それだけでこの先10年の評判は決まってしまうだろう」


 まあ、そういう事だから仕方ない面もある。


「そろそろ出発しまーす! 皆さん、準備をお願いしまーす!」


 神官のひとりが先頭車のほうから、声をあげて、最後尾へと走り抜けていく。


 俺とマリーは、ジーク待つ馬車へと入っていくオーウェンとデイジーとわかれ、神殿の馬車へと乗りこんだ。


 さあ、アクアテリアスへ出発だ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「面白い!」「面白くなりそう!」

「続きが気になる!「更新してくれ!」


 そう思ってくれたら、広告の下にある評価の星「☆☆☆」を「★★★」にしてフィードバックしてほしいです!


 ほんとうに大事なポイントです!

  評価してもらえると、続きを書くモチベがめっちゃ上がるので最高の応援になります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る