第66話 尊さ災害と面倒な予感


 マリーと一緒に神殿を出てきた。


 『灯台の都市』のメインオブジェクトである、『灯台』のなかはいくつもの段からなる多重構造で形成されている。


「わあ、すごいわ!」


 マリーは神殿を出て、すぐの柵から身を乗りだし『灯台』の内側を見渡した。


 俺は彼女のうしろから、あたりを警戒しながらも、この都市の構造に舌を巻いていた。


 『灯台』の中央には山が入りそうなほどの大きな穴が開いており、その真ん中をまた巨大な塔が貫いている。


 巨大な塔は外壁がほとんどなく、螺旋階段や昇降機が取り付けられた大黒柱のまわりに、ここから見えるだけでも十数階もの″地面″を持っていて、その多くはいま俺たちの立っている『灯台』の内周部分のエリアと多数の橋で繋がっている。


 つまり『灯台』の内側は、そこだけでも、中央を貫く巨塔エリアと内周エリアで分かれているのだ。


 灯台の端っこは、もう視界限界だ。


 遥かなる遠方には青い空が見えず、灰色の壁があるという事が、俺たちが『灯台』のなかにいるのだと唯一教えてくれる手段だろう。


 閉鎖感はまるで感じない。

 あまりにも大きすぎる。


「それじゃ、マックス、どこからまわろっか!」


 わくわくを抑えきれないマリーは、いつもと変わらず、気軽にそう言って、俺の3歩前でこちらへふりかえり、首をかしげてくる。


 俺はそんなマリーへ、ピシッとかかとを揃えて、たくさん練習したお辞儀をした。


「マリー様、ここは我らの馴染みの都市ではなく、アクアテリアスでございます。あまりはしゃぎすぎないようお願いいたします」

「え……」


 俺はスッと頭をあげて、極力感情が宿ってない目ーーオーウェンからお墨付きをもらったーーで、マリーへそう告げた。


 これはマリーが″聖女モード″をもっているならば、俺も俺で″聖女の騎士モード″を待とうという、メリハリとふんべつの問題だ。


 マリーには「何その喋り方……嫌だ……」と、とてつもなくドン引かれてるが、これは仕方がないのだ。


 いつどこで、誰が、【施しの聖女】のことを見ているのかわからない以上、アクアテリアスにいるあいだは、絶対に気が抜けない。

 

「マリー様、どうぞ、こちらへ」


「ねえマックス、ずっとそれで行く気?」


「見てください、マリー様、串焼きがありますよ。とっても美味しそうです」


「ねえ、マックス」


「マリー様、見てください、猫がいます」


 俺はマリーから寄せられるジトッとした目線に耐えられず、浅い話題をふりまくる。


「はあ。まあいいわ、マックスも悩んで、わたしの騎士らしくしてくれてるんでしょうしね」


「……」


 マリーと一緒に通りの端っこを歩きながら、俺は彼女の寛容な心に感謝した。


「あ、本当に美味しそうな串焼きだわ。ここはわたしがおごってあげるわね、マックス。すみませーん、おじさん、そこの串焼きをふたつくださいな!」


 マリーは露店の立ち並ぶ通りで、可愛らしく微笑み、柔和な店主に話しかけた。


「あいよ、串焼き2つ……どうはぁ?! なんてべっぴんさんだああ?! あんた。いえあなた様は、もしや聖女様なのでは?!」


 店主は目ん玉飛び出すほど驚いて、マリーを頭のてっぺんからつま先まで眺める。


「てへっ、実はそうなんです。『崖の都市』ジークタリアスから来ました【施しの聖女】マリー・テイルワットっていいます。あ、でも、このことはあまり大声で言わないようお願ーー」


「てめぇらぁああああああああ!!!

 なにどうでもいい一般人なんかの接客してんだぁあああ! 【施しの聖女】様が店先にご降臨なさってんだろーがあああ!?」


 屋台の店主が、となりのとなり、そのまたとなりの屋台まで響き渡る大声で、あたりの屋台の店主仲間たちを一手に集めてくる。


 パニックを想定して、気を利かせたマリーの忠告むなしく、凄まじい勢いでさっとうする人間たちに、マリーはあっという間に取り囲まれてしまった。


「【施しの聖女】様だとぉお!?」

「まさか、あの武芸優れ、戦場の華とうたわれる『崖の都市』の戦乙女が、こんな通りを歩いてくださっているのかぁあああ?!」

「尊い! 尊すぎるぅう! こんな地上に降臨なされてくれるなんて、ありがとうございます!」

「なんてお美しいんだ! ありがとうございました、ありがとうございました! もう満足です、死ねます!」

「聖女様あああ! お金はいりませんので、うちのパンケーキを食べてくださいぃい!」

「うぅう……輝いてる、輝いてると兄ちゃん、【施しの聖女】様が尊すぎるよぉ!」

「ああ、弟よ、いますぐに聖女マニアの親父を連れてきてやれぇ……たぶん、ここで尊死することになるが、親父も本望だ……!」

「兄ちゃんは?!」

「俺は、もう、持ちそうにない、ヌッーー」

「兄ちゃぁぁぁぁぁあん?!」


 通りはもう大パニックであった。

 

 卒倒する者が次々と現れたり。

 聖女の尊さを少しでも感じようと、押しあい、屋台が潰れたり。

 風下にして聖女の吐いた息を吸ったとかで、殴り合いの喧嘩をはじめたり。

 

 しまいには、剣と剣がぶつかったり、スキルによる攻撃の撃ち合いがはじまってしまった。


「やばっ?!」


 マリーは顔を隠す目的でかぶっていた帽子を深くかぶり、慌てた様子で言った。


 なんということだ。


 ジークタリアスでは地元だから平気だったが、まさか他の都市では、レア聖女が街を歩くだけでこれほどの大混乱が起きるなんて。


 世紀末すぎるだろーが。


「マリー様、お手を!」


 俺はマリーを守らなくてはと思い、マリーの手にとってお姫様だっこすると、石畳みに足跡を残しながら、一気に空へ跳躍した。


「【施しの聖女】様ぉああああ!」

「聖女様がさらわれたぞおおお!」

「あのクソカス男を撃ち殺せぇえええ!」


 建物の屋根に飛び乗った俺へ、火炎やら、水やら、風の弾丸が飛んでくる。


 俺はそのすべてを、指をはじいてポケットに一旦しまい込み、再び高速でポケットを開いて、空中でぶつけあって爆発させる。


「くぬぅあああ?!」

「なんだこれは、熱い?!」

「聖女様ぉあああ!」


 火炎と水により、巨大な水蒸気が発生し、それを風の爆風であたりへ拡散させる。


 これで時間は稼げるだろう。


「マリー様、行きましょう。通りに出たのがうかつ過ぎました」

「まさか、みんながバトルロイヤルをはじめるなんて……これは、もっと変装したほうが良さそうかなあ……」


 俺たちは一旦『灯台』を出て『余剰街』へ向かうことにした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 『余剰街』ーー『蒼竜慈善団』の宿屋へやってきた。


「あ、マックス先輩!」


 宿屋の反対側から声が聞こえた。

 デイジーだ。


 彼女とオーウェンは、宿屋前にあるコーヒーショップで優雅にブレンドコーヒーを楽しんでいたらしい。


「ブルーアクアテリアス。コクが深い」

「オーウェン、それいくらするの?」

「銀貨1枚だ」


 馬鹿高い。

 アホじゃねえのか、この剣豪。


「マックスは子どもだからな。もうすこし成長して、大人の味覚がわかれば、これにはそれだけの価値があると理解できるだろう」


「はいはい」


 おざなりに手を振って、俺とマリーはデイジーとオーウェンの机についた。


「神殿はどうだった、マリー」

「凄い大きかったわ。わたしの部屋にはお世話係の可愛い女の子もいるのよ。でもね、その子、わたしが話しかけたら『聖女様が話しかけてくれたぁ、ぁ……!』とか言って膝から崩れちゃって」


 マリーは豊かな胸を乗せて腕を組み「わたしって、そんなに使用人を蔑ろにする嫌な女に見える?」と不満げに頬を膨らました。


 オーウェンは「たぶん、ネガティブな意味じゃないと思うが…4」と抑揚のない声で言って、ブルーアクアテリアスとやらをひと口ふくんだ。


「ところで、ジークはどこ行ったんだ?」


 俺は目をつむり、コーヒーの香りを楽しんでるだけで、カッコいい剣豪様へたずねた。


 なぜだが、デイジーがピクッと震えて、彼女もオーウェンを見ている。


 オーウェンはゆっくり目を開ける。


「実は、目下行方不明だ」

「……」

「奴のベッドにはこんな書き置きがあった」


 俺はオーウェンから手紙を受け取る。


「『ちょっと聖女様を見てきます』……これをジークが?」

「ああ」


 オーウェンは香りを愉しみながら答える。


 なに余裕ぶっこいとんじゃ。


 ーーパチン


「あ、」


 オーウェンのブルーアクアテリアスを収納して、俺は勢いよくたちあがった。


「あいつは綺麗なモノと、きらきらしたモノがたまらなく大好きなんだ。現に聖女にたいして前科を持ってる」


 俺はマリーのほうを見る。


 マリーはうなずき「人間状態だとIQ4しかないわ、あの竜」と確信した顔で言った。


「絶対面倒なことになる。ジークを見つけるぞ」

「俺のコーヒーが……」

「めっ! コーヒーはお預け。ジークを見つけるまでダメだからな」


 物欲しそうに手を伸ばしてくるオーウェンの手をはたき、俺は彼を立ちあがらせる。


 デイジーとマリーは力強くうなずいた。


 低知能ドラゴンを回収するクエスト開始だ。

 








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