第52話 堕ちた英雄


 俺はそのあまりに酷い、抜け殻が如きあり様に驚きを隠せなかった。


 今、俺の目のまえには、散らかり荒れた部屋の主人・かつての【英雄】ーーそして、罪人の烙印を受けた【剥奪者】のアインがいた。


 ーー女神から与えられる【クラス】の中には道徳に背いたり、その【クラス】にいちじるしくふさわしくない行動をすると剥奪されるモノがある。


 こと【英雄】のクラスは、皆の思う豪快でいて優しく、勇猛であり、強者であり、なおかつ仲間を重んじる高潔さを持っていなくてはいけない。


 クラスを奪われた者は一律に【剥奪者】のクラスを与えられ、以後は暗い世界に身を落とすのが常だという。


「俺は英雄……俺は英雄……俺は英雄……」


 外でマリーとジークを待たせて、俺ひとりで乗り込んだわけだが、想像以上に酷かった。


 もう何日もこの部屋に引きこもっているのだろうか。


 鮮やかだった茶色の髪の毛はボサボサで、頬はこけ、目を疑うほどに身体は痩せてしまっている。


 カーテンの締め切られた部屋。


 窓の明かりから逃げるように部屋の隅で床のうえに寝るアインのそばには、紙袋がいくつも置いてある。


 手にとってみると、外の露店で買われた食べ物の類だとわかった。何日分も置いてあるが、どれにも手はつけられておらず、腐りはしめているばかりだ。


「俺は英雄……俺は英雄……俺は英雄……」

「アイン」


 声をかける。

 

「俺は英雄……俺は英雄……俺は英雄……」

「アイン、俺だ、マックスだ」

「………………」


 声をかけると、アインはボソボソとした呟きをやめ、はっきりとした声で俺の名前を復唱した。


 俺の足元を見つめ、ようやく人が自分の前に立っていることに気がついたらしく、やつれた酷い顔をあげた。


 俺の顔をしばらくボーッと見つめていたが、ふと、何かが引き金になったように、アインが飛びかかってくる。


 胸ぐらを掴まれ、床に押し倒されるが、その腕に力は入っておらず、もはや目の前の枯れた男に危険性は微塵も感じられなかった。


「マックスぅ、俺は、俺は、英雄なんだ……! お前のせいで、お前のせいで俺は……ぁぁ、うぁあああ! アアアぁぁああぁああああ!」


 俺のうえで奇声をあげ、頭を掻きむしり始めるアイン。


 髪の毛を引っこ抜き、指先には乾いた血が、鮮血で上書きされていく。

 

 彼は審問会の開かれてすこしの間は、ジークタリアスの市街を歩いていたという。


 現実から目を背けるように、装備万端の冒険者の姿で、大剣を背中にさげていたらしいが、それを見た市民らの反応は、もちろん良いものではなかった。


 度重なる罵倒と、嘲笑は英雄を殺した。


 裏切られた事実を直接本人に聞いて確かめようとするアインの信奉者たちも、彼の心を追い詰めた。


 やがて、アインは家から出なくなった。


 家から出なくなると、今度は迫害が向こうからやってくる。


 叩き割られる窓の、ノックの止まない玄関。

 

 アインが多額の財産を導入して去年買った家は、今やボロボロに打ち壊され、幽霊屋敷となっている。


 公然の破壊、暴力、侵害。


 街にいながら追放される事が許され、彼を守る者はジークタリアスにはどこにもいない。


 いや、ジークタリアスだけじゃない。

 のだ。

 

「俺は、英雄なんだよぉ、ぉ……マックス、マックス、なんで、クラスに従わないんだよぉ……俺より、強くならない、それは、ルールだろ、ぅう、ぁあ」


「……アイン、俺はお前に悪いだなんて、ちっとも思ってないからな。これはすべてお前の自業自得だ」


「俺は英雄、俺は英雄だったんだ……」


 覆いかぶさるアインの首根っこをつかみ、俺は立ちあがる。


 アインはジタバタと暴れるが、大した力ではない。

 

「嫌だ、嫌だいやだ、いやだいやだいやだァァ……! 外はダメだ、やめろ、マリー、オーウェン助けてくれぇぇー! いやだいやだいやだぁあ! キャァああああ、ぐぎぃやァァァァァアアアアぁぁああ!」

 

 奇声をあげて伸びた爪で引っ掻いてくるが、かまわず玄関へ引きずっていく。


 ふと、玄関の扉が開いた。


 外から入ってきたのはマリーだ。

 そして、もうひとつ、見慣れた顔。


「オーウェン、どうしてここに?」

「家のまえにマリーがたたずんでるのを見つけてな。それは…………何をしてるんだ、マックス」


 アインを強引に引きずる俺を見て、オーウェンは心底不思議そうに首をかしげた。


「ぐぎゃあ!」

「痛っ」


 隙をつかれてアインに手を噛まれ、思わず離す。


 アインは伸びた爪で床を引っ掻きながら、紙袋を蹴散らかして、再びさきほどの部屋の隅へもどってしまった。


「アイン……」


 マリーは顔を曇らせ、鎮痛な面持ちでかつての【英雄】を見つめる。


 アインはマリーが見えてないのか、特にこれといった反応を示さず、手を空中でわきわきさせて「なんでだ! どうしてだ! うぁぎゃああああああ!」と謎の言動ととともうに、壁に頭を打ちつけ始めた。


 正気ではない。


 オーウェンはすかさずアインの元に駆け寄り、羽交い締めにすると、そのまま気道を押さえて、アインの意識を刈りとった。


「すまないな、昨日は落ち着いてたが、マックスを見て感情が昂ったらしい」


「オーウェン……わたしは、オーウェンもアインの事も、とても許せないけど……思えば、こうしてちゃんと話す機会がなかったよね……なんで、マックスを崖から突き落とそうとなんか、したの? わたしたち、ずっと友達だった、仲間だったのに……」


 審問会に出席しなかったマリーは、あれ以来、神殿からの通達で、オーウェンにすら会っていなかったため、まだ彼らが俺を追放した理由をしらない。


 オーウェンは俺のほうを一度伺うように見ると、俺とマリーを客間へ通して話をはじめた。


 俺はすでに聞いた話と遜色そんしょくがないか、かたわらで茶を飲みながら耳をたてていた。


「全部、俺たちの身勝手だ。言わずともわかってると思うが、すべての責任は俺たちにある。もっと言えば、アインに【英雄】としての役目をそそのかした俺こそがもっとも重い罪を犯したんだ」

「……そんな、なんで、そんな事が、できるの……」


 マリーはさぞ困惑しただろう。


 アインのあまりに身勝手な言い分。


 昔から信頼していたオーウェンが、幼馴染みを″より強いパーティ″のために手にかけようとしたことに。


 オーウェンは目元を伏せたまま、自分が間違っていたと、マリーへ深く謝罪をした。


 マリーは到底、納得はしてない様子だったが、それでも現実を受け入れるしかないと「それが、事実なんだよね……」と残念そうに、ちいさく呟いた。


 その後、俺はオーウェンへ俺とマリーとジークが新しい冒険者パーティを組むことになり、そのためには『英雄クラン』の解散が必要であると説明した。


「それで、リーダーのアインを訪ねたわけか」

「オーウェン、質問なんだが、さっき昨日は落ち着いてた、とか言ってたよな。ずっとこの家に通ってるのか?」

「アインは友人だからな。彼がこうなったのは。俺の責任によるところが大きい。……もう正気に戻らないとしても、俺はアインの面倒を見るつもりだ」


 床に落ちていたたくさんの紙袋は、オーウェンがアインの為に買ってきたモノだと言う。

 彼は毎日、アインの様子を見に来て1時間ほど曖昧な返事しかかえさない彼と話して帰るんだとか。


 これからは部屋の掃除や、殻を風呂にいれたりすることも考えているらしい。


「……知ってるか、マックス、アインはもうんだ」


「……スキルの剥奪?」


 アインのもつ自己肯定のあかし

 彼の代名詞である魔剣を持てないなんて……ならば、狂いもするか。


「いいや、スキル〔魔剣まけん〕はアインのなかにある。心の病だろう。頭のどこかで納得しているんだ、自分が魔剣を持つに相応しくない、英雄にあるまじき行いをしたと。皆の羨望の裏切り者だと」


 オーウェンは最後に「俺もだがな」とつけ加えて、皮肉げに笑った。


 彼の言葉に俺はなんて返せばいいかわからなかった。


 俺は俺にされた分を、やり返しただけだ。

 すべては因果応報なんだ。

 

 そう言いたかったわけではない。

 同情はしても、許してはやらない。


 ずっと見てきた魔剣使いが、魔剣を握ることすら出来なくなっても、俺は黙って背中を向けるだけなのか。


 アインが俺をよく知っているように、俺はアインをよく知ってるのに。


 しばらくの沈黙の後。


 オーウェンは口開く。

 それは代替案だった。

 アインの同意が必要なら、かつてマリーと俺の筆跡をごまかしたスキルの持ち主をあたり、アインの筆跡でパーティ解散をさせる事ができる、という提案だ。


 俺とマリーはそれを聞いて″冴えたやり方″だと一瞬でも思ってしまったが、ふと気づく。


 それはアインやオーウェンが行った事と同じなのでは? と。


 俺は思う。


 アインには聖女を苦しめる俺を排斥する″冴えたやり方″があって、女神に与えられた役目に準じ、マリーを幸せにしようとした″大義″があったのかもしれない。


 俺には間違えた復讐により、可哀想な竜を助ける手段がある。

 それを成すためかつてのリーダーの意思を無視してーーそれこそ、アインがマリーの意思を決めつけたように、本人の同意なくことを行う″大義″があるように見える。


「嫌だろうな、マックスもマリーも」


「オーウェン……」

「……」


 俺たちの心を見透かしたように、蒼瞳は静かに、されど、したたかに、なにかを見極めようとじっとこちらを見つめてくる。


「リーダーの除名はできるのか?」


 俺は自分にされた、処置を思いだす。


「無理だな。リーダーの除名は、リーダー以外のパーティメンバー全員の同意があってもできない」

「相変わらず、リーダー優遇がすぎるな、冒険者ギルドって」

「どうしよっか……わたしたちだけ抜けてっていうのもいいけど……等級が初めからになっちゃうし」


 ザッツに相談すれば、特別処置とか用意してくれるかなぁ……。


 悩んでいると、オーウェンが声をあげた。


「それじゃ、こう言うのはどうだ。アインはもうパーティを牽引できる状態にない。家から出ることはおろか、まともなコミュニケーションも望めない。だから今の『英雄クラン』を改名し、事実上のリーダーとサブリーダーに2人がなればいい。ジークを新しく加入させ、新しいメンバーだけで動けばいい。パスカルもやってるだろう、パーティメンバー全員、いつも一緒にいる必要なんてないんだ。俺とアインは幽霊になればいい」


 オーウェンの提案はある意味では、悪くない″冴えたやり方″だった。


 協議の結果、俺たちはサブリーダーであるオーウェンの権限を使い『英雄クラン』を表向きに解体する方向で、新しいパーティに作り変えることにした。

 


        ⌛︎⌛︎⌛︎



 ギルドに戻ってきた。


「わかった、リーダーなしで改名は本来なら出来ないが、リーダーが手続きをできない場合に限って、サブリーダーが役目を代行できるっちゃ、できる。……オーウェン君、いいんだね?」

「当然です。俺は、冒険者ギルドにも多大な迷惑をかけた。今更、どうこう足掻けるほと厚顔ではない」


 オーウェンは書類に慣れた手つきで筆を走らせた。


 ふと、綺麗な文字をつづる筆先がとまった。


「パーティ名は決まってるのか?」

「パーティ名……」

「そういえば決まってなかったね……ジーク、何か案はある?」


 マリーはワクワクした顔で跳びはねるジークへ話を振ると「ドラゴンっぽさは必須だね! 僕のパーティなんだし!」とオーウェンと打って変わって厚顔不遜な物言いでかえした。


「パーティの象徴としてドラゴンを据えるとはいいかな。しかも、実際ドラゴンがいるんだし、これは確かに必須かもしない。ジークのパーティじゃなくて、マリーのパーティだけど」


 大事なことなので、訂正しておく。



 ーーパーティ名に頭を悩ませることしばらく。



 新しいパーティ名は『蒼竜慈善団』に決定した。


 当面の目的はジークへの仕事依頼を受けとる窓口なので、わかりやすさを重視したら結果だ。


 ーー翌日、事務所を神殿に設置して、ドラゴンに任せるべき仕事を精査して″労働力としての竜″を無償で派遣するサービスがはじまった。


「罪滅ぼしのために、しっかり働くんだぞ!」


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 大学のオンライン講義がはじまるらしいので、更新頻度を落としたいと思います……。

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