第51話 竜の労働環境改善 


 新暦3056年 4月12日


 花見シーズンも終わり、『崖の都市』には雨の時期がやってこようとしていた。


 神威の騎士団の働きと、ジークタリアスに住むみなの協力により『崖の都市』は蒼き竜に受けた傷から、だんだん回復してつつある。


 そこには、一匹のドラゴンの尽力もあった。


 災害の張本人、蒼き竜ジークである。


 というのも、彼は桜の咲いたあと、マリーとその騎士のもとに罪を告白しに来たらしく、街を襲ってしまったことを後悔して、反省しはじめたのだ。


 ジークタリアス市民の怒りは凄まじいものだったが、死人の出なかったことと、そして【施しの聖女】の働きにより、かろうじて首を獲られずに、彼は街に住む運びとなった。


 その日以来、ジークの忙しい日々が始まった。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



「おかえり、ジーク」


 部屋の掃除をしていると、すっかり玄関と化した窓からドラゴンが帰ってくる。


ご主人マスター……僕、もう死のうと思ってるんだ……」

「……なんでだ?」


 ホウキを動かす手を止めて、神妙な面持ちで問いかえす。


「うぅ! 僕はドラゴンなのに、ドラゴンなのに1日20時間も労働をさせられてるんだ! このままじゃドラゴンだけど死んじゃうんだぞ! みんな怖い顔して『許して欲しい? ならこれくらいやれるよなぁ?』って言って大変な仕事を押しつけてくるんだ!」

「あぁ、それは、可哀想に……」


 労働内容が苛烈すぎて自殺を考えるようになったと。

 最近、姿を見ないと思ったが、1日20時間も働かせられていたとはな。

 自業自得とはいえ、すこし気の毒になってきた。


「でもさ、ジーク、もう瓦礫の撤去は終わったんだし、任せられる力仕事もなくなるんじゃないか?」

「馬小屋掃除、部屋の掃除、煙突掃除……僕の仕事のおおくは災害復興とは関係ない、この先もずっとある清掃ばかりなんだっ! 僕はドラゴンなのに、全然ドラゴンっぽくない嫌な仕事ばかりまわってくるんだ、助けてください、ご主人マスター!」


 ジークは袖を涙で濡らしながら、ベッドに身を投げて暴れだす。


 みんなジークへの恨みから、彼に嫌な仕事ばかり頼むのだろうな。

 その心理はわからないでもないが、俺はジーク側の気持ちも知っている。


 ある程度、ジークへ仕事を依頼する過程に秩序を設ける必要がありそうだ。

 でないと、この恨みで本当にジークタリアスへ復讐をし始めかねないからな。


「よし、わかった。それじゃ明日は俺といっしょに冒険者ギルドへ行こう」


 俺はジークへそう告げて、この日はいっしょに眠ってあげる事にした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎

 


 翌朝。

 

 マリーにジークの悩みを話すことにした。


 彼女は過労死寸前のドラゴンを不憫に思ってくれて、ジークを冒険者ギルドへ連れて行く事に同意してくれた。


 ただいま、俺は、マリーの優しさを受けて「僕に気があるのかも!」などと調子に乗るチョロ竜を小脇に抱えて、冒険者ギルドへやってきていた。


 相変わらず休業中のなか、半開きになっている格納庫のほうから、お邪魔する事にした。


「1、2、3……よし、完璧だ。こっちで十分な運営資金となるから、こっちの分は頑張った私のへそくりとしてさりげなく横領して、と。ふふ、神殿への奉納金はこっちちょこっとだけ残った銀でいいか……」


 大量な木箱が積みあげられた格納庫の影から、不穏な物言いの独り言が聞こえてくる。


 近寄ってみると、ギルド顧問ザッツ・ライトが床の上に何かを広げて、堂々と横領を企んでいた。


 マリーと俺は顔を見合わせる。


「「んっん!」」


「っ! うぉお!? ぃ、いつからそこに?!」


 跳びあがり、木箱を背にひとり命乞いを始めるギルド顧問。


「別に、なにも聞いてませんけどね。努力には正当な対価が支払われるべきでしょうし、多少、健全じゃなくても許されることもあると思いますよ。なにがとは言いませんけど」


 俺は、床のうえに堂々と置いてある″金の延棒の山″から顔を背ける。


 マリーはトボトボ歩いて、大きな延棒の山から分けられてる、3本の金の延棒のうち、一本を手に取り「これは神殿への寄付金として頂戴しますね♪」と懐にしまいこんだ。


 顔に引きつった笑顔を貼りつけ、首をぶんぶん縦に振るザッツの気持ちは察するにあまりある。


 まあ、これくらいで見逃してくれるマリーは相変わらず優しいと言うほかない。


「次は気をつけるんですよー、ザッツさん。女神ソフレトはいつだって、あなたに微笑んでいるんですからね」


「うひぃっ! はい、はい! もちろんわかっているとも、嫌だなぁ、マリー君、マックス君!」

 

 ザッツはゲホゲホっと咳払いし、白いオールバックを撫でつける。


 すると、白々しいほどに顔を切り替えて「して、何用かな?」と仕切り直した。

 さりげなく俺の肩に手をまわして、横領現場から遠ざけ始める。


 されるがままに、ザッツに通された冒険者ギルドの無人の1階フロアの席につき、頼んでもないのに果実水をだされた。


「うん、スッキリしてて飲みやすい。いい果実水ですね、……で、今回来たわけですけどーー」


 俺はジークの可哀想な境遇をザッツへ話した。


「なるほど、それは良くないね。仕事は常にフェアな立場で、そして、労力はその上で双方納得できるようトレードされるべきだ。これは私の信条でね、うちの冒険者が何人か殺されかかっているとはいえ、ジーク君の現状は見過ごせないな!」


「良いこと言いますね、ザッツ顧問……お金は横領するのに」


「ゲフンゲフンッ! それと、これとは別だよ、マックス君。それに、私は金は横領しても、人の心は横領しない。信条とはそういうものだ」


 渋い眼差しでウィンクしてくる。

 悔しいが格好いい。


 マリーは感心したようにうなづき、ザッツへ俺たちが考えた解決法を相談しはじめた。


「ザッツさん、ジークの為のお仕事窓口を作ってくれませんか? ギルドみたいに、依頼人と、実際に仕事を行うジークの間に一枚ギルドという組織をはさんで欲しいんです」


「なるほど、だから私のもとへやってきたと。賢明な判断だ、2人とも流石は『測定不能』のマックスと、聖女様だな!」


 露骨なリップサービスが、そろそろうざくなってきた。

 

「だが、困ったね、現在、冒険者ギルドな運営を見送っている。街は復興しているし、冒険者ギルドもある程度の復活の目処はたった。しかし、先の討伐戦線の破棄で負った損失は、依然としてジークタリアス冒険者ギルドに大きな影を落としている。この状況下では、しばらく運営はできないだろう。そこでだーー」


 ザッツはおもむろに席を立ちあがり、カウンターへ行くと、慣れた様子でいくつかの引き出しをあけて、紙とペンを手に戻ってきた。


 机のうえにパンッと叩きつけるように置いて、灰色の瞳に鋭い眼光を宿して見てくる。


「君たちが仕事を仲介すればいい。ノウハウは教えよう。場所も提供しよう。ドラゴンをペットにしてしまう英雄と、聖女様がいれば、そこにトラブルなど起きない」


 ザッツもペットだと思っているのか。


「代わりに利益の1割を私の懐にーー」

「神官長を格納庫に連れてきましょうか?」

「ごめんなさい、やめでぇええ!」


 マリーと同時に席を立とうとしたところを、ザッツが倒れ込むように静止してきた。


 仕方なく席に戻り「さっきの事忘れてないですよね?」と親指で格納庫のほうを指し示す。


「いやだなぁ、マックス君、もちろん、わかってるよーこれは私の茶目っけだ。んっん……大人のジョークはさておき、具体的な方法に移ろう。マックス、マリー様、そして、ジーク君。君たちでパーティを作りたまえ」


「っ、パーティを、ですか?」


 ザッツは重くうなづく。


「人間の姿になれるドラゴンをメンバーに持つドラゴン級冒険者パーティ……しかも、そのリーダーの英雄と聖女は、倒したドラゴンを仲間にしたという、お伽話級にエモいバックストーリーを持つ。私はね、未だかつてこれほどしびれる可能性を味わった事がないかもしれない。間違いなく、これはアツい! イケる! アガる! そして、現実的にやはり二大ドラゴン級パーティに復活して欲しいことと、ジーク君への仕事の仲介事務所を設立するのに、何らかの″くくり″があったほうがやりやすい事もあるーーだから、2人とも、いや、3人ともパーティを作りたまえよ」


 ザッツは低い声で念を押して告げた。


 彼の言っている事は、前半部分は置いておいて後半部分はもっともな意見だと俺は考えていた。


 マリーと協議して、ザッツの思惑通りになってるのが、すこしシャクと言うだけで、新しいパーティを作るのは良い事だと話はまとまった。


「えっと、ザッツ顧問、となると以前の『英雄クラン』の解散から始めないといけないと思うんですけど」


 俺はギルドの規約を思い出し、耳の痛い話をする。


 マリーが眉をひそめ、ジークはアホ面をさらす。


 ザッツは「そうだったかぁ……」と鎮痛な面持ちで声を漏らし、カウンターに行って分厚いギルドの規約書を確認し始めた。


 10分ほどして、席に戻ってきたザッツはよく剃られたアゴをしごきながら口を開いた。


「解散にはリーダーの同意が必須だ。悪いが2人とも、″彼″に会いに行って、話をしてきてはもらえないかな?」


 ザッツは申し訳なさそうに言って、頭を下げてきた。


 俺とマリーは顔を見合わせて、お互いにうなづきあった。



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