第50話 白い魔術工房:ある男の悪夢


 浮上する意識はいつだって暗いまま。

 明るさはまぶたを持ち上げた3秒後にやってくる。

 

 1、2、3ーーほら、来た。


 ホワイトアウト。


 白い魔力灯のあかりに慣れるのに、俺の眼球は、しばらくの時間を必要とする。

 ここの主人に改善を要求をしたいが、それも満足にできる体ではない。


「おはようございます、検体Aー13」


 男の声が聞こえた。

 若い青年の声だ。


「今日は記念すべき日ですよ。なぜなら、最古参の検体があなたに更新された日なんですから」


 なんだと。

 そうだとしたら、A-12はもう死んでしまったのか。


 あいつはよく俺といっしょに時間を過ごしてくれた、良い奴だったのだが……残念だ。


「安心してください、″終わる時″は一瞬です。その破壊は僕が保証します。間違いなく芸術であると」


 頭上から聞こえてくる声が若干上擦り、彼が感情の絶頂に達しかけたのだと推測する。


 この声の主人は変態だ。


 だんだんと慣れてきた視界で、俺は目を細めて、ガラス越しにこちらを見つめる青年と目を合わせる。


「では、行きましょうか、A-13。今日もぜひ生き残ってみてください」


 青年は楽しげに笑い、手元で何かをいじる。

 

 本当に嫌味な男だ。



          ⌛︎

          ⌛︎

          ⌛︎



「すべての命には終わりがある」


 瞳を閉じて、手を組み、ひたすらに祈る。

 今日の生存を、明日への到達を、魂の解放を。


 薄く目を開けると、神父しんぷが見えた。

 目の前で金具のついた黒い本を手にもっている。


 その背後では、あの青年が微笑みをたたえて、立つばかり。


「生まれ生を得たのなら

 それだけで貴方は貴方を誇り

 死して生を終えたなら

 それだけで貴方は貴方を尊ぶ


 すべての戦いに終わりを

 貴方の戦いに安らぎを


 私が願い、私が祈り、私が下す

 

 貴方に主の愛が与えられますように……ライプン」


 神父はいつものように祝詞のりとを終えて、パタンっと黒い本を閉じて懐にしまいこむと、祈りを捧げる俺たちのまえを歩きはじめた。


 品物を見定める目つき。

 

 思えばこの神父もおかしなものだ。

 聖職者の一種らしいが、神聖国には神父なんて階位は存在しないのに、当たり前のように神父を名乗る。


 くべる祝福の言葉も、どこか俺たちが慣れ親しんだものとは違う。

 

 まるで別の神を崇めているかのようだ。


「あぁ、これは良くないな」

「?」


 怪訝な神父の声に、顔をあげると、俺たちの中でもっとも態度の粗悪なソイツのまえで、神父が足を止めていた。


 しばらく見つあう両者。


 すると、神父は灰色のオーバーコートをバサッとひるがえして、腰のベルトから″黒い金属機械″を手に取った。


 ーーバァンッ!


「ッ」


 強烈な激烈音。


 空気の爆発する音に、その場にいた全員が体を震わせる。


 赤い血と、黄色い脳漿のうしょうをぶちまけて頭を吹き飛ばされた遺体。



 皆、とち狂ったように奇声をあげて、逃げはじめた。



 俺は神父の手に持つそれが、たった今まで生きていたはずの隣人を殺したのだと理解した。


「こんなところか。では、レドモンド、私はもう行く。この始まり方だと、大変だろうが……」

「そうですね、もう少し脅かさないで欲しかったですけど……まあ、いいです。僕がなんとかしましょう」


 神父は手に持つ謎な金属機械を腰のホルダーにおさめ、レドモンドと呼ばれた青年へ、この場を任せて部屋をでていく。


 混乱する現場で、レドモンドは手に持つ″えだ″のようなモノを軽くふった。


 すると、彼の指揮に呼応したように、床から壁がせりあがってくる。


 皆が慌てはじめ、壁の向こう側へ行こうとするが、ツルツルとすべる床と同じ素材でできているらしく、うまく登ることができない。


 やがて、壁は天井に到達して誰ひとりとして向こう側へ行ける者があらわれる可能性はなくなった。


「さあ、今朝の″薬″の効き目がそろそろ現れるはずですね。殺されないよう逃げ回ってください。……スタートです」


 レドモンドの掛け声とともに、部屋の中央の床から四角い箱がのぼってくる。


 同時に、部屋の四方の壁が流動する液体のように不安定になり、俺たちにさらなる″箱庭″を解放した。


 今日もアレが来る。

 俺たちを殺しに来る。


 俺はずっと生き残ってきたんだ。

 

 この場には100人以上いるが、このうち生き残れるのはたった10人だけだ。


 どうあがいても10人。

 生存の席はそれ以上増えない。


 正気になれば、なんの悪夢だって思う。

 いつだってそうだ。ここはイカれてるんだ。


 部屋中央の四角い箱が、あらかじめ仕組まれていたようにパカッと開いていく。


 すると、中から″黒い獣″が現れた。


 まっしろなテルテルしか部屋に現れたソイツ。


 フサフサとした剛毛を全身にはやしていて、大きなオオカミといった風態の恐ろしい獣だ。

 ニ本足でも歩くし、殴ってきたりもする。


 俺は知っている。

 絶対にこいつには勝てない。


「ニ・ゲ・ロ」

「……ッ! グギィ!」


 黒いヤツが酷いダミ声でそういうと、皆は恐怖を顔を張りつけて一斉に逃げはじめた。


 

          ⌛︎

          ⌛︎

          ⌛︎



 あれから12時間がたった。


 最初は100人いた俺たちも、今ではどれだけ残っているかわからない。


 ただ、まだ俺が迷宮にいることを考えると、90人は死んでないんだろう。


 白いツルツルした迷宮は、縦にも横にも、なんなら水中だって用意されていて、俺たちが知恵と力を振り絞って何とか生き残れるように作られている。


 その構造は複雑で、毎回変化する。


 いったいどれだけの手間をかけて、こんな迷宮を作り上げたのか想像すらできない熱意だ。


 ただ、迷宮にはパターンがある。


 俺が知る限りでは全てで12パターン。


 100人のうち90人は、迷宮自体を初めて見るので、おそらくは気づかないだろうが、俺は最初期からずっとこの迷宮で生き残りの10人に選ばれてきたので、知っているのだ。


 他にもいろいろ知っている。


 迷宮が使い回しの設備だということも。

 壁に傷をつければ、次にその迷宮にはなされた時にも、同じ傷を見つけられる。


 俺は穴を掘り、そこに篭れば100%の確率で生き残れる、安全シェルターなども作成してきた。


 次回、そのパターンの迷宮が回ってきた際の生存率を上げるためだ。


 こうやって次につながる行動をしてきた。

 だから、俺は生き残ってこれた。


 俺は賢いんだ。

 みんなからは『英雄えいゆう』だなんて呼ばれてる。


 だけど、日に日に俺は追い詰められはしめている。


 俺と同様にあの黒い獣も、何度も何度もこの迷宮に離されている。


 俺とやつはもう顔見知りだ。

 向こうもそろそろ俺を殺したいんだろう。


 ゆえに、どこに隠れているのか″なかなか90人殺さず″に積極的に時間を使って、俺の場所を探し始めているんだ。


 迷宮は有限、必ずいつか見つかる。


 だからこそ、俺はーーーー脱出を試みた。


「……」


 息を潜め、誰にも見つからないように壁に立てかけておいた白い板をはずす。


 その奥は、俺がここしばらく時間をかけて掘っていた穴に繋がっている。


 今回のパターンともう何個かのパターンで、俺は確実に外へ出られるための隠し通路を、並行して掘り進めていたのだ。


 神父が階段を登っていくところ、レドモンドが階段から降りてくるところを何度も見た。


 ここはおそらく地下空間。


 ならば、若干斜め上に向かって掘っていけばいつかは、地上にたどり着けるはずだ。


「っ」

「あっ、『英雄』!」

「……」


 未完成の隠し通路の先に、逃走者のひとりを発見した。


 どうやら、俺の隠し通路をたまたま見つけて、ここに隠れていたらしい。


 今回は黒い獣のマークを外すのに、相当な時間がかかってしまったため、仕方ない。


 彼にも協力してもらおう。



 ーーどうやら喋れるらしいソイツへ、俺は声を出さないように伝えて、ソイツに脱出計画を教えた。



 俺の提案を快諾して、ソイツは一緒に地面を掘ることに協力してくれることになった。


 なんだか、嬉しそうだった。

 俺のことを『英雄』などと呼んでいたし、きっとファンなのだろう。



 ーーしばらく穴を掘っていると、ついに俺たちは光を見た。



 相変わらず光に慣れるのに時間を有したが、そこは確かに外だった。


 白銀の世界。


 あの地下迷宮と白いことに関して言えば、あまり変わらないが、この白さは知識で知っている。


 雪というやつだ。


 俺は育った場所が場所なせいで、雪を見たことがなかったから、この冷たさは新鮮だった。


 あたりに立ち並ぶ大きな木々の葉から、積もった雪がバサァっと一気に地面に落ちる。


 俺たち互いに顔を合わせてうなづきあい、ともに自由を謳歌するべく歩きだした。


 ーーズサ


 ふと、背後から足音が聞こえた。


「二・ガ・サ・ナ・イ」

「グギィっ!」


 とっさに叫んでしまう。


 雪を踏み分けて向かってくる、黒い獣。


 嫌だ、嫌だ、せっかくここまで頑張ったのに。


 ″9年″もかけたんだ。

 俺もすっかり大人になってしまうくらい、長い時間をかけてなんとか、ここまでこぎつけたのに!


 俺はかたわらで震える、ともに穴を掘った友を黒い獣のほうへ蹴り飛ばし、駆け出した。


 ただ一時の友は驚いた声をあげたが、すぐに静かになった。


 なんと彼は、俺の後を追って走りだすわけでもなく、黒い獣のいく手を塞がんとして手を広げて立ちはだかっていたのだ。


「この美しい景色を見せてもらっただけで、僕は満足だ。だから逃げてA-13、僕たちの英雄」

「グギィ?!」


 俺は友を裏切ったのに。

 彼は俺のことを逃すために恐怖に挑んだ。


 俺は逃げてきただけだ、隠れてきただけだ。

 お前の勇敢さ、立ち向かう背中のほうがよほど英雄だ。

 

 俺は泣きながら、死に物狂いで冬の森をはしった。


「うふふ、どこへでも逃げるといいわぁ。検体達の英雄さん。もっとも、ここで逃げるようじゃ英雄らしくなんてないけどねぇ……」


 構うものか。

 死にたくない。

 俺は自由を手に入れたいんだ。










 ひたすら逃げる。
























 逃げて、逃げて、逃げて。























 俺はついに″壁″にたどり着いた。


























































 ーーっ


「…………夢か」


 パリパリとはがれ落ちる手の皮。


 痛い、死にそうなほど辛い。

 だが、ここで終わるわけにはいかない。


 答えを得るまでは、死ねない。


 俺は″英雄″なのか、【英雄】なのか。

 そんなものがあっていいのか。


「うがぁ、う……ッ! ……はあ、はあ、はぁ…………」


 額の汗をぬぐう。

 水をいっぱいあおり飲む。


「……ぅ、俺は……俺は、英雄、だ」


 俺はかたわらに立て掛けた″新しい力″を手にとる。


 暗黒を溶かし込んだ黒い大杖。

 翡翠の輝きが、肌を泡立たせる。


「これこそが俺の夜…………マックス、お前を殺すための〔ミステリィ〕だぜ……」


 俺にはもう、時間が残されてない。


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