第53話 目を離したらすぐ努力する男


 新暦3056年 4月17日


 朝から雨が降っていた。

 どんより薄暗い雲から無尽蔵に水滴が落ちてくる。


 海というものがソフレト共和神聖国の南側にはあるらしいが、そこは一面が、塩を多分に含んだ水で満たされた別の世界らしい。


「マックス、わたし思うのよね。毎年この時期になると雨が降るのは、雲のうえに海が移動してるんだって。あの暗い空は、きっと魚まで地上へ降ってこないようにするための、女神のはからないなのよ」

「奇遇だね、マリー。俺もおんなじ事考えてたよ」


 マリーが「絶対に嘘よ」と言って、楽しげに笑う。

 

「2人とも、楽しんでるところ悪いが、すこし出てくる。ジークがそろそろ帰ってくるから、しっかり褒めてやれ」


 向かいの席に座るオーウェンが、レインコートを羽織り、どしゃ降りの雨のなかに消えていく。


 俺たちが今いるのは神殿。

 天井高い大空間の一角にもちこんだ、俺の傑作ログハウスだ。


 ログハウスの外側には『蒼竜慈善団』の看板がさげられていて、ここは現在、ジークへお仕事を頼みたいものが日夜足を運ぶ、慈善活動の拠点となっている。


 ーーコンコンっ


 玄関が外からノックされた。


「はーい、ただいま戻りましたよー! オーウェン様が出て行ったみたいですけど……マックス先輩とマリー様はお留守番ですかー?」


 入ってきた人物は言った。


 その者は、レインコートをフードを外し、茶色の巻き髪をふわっと解放した。

 ついでに前面のボタンを外して、胸元の開けた、えちポイントの高い服が披露される。


 彼女の名はデイジー。

 アインとオーウェンが俺の後釜として『英雄クラン』へ参加させたメンバーだ。


 俺とデイジーはなんとも複雑な関係だ。


 ただ、彼女は俺やアインとオーウェンにあった出来事は、「当事者にしかわからない問題です!」として、一切触れることなく明るく振る舞ってくれている。

 そのため、俺もわざわざ気遣いを無駄にするような事をせずにいる。


 ちなみに、オーウェンは自責の念から、この慈善団の事務所で、山積する書類仕事に従事している。


「マックス先輩、ジーク後輩は今まで冒険者ギルドが担っていた恒常的な危険ーー近隣の魔物の討伐を完了して、そのまま材木伐採と運搬に移りました、とここに報告しますです!」


 デイジーは言った。


「あぁ、えっと、材木伐採? 材木伐採、材木伐採……これかな?」


 依頼書の羊皮紙を手にとり、ジークが片付けた仕事と、そうでない仕事を区分けする。


「違うわ、マックス、こっちは畑を確保するための開墾を目的にした伐採で、こっちが建築用木材を取得するのが目的の、材木伐採の依頼よ」


 仕事のできるマリーに手ほどきしてもらい、なんとかマニュアルにない報告に対応した。


 やはり、マリーに″パーティリーダー″になってもらって良かった。俺じゃ崩壊を招いていたに違いない。


 にしても、俺は紙と筆に挑むのに向いてないな。


 『蒼竜慈善団』の発足から1週間経とうとしてるが、まだマリーの役にたてた試しがない。


 ここにいても邪魔するだけだろう。


 それに。


 ーーカチッ


 そろそろ、ルーティンの時間だ。


「ん、マックス、どこか行くの?」

「デイジーも戻ってきたし、俺もすこし出てくるよ。……知人との約束もあってさ」


 ″あの人″と会うのはマリーには内緒だ。


 彼女に教えたいのは、やまやまだが、それは出来ない。


 護衛対象に剣術で劣っている騎士なんて、格好がつかないからな。

 いつまでも神威の騎士どもに、微妙な顔はさせない、俺なのである。


 

         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーーパチン


「……これで1万回」


 自宅の部屋のなか、指を鳴らし終えて、一息つく。


 今日の指パッチンは終了だ。


 あの妙な黒猫に俺のポケット収納が通用しなかった経験から、俺は毎日決まった時間に1万回の指パッチンを練習するようにしている。

 

 あの日より、気を整え、呼吸をただしく、右手を集中してもちあげて行う″例の指パッチン″1万回のタイムは確実にあがっている。


 指パッチン10万回やると流石に時間がかかるとは思ったので、1万回で妥協していたが、とうやらこの1万回を、どれだけ短時間で行えるかを鍛えるのでも、『限定法』のさらなる向上に十分な効果が見込めそうだとわかったのだ。


 今の俺はジークが風呂に入って、あがってくるまでの間に1万回の指パッチンを、余裕を持って終えることができる。


 ーーカチッ


 よし、時間だな。

 そろそろ会いに行こう。


 俺はドヤされないよう、昔にもらった″道着″に着替えて武器屋をでた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 レインコートを滴る雨に靴の中をぐっしょり濡らされてしまった。


 俺は木張りの縁側に腰掛けて、タオルで足を拭く。


 背後からせまってくる気配。


 振り向けば無愛想なじいさんがいた。


 歳のわりにに灰色の髪はふさふさ。

 黒い瞳はいつ見ても眼力が強すぎて、確実に目力だけで、何人かあやめていそうな雰囲気を持っている。


 老人は口を開く。


「こんな老骨のもとに、なにしに戻ってきた、小僧こぞう

「あれぇ……結構、不機嫌なんですね、″師匠″……街で会ったときは気分良く約束を受けてくれたのに……」

「話を聞く、と言っただけじゃろう。ぶち殺すぞ」

「すみません」


 相変わらずキツすぎる脅しに素直に謝り、奥の道場へむかう師匠のあとを追う。


 ここはジークタリアスの北側にある、小さな小さな剣術道場だ。


 流派は世にも珍しい『銀狼流』を扱っており、俺やマリーはここで14歳の頃から銀狼流を学んでいた。


 ドラゴン級冒険者になってからは、俺もマリーもなぜか道場を追い出されてしまい、師匠ともそれっきり会ってはいなかった。


 この道場は、おもむきがほかの剣術道場とかなり違っており、靴をぬいで素足であがる妙な作りの、″畳″という、イグサのしきものがしかれた道場で稽古をする。


 どうにも師匠であるインナミ・コサブロウは、外国からやってきた異邦人であるらしい。

 

 ゆえに、変だ。

 ゆえに、銀狼流だ。

 ゆえに、人気のない剣術を教えている。

 

「それくらいにしておけよ、小僧。ぶち殺すぞ」

「ひぃ……いや、何も思ってない、ですよ?」


 師匠はたまに心を読んでくる。

 意味がわからない。


「雑念がダダ漏れじゃ。死にたいのか?」


 師匠の鋭すぎる目つきに、すくみ、思わず背筋を正す。


 ひんやりとした道場のなか。

 外からザァーザァーと雨の音だけが聞こえる。


 薄暗い、青白んだ空気に、身も心も引き締めて、俺は正座が崩れないようにして師匠のまえに座す。










 そうして、どれくらい時間が経っただろうか。










 

 正座をどれだけ出来るか。

 そんなことを、手始めに確かめようとしているのだと俺が気づき、川下の森で会得した深い集中に没頭しはじめた時ーーーーようやく師匠は口を開いてくれた。


「ふん、すこしは変わった、か」


 師匠はそれだけ言って立ちあがると、道場の端から木刀ぼくとうを二つ手に取ってもどってきた。


「あの小娘ならともかく、小僧、お前には才能のかけらもなかった」

「うぐ……っ」


 心に刺さる痛いお言葉。


わしは才能の無い人間が嫌いじゃ。そんな奴に時間を割いても、辿り着ける場所など、たかが知れてる」

「はい……ごもっともです」

「だが、わしがより嫌いなのは、努力どりょくをしない人間じゃ。その点、小僧、お前は悪くない。努力のできる人間じゃ」


 木刀をひとつ投げられ、受け止める。


「でも、師匠、才能の無い人間は嫌いなんじゃ……?」

「ぶち殺すぞ、さっさと立てい」

「は、はい!」

かすみ、現代銀狼流の基本、忘れてないか? ……それでいい」

 

 木刀を先端を師匠へむけ、突き刺す前の引き絞りのように、地面と水平に刀身をもって、顔の横にもってくる。


 これが銀狼流の基本、かすみ


 牽制のため斬撃は、どこから飛んでくるかわからない、形の掴めぬ、かすみが如き剣の起点の構えである。













「才能の無い人間が嫌いと言ったな」


 霞の構えをして10分ほど膠着した状態を続けたあと、師匠は口を開いた。


「才能のある人間なんて、この世界は産まないのじゃ。才能はすべてその人間の足跡でしか語れない。だから、小僧、才能なんて言い訳にするなよ? そんなものんじゃから」


 静かな黒瞳と睨みあいつづけ、30分後。


 師匠は構えを解いて「真剣を持ってるか?」と聞いてきた。


 俺はギクっとして、が始まると悟り、心をしずめにかかる。


 ーーパチン


 指を鳴らして、ポケットから俺の剣を取りだした。


 すると師匠は「おぉ……っ」と目を見開いて驚いた顔になってくれた。


「なんだその領域りょういきは……いや、聞くまい。あまりの見事さに、一瞬でも心を奪われてしまったわい」

「え? あ! もしかして指パッチンの事ですか?! えへへ、そうですかぁ〜師匠ですら驚いてしまいますか!」


 頬をポリポリかいて悔しそうな顔を浮かべる師匠。

 

 スキルの成長を褒められるのは嬉しい。

 なおかつ一番努力した指パッチンを褒められるのは、最高に嬉しい。


 指パッチンを見せびらかしても、なんでか、みんな褒めてくれないから、悶々としていたんだよな。


 まるで、俺が何してるのか、


 ふふふ、しかし、流石は師匠だ。


 師匠は俺の嬉しいところをわかってくれている。


「小僧、その指パッチン、なぜそれほどに極めた」

「えへへ、実はですねーー」


 俺は師匠に『限定法』について話して、より高次元の指パッチンを行う必要性について説明した。


「面白いことじゃな。では、道場内ではスキルを使った攻撃をこれより禁じる。恥はかきたくないのでな」


 え、ズル……。


「…‥ふふん、でもでも師匠、俺は仮にもあの『超人』アルゴヴェーレ・クサントスから一本取った男てですよ? スキルがなくても十分に歳とったおじいちゃんなんてーー」


「いいだろう、ではぶち殺してみるか」

「っ、お、お手柔らかにお願いします!」


 師匠は楽しげに鼻を鳴らして、木刀を構えると、真剣を手にもつ俺へ、勢いよく床を蹴ってむかってきた。

 










         ⌛︎⌛︎⌛︎











 雨の降る崖の都市。


 団結のチカラで、災害から立ち直りはじめた街でもっとも背の高い建物、冒険者ギルドの屋上に人影がある。


 暗い雨空に肉薄するそこで、鼻歌を歌う、その小さな影。

 

 まだ幼い少女であった。


 紫色の髪と瞳、フリルのついた黒いドレスを雨のなか着て、天候相手にもお洒落に余念がない。


 少女の後ろの″黒い獣″は、彼女が雨に濡れないよう、自身が濡れることなどいとわずに大きな傘を彼女のためだけにさす。

 

「雨は好きよ、もうしばらく見てないから、この香りがとっても新鮮だわぁ」


 背後の獣へ話しかけているのか、はたまた誰にも話しかけていない独り言か。


 少女は首を左右にふり、楽しげに笑う。


「あ! ガングルゥ、ミーシャが面白いおもちゃを見つけたみたい! さぁさぁ、急がないと、パーティに乗り遅れちゃうわぁ〜」


 そう言うと、少女の体はとたんに黒い霧となり、雨の空に黒い鳥となって散っていく。


 黒い獣は不器用な動作でおおきな傘を閉じると、ノドを不気味にならしながら雨の都市へと消えていった。



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