第38話 聖女の騎士
「ようこそ、いらっしゃいました、″神威の第七師団″よ」
一連の光景を慈愛の微笑みをたたえ、聖女モードでたたずむマリーの横で、俺もまた出来るだけ表情に変化がない
神殿にはいり、鋼のヘルムを脇に抱えてもつ騎士たちの顔をさりげなく見つめてみる。
皆の顔だちは硬く、目つきは只者のソレではない。
幾つもの戦場を渡り歩いた歴戦の戦士たちの雰囲気が、ありありと、そのたくましき表情と、統率の取れた身の振る舞い、精強なるオーラから感じられる。
これが『
ソフレト共和神聖国がほこる最大の武力にして、最高峰のエリート騎士のみがなれるとされる騎士団。
すべてで10個ある騎士団は、それぞれが″師団″を名乗っているが、実際の構成人数は100人かそこいら。
本来なら数万人クラスの兵団を呼称する呼び方だが、神威の騎士団の騎士たちは、それぞれが″一騎当千″の戦士であるゆえに″師団″と呼ばれているらしい。
流石に盛りすぎだと思うが、そこにツッコムと「ほう、ならば試してみるか?」とか団長あたりが出張ってきそうなので、誰も何も言わない。
「『
神官長は第七師団の騎士たちへ、この数日でジークタリアスが直面した、激動のような出来事を伝えた。
目の前で微動だにせず、神官長の話に耳を傾ける騎士たちは、あの六足獣を倒すために、やってきたらしいので、もう彼らのやることは残っていない。
わざわざ、『灯台の都市』アクアテリアスからやってきたのに、なんとも
「わかりました、討伐が完了しているのならば、これほど喜ばしいことはありません。我々は本来、危機に瀕したジークタリアスを助けにきたのですから、その危機がないことを嘆いたりは致しません。ーーですが、このまま帰るのも忍びない。どうでしょうか、エルヴィン卿、我ら神威の騎士団一同、『崖の都市』の復興にチカラを貸すというのは」
「それは願ったり叶ったりの提案ですな。こちらからも是非ともよろしくお願いしたい、クサントス殿」
神官長は人の良さそうな顔をニッコリとさせ、アルゴヴェーレと握手をかわした。
「しかして、エルヴィン卿、この都市にいるという魔剣士の2人、そしてあの『氷結界の魔術師』パスカルいても攻めあぐねていたとう『
アルゴヴェーレの質問に俺はチラッと神官長の顔を見た。
すると、神官長が俺のほうを手で指し示して、第七師団の騎士たちの視線を誘導しているの気づく。
「彼のことを紹介しましょう。今やジークタリアスの新しき英雄となったマクスウェル・ダークエコーです。幼き頃より、聖女様を側で守りつづけで来た『聖女の騎士』であります」
…………え?
「聖女様をふくめ、多くの冒険者のために、『赫の獣』を足止めせんとした英雄『氷結界の魔術師』を、赤き群より救いだし、さらには昨晩、街の危機に瀕して参上し、蒼き竜を一撃のもとに追いかえした者でもあります」
「おお、何という破天荒にして、凄まじき武勇であることか。うむ、果てしなき強さを感じる。流石は女神の映し身、聖女様を守護する『聖女の騎士』と言ったところ。やれ、ジークタリアスにはどうして、これほどの英雄が集うのか……とても興味深いですな」
顎をしごいて、まじまじと俺を見てくるアルゴヴェーレ。
いや、その呼び方初めてなんだけど。
以前からマリーの騎士に立候補していたが、全部全部、神殿が認めてくれなかったんじゃないか。
神官長の
まるで「そういう事で、ひとつよろしく!」とでも言いたげじゃないか。
第七師団の騎士たちの目線が痛い。熟達の戦士になると、視線にも攻撃力があるのかな。
まぁいい、隣でマリーがそわそわしてるし、俺もついに『聖女の騎士』になることを神殿に認められて、内心では服を脱ぎ捨てて踊り跳ねたい気分なんだ。
ゆえに、カッコよくしておこう。
見つめてくる騎士たち、団長、神官長、まわりの神官たちへ、俺は静かに一礼だけをもって、自分こそが聖女マリー・テイルワットの
「ふふ、本人の納得も得たということで。それではクサントス殿、街の復興へのご協力お願いいたしますぞ」
⌛︎⌛︎⌛︎
第七師団がジークタリアスへやってきた日の夜。
マリーに呼び出された俺は、夜のお祈りが行われる神殿に赴いていた。
昨晩のドラゴン災害のせいもあってか、神殿には通常より多くの信徒たちが足を運んでいた。
あるいは俺の知らない時間が、この状況を作ったのか。
時間の経過で変わらない光景には、えらく安心感を覚えるが、そうでない″少しでも変わった″ものを見てしまうと、ひどくさみしい気持ちになる。
ジークタリアスという街の歴史を、ずっと一緒に見てきたのに、自分だけが取り残される疎外感。
それは、あの森のなかで俺を苛んでいた病気のひとつであり、今も変わらずある悩みのひとつでもある。
お祈りには参加せず、信徒たちの前で言葉を紡ぐマリーを柱の影から見守る。
「ちょっと、あんた、何してんのよ、ほんとに」
「っ、」
いきなり背後から声をかけられピクリと震える。
振りかえると、そこに高位神官の証である純白の礼服を着た老婆がたっていた。
腰の曲がってない、顔に活力が溢れてる姿に懐かしさが爆発して、俺は思わず「ロージー!」と叫んでしまった。
夜の神殿に、やけに声が響く。
「うるさいわねぇ、ほんとに。婆と再開して喜んでんじゃないわよ。あたしはいいの。マリーにもっと構ってあげなさいな。なんで、お祈りに参加しないの、あんた」
「さっきまで、住んでるとこの親父さんの店を修理するの手伝ってたり、サイズが変わったから新しい防具の採寸したりしてて……」
「言い訳はいいの。男だったら、大切な人のことを第一にしなさいよ、宿貸してもらってるハゲたと親父に怒鳴られたって、ぐっと、がっと堪えてみなさいな、ほんとに、そういう所よ。それに、あんたパーシーにちゃんと『聖女の騎士』になること認めてもらえたんでしょ? なら尚更、マリーを第一に考えなさい。というか、あんなボロボロの汚い武器屋に、いつまで住んでんのよ」
「汚い武器屋って……ロージーって
「……そんなことどうでもいいのよ。さっ、途中からでもお祈りに参加するのよ」
ロージーに背中を押され、たたらを踏みながら、たくさん集っている信徒にまぎれる。
マリーと目があったが、今は聖女モードなので特に反応はかえってこない。
ロージーはああ言ってたけど……流石のマリーもこんなんじゃ、怒らない、よな。
⌛︎
⌛︎
⌛︎
「反省文書いて明日の朝までに提出すること」
「めっちゃ怒ってる……」
夜のお祈りが終わった神殿の隅っこ、柱の裏で俺は聖女様のおしかりを受けていた。
いわく、退屈すぎる仕事にたいする心持ちが、俺が一緒にいるのと、いないのとでは、段違いだとか。
それは悪うござんした。
すみません。
「まあ、いいわ。これも罪に数えておくわね♪ まったく、マックスったらあと何回、わたしのお願いを聞いてくれるつもりなのかな〜♪」
正直言って、何度でも聞いてあげれる。
マリーの為なら俺はすべてを懸けることができるのだから。
「マリーのお願いなら、なんだって叶えてみせるさ。俺がマリーに貰ったモノはそれだけ大きい。……それに、なんたって俺はマリーの騎士だから」
「っ……ふ、ふふん、そ、そうよね……マックスはわたしの、わたしだけの騎士様なんだものね」
まずい、ちょっと格好つけすぎた。
恥ずかしさに顔から火が出そうだ。
このままではプラスミドに発火されずとも、燃えてしまう。
「それじゃ! また明日、街の復興頑張ろう、な!」
俺はマリーへ手を振ってすぐさま、その場を離脱した。
⌛︎⌛︎⌛︎
ひとりの青年が赤面して神殿を去っていたあと、神殿の柱の影で悶える少女がいた。
(あ゛あ゛ぁあ〜! マックスがカッコよかった……ッ! そして、わたしの騎士になったぁあ! やったぁああー! 女神ありがとうございます、これからも頑張ってお祈りします!)
「ふふ、むふふ……」
青年に言われた言葉を思いかえし、ひとりニヤニヤと嬉しそうに笑う聖女は、顔を隠しながら静かに自室へと戻っていく。
「パーシー、よかったの? あの少年を『聖女の騎士』に任命しちゃって」
神殿の上階から、不審な足取りでトポトボ歩く聖女を見守りながら、ロージーは、かたわらの豪華な装いの老人へと問いかけていた。
金色の複雑な模様の刺繍がはいった白礼服の老人ーー神官長のパーシー・エルヴィンは、ロージーへ、クシャッとした笑顔をむけて「もちろんさ」と答えた。
「あの少年は″まず強い″から『聖女の騎士』に選ばれたんじゃない、この事が肝要だよ。まず、あの少女のことを大事に考える心、思い、人格、精神に至るまで揃えられ、そのうえで″べらぼうに強く″なければいけない。ロージー知ってるかい、聖女にはいついかなる時だって、『聖女の騎士』がそばにいるモノなんだよ。ーーそれは、クラスが任命された時からずーっとだ」
「あらまぁ、だとしたら、これまでマリーは共和神聖国の基準で言ったら″異様な状態″だったのね。……パーシー、あなたも人が悪いわねぇ、ほんとに。あの少年を『聖女の騎士』に据えることを考えていたなら、言ってあげればいいのにねぇ、ほんと」
ロージーの非難を「そうだねぇ」と曖昧に受けとめて、神官長は楽しげに微笑んだ。
「あの少年は、何か″新しい夜明け″を見せてくれそうだ。若者の物語に枯れた古老が、過度に干渉するモノじゃない。そうだろう、ロージー?」
「そういう物かしらねぇ……」
「はっは、君はとってもお節介焼きだねぇ」」
神官長はそう言って、快活に笑うのだった。
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