第36話 どうしてマリーは可愛いのか/赫のパドロン


「団長、ジークタリアスが見えてきました」


 二つの大地を断崖によって分けた都市ジークタリアスへ、近づく一団がある。


 立派な騎馬が人の数だけ揃えられ、一見して練度の高い戦士の集団だ。

 たくましい上質な馬にまたがる100人以上の精強な漢たちは、統率の取れた動きで街道を駆け、その先頭は今まさに目的地へと到着せんとしていた。


「よし、急ぐぞ、我々『神威しんい騎士団きしだん』が一刻もはやく″聖女様″の戦線へと加わるんだ!」


「「「「はっ!」」」


 集団の先頭をいく、一際ひときわがたいの良い快男児は、つづく戦士たちへ声をかけ、馬たちをより速く駆けさせた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ポカポカの温かい気分で俺は気持ちよく意識を取り戻す。


 陽の光があたっている。

 まぶたの向こう側が橙色だいだいいろに染まる。


 木々が揺れる音とともに、そよ風が吹きぬけていく。


 穏やかな気分だ。

 こんな心地になるのはいつぶりだろう。


 ゆっくりと目を開けると、そこには真上からのぞきこんでくるマリーの愛らしい″寝顔″があった。


 俺は聖女様に膝枕してもらっていたらしいと知り、彼女は俺の面倒見てくれている間に、うっかり寝落ちしたのだと察した。可愛すぎだ。


「……」


 黙したままマリーの寝顔を間近でおがめる。


 自慢ではないが、もし平静を乱したのなら、そのまま気絶する自信が俺には大いにある。


 落ち着いてしっかりガン見しよう。


 形の良い鼻、ピンク色のふっくらした唇はちょっと空きっぱなしで、すこし赤みかがった頬はとっても柔らかそうだ。


 また顔をすこし傾けないと、豊かな双丘が顔を隠してしまうのもエクセレント。


 すべてが素晴らしく完成されている。

 見ているだけで、感嘆のため息がもれてしまうな。


 突然だが、ここに、ひとつの命題がある。


 マリーはどうしてこんなに可愛いのか。


 アルス村でも村一番の美人さんとして、昔からみんなに蝶や花やと育てられていたから余計に可愛くなったのか。あるいは女神に本当に愛されてるから可愛あののか。


 昔、考えたことがあった。


 マリーだから聖女なのか。

 聖女だからマリーなのか。


 【クラス】は神に与えられた役目。

 その者がもっとも輝ける人生の定め。


 だが、あの占い師はクラスにはなんの意味もない、なんて事を言っていた。


 今の俺は、正直、あの老人に影響されてることもあって、クラスとはさしたる意味のない者だと考えるようになってきている。


 マリーが可愛いのは聖女だから。

 聖女だから、マリーがあるわけではない。


 女神だって、びっくりするくらい可愛い子が来たから勢いあまって【施しの聖女】などに任命してしまったんだろう、というのが現状で有力な説だ。


 マリーは可愛すぎるから、仕方ないといえば仕方ないけどな。


 ただ、それでその人の人生の方向が大きく決まってしまうなんていうのか……女神とは、すこしなのではないだろうか?


「……こんなこと、絶対に人前じゃ言えないな」


 鼻腔をもてあそんでくる極楽浄土もかくや、聖女の匂いに、またしてもだんだん眠たくなってくるが、頭を軽く振って眠気を追いはらう。


 しかして、ここはどこなのだろうか。


 見渡せば、あたりに人はいない。

 よく見れば視界には地面がない。


 ここが崖の端だったのだと気づく。


 寝ているのはベンチ。

 かつては真新しかったが、このベンチも俺たちと一緒に雨風にさらされて歳をとったものだ。


 ここまで把握できれば、もうわかる。


 冒険者ギルドの裏手。

 マリーとよく一緒に来た風情ある物見。

 そして、2年前、俺が突き落とされた場所だ。

 

「……ん、ぁれ、わたし、寝ちゃってたのかな」


 マリーが目を覚まして、ぐっと体を伸ばした。


「おはようございます、聖女様。いきなり気絶しちゃって、すみません」

「あ、起きてたのね、マックス。というか、その敬語はもう禁止って言ったでしょ! やめなかったら、うーん……もう膝枕してあげないわ!」

「ぇ、また、してくれる予定だったんですか?」

 

 いったい金貨何百枚積めば、そんなありがたいことしてもらえるのか。


「ぃ、いきなり、倒れられたら、仕方がないからね! 調子が悪そうな子の面倒を見てあげるのも、【施しの聖女】の役目ってことよ」


 そっか、そうだよな、これは聖女としての役目に準じた結果のこと、だよな。うん、知ってた。当たり前さ。


「……でも、二度としてもらえないの嫌だ、から、敬語はやめるよ」

「ふふ、よろしい♪」


 マリーは俺の前髪に、いつくしむように優しく指を通して、温かく笑いかけてくる。


「ん、そういえば、パンケーキは食べたの?」」

「うん、寝てるマックスで遊びながら、全部食べちゃったわ。相変わらず美味しかったかな」

「そっか。俺も食べたかったけど……まあ、あと89回罰は残ってるし、いつか食べられるよな」

「いつかなんて言わず、今から食べにいきましょ! またいつ、崖から突き落とされるか、わからないしね!」

「はは…………それ結構ブラックジョーク」


 世界一のベッドから起きあがり、俺とマリーは冒険者ギルドへと入る。


 マリーがここへ連れてきてくれた理由はわかっている。パンケーキの前に、それを片付けないと。


「あ、待ってましたよ! マックスさん! 本当にお久しぶりです! 大人っぽくなられましたね!」


 顔見知りの受付嬢が感動したようにカウンターから声をかけてくる。


 話を聞いてみると、昨晩のうちに、俺が実は生きていたと聞いて、噂が本当か嘘か、気になって眠れなかったそうな。


 今朝の審問会で多くの市民はマクスウェル・ダークエコーの生存を信じただろうが、まだまだこの事実はジークタリアス全体の認識ではない。数日は各地で俺の生存にリアクションを取られつづけるのだろうな。


 ああ、そういえば″アルス村の両親″にも、報告してやらないと。


「休業中なのに、わざわざ開いてくれてありがとうございます」

「いえいえ、さぁ、奥へどうぞ!」


 受付嬢に案内されて、冒険者ギルドと併設された巨大な格納庫へと通された。


 ここも天井におおきな穴が空いており、ジークの刻んだ罪が色をもっている。


「やあ、これはこれは『不死身』のマックス! また会えて、本当に嬉しいよ、相変わらず元気そうで何より! それに、聖女マリー、君も元気そうだ!」


「こんにちは、ザッツ顧問。ギルドが大変ななか、門を開けてくれてありがとうございます」

「こんにちは。ザッツさんも、顔色が良くて安心しました」


 ギルド顧問ザッツ・ライトと硬く握手をかわして、一言二言挨拶をおえる。


 別に彼に会いにきたわけじゃないが、これは礼儀だ。


「マックス、一応、事情は聞いているだろうが、改めて現在のジークタリアス冒険者ギルドの状況を説明しよう。まず、ジークタリアス冒険者ギルドは、とてつもなーく危機的状況にある。先日の『あかけもの』の討伐のために、大量の投資を行ってしまったことが大きなダメージとなってるのだよ。肝心のグレイグは倒せず、冒険者200人が1ヶ月間とどまれる簡易拠点すべてを破棄、多くの冒険者を失い、昨日のドラゴンの襲撃で格納庫に残っていたリソースも焼かれた。極めつけは、ジークタリアスを代表するアインと、オーウェンの名声の失墜だ。ーーーーああ、いや、マックス、君を責めてるわけじゃない。不幸中の幸い、死んだと思ってたパスカルも助けてくれたし、何より君自身が戻ってきてくれた。これは良い事だ。だが、プラスとマイナスで考えれば…………申し訳ないが、ギルドにとっては良くない状況ということだけわかってくれたまへよ」


 ザッツは申し訳なさそうに、手をあわせて深く頭をさげた。


「わかっていますとも」


 肩をすくめて先をうながす。


「ありがとう、マックス、君の懐深さに感謝しよう。でだ、何がまずいのか。ジークタリアスはこれまでソフレトで唯一ダブルでドラゴン級パーティを保有して、ドラゴン級冒険者の在籍数もナンバー1なことを売りにしてきた。もうそのアドバンテージはなく、先の手痛い失敗は、近隣都市へと帰っていった外部の冒険者たちによって伝えられる事だろう」


 俺はザッツの悲しそうな顔を見ていて、彼が何を言いたいのかを察した。


 つまるところ、ジークタリアスは当分の休業と、評価の急落で多くの冒険者が外へと出ていってしまうことを懸念しているのだ。


 『英雄クラン』は解散、『氷結界魔術団』はたぶん残るだろうが、それも絶対じゃない。


「きっと、私や数人の役員の首も上から切られる。そうすれば、彼女たちだって職をうしなう……」

「ぇ、私もですか、ザッツさんッ?!」


 受付嬢の肩に手を置いて、頭を縦に振るザッツ。


 やれやれ、人の情に訴えかけるのが上手い人だ。


 彼が、俺に何を頼みたいのかわかったので、先んじて答えを言う。


「ザッツ顧問、まず断言しますけど『英雄クラン』は解散しますよ。間違いなく、絶対的に」

「っ、ぅ、そ、そうだよね、わかってる、わかってるよ当たり前だ。自分を殺そうとしたアインやオーウェンとパーティなんて組んでられない、よね」


 やっぱり、このまま同じパーティで、以前と変わらずに活動してほしいなんて、考えていたんだろうか。冗談じゃない、たく。


 マリーもすごい恐い顔してるじゃん、見ろよ、ザッツ顧問。


 しょんぼりして大きくため息をつくザッツ。


 やれやれ、仕方ない。

 

 彼にはこれまで世話になったしな。

 猫級冒険者の頃から、ずっと手塩にかけてーーたぶん″聖女様″のおかげだろうがーーいろいろと厚意にしてくれた。


 ならば、すこしくらい恩返ししたって、いいかもしれないな。


 俺は瞳を閉じて、自分に出来ることを考える。


「ん」


 ひらめき、俺は空っぽの格納庫を見つめて、指を鳴らした。


 ポケットからぼとぼとっと一気に飛び出してくる、真っ赤なソレら。


 ポケットの開閉時間が極めて短いので、乱気流で撃ちだす形となり、格納庫の床にベチャベチャとグロテスクな音が響いてしまう。


 ザッツと受付嬢、マリーはその光景を見て、目を見開き仰天した。


「ぁ、ぁ、ぁ、『赫の獣』ッ?! それもこんな、たくさんッ!? ど、どどど、どこから湧いてきた?! いや、まて、死んでいるのか……!?」


 卒倒する受付嬢を支えて、ザッツは顎が外れるほど口を開けている。


「俺のスキルは知ってますよね。今は余裕があるんで、倒した遺体はすべてポケットにしまってるんですよ」

「ッ!? ま、マックス、まさかドラゴンを君が追い払ったとか、グレイグの群れを単独で撃破したとかいうのは、本当だったのかね?!」

「本当ですよ。ザッツ顧問には、このまだグレイグを全部あげます。未知の魔物、それも『脅威度 Ⅸ 小』の強力な種が、これだけあれば大きなお金を作れますよね?」

「っ! マックス、ああ! マックス、本当にありがとう! 君は最高だ! この恩は絶対に忘れないぞ!」


 少年のように大はしゃぎして、ザッツは大興奮のまま格納庫に並べられた綺麗なグレイグ数十体のもとへと走っていった。


「マックスって本当に強くなっちゃんだね……わたしは、グレイグから逃げる事しか出来なかったのに……」


 マリーが顔を曇らせ、すこし寂しそうにする。

 

「これはマリーを守るための力だよ」

「っ、も、もう、すぐそんな事言う……っ。まったく、本当にマックスは、まったくだわ……ッ!」


 何気なくつぶやいちゃったが、にへーっと笑顔になってくれてる。


 ならいいか。

 マリーが笑顔ならオーケーだ。


 さて、ではここからは本題に移ろう。


 俺の現在の『レベル』そして、2年前あの森で占い師からの聞いた変質した〔スキル〕の確認作業にな。


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