第34話 黒猫とパンケーキ 中編


 2年ぶりのパンケーキ屋の店内は騒然としていた。


 この盛況ぶりの秘密はなにか。


 昨晩のドラゴン災害のせいで、うちの武器屋と同じように天井にポコポコ穴があいているが、店内はもうキチンと片付けられていること。

 そして、皆がいち早く日常を体感する場所として、心の安らぎを提供してくれているパンケーキを求めていることだろう。


 天井が無いのは、さすがに気になったが、これはこれで、満天な感じの青空レストランという風に、なかなかに趣深く、よいものだ。


 俺の感覚では、あの森で過ごした長い時間のせいで、見るモノすべてに懐かしさを覚えてしまう。


 あの皿も、あのフォークもナイフも、そして、ふわっふわの生地の味も何も変わってないはずだ。


 ああ、すこし歯にひっかかるだろう濃厚な蜂蜜の、いい香りがただよってくる。

 太ること間違いなし、昼過ぎの陽光に輝くバターは、ほかほかの小気味良い茶色い生地のうえで、ジュワリと溶けて、とても魅力的にパンケーキをひとつ上の次元に昇華させている。


 はやく食べたい。


 ーーと、俺は感慨を深く、感受性豊かに、となりの席で俺とマリーがただいま到着をまっている絶品パンケーキを食べているカップルをじっと見つめていた。


「マックス、審問会は、どうだった? わたしは出席しないように言われたけど……2人は、どんな具合に?」


 窓の外、壊れた街並みを見つめてマリーは聞いてくる。


 ここまで明るく振る舞っていたが、彼女だってもちろん彼らの処遇について気になっていたのだろう。


 俺はアインとオーウェンに科せられた刑。

 市民らがどんな評価をくだしたのか。

 今頃どうなってるか、今後はどうなるのか。


 淡々と事実を述べてマリーへ聞かせてあげた。


「そっかぁ……。ねえ、マックス、わたしたち、どこで間違えちゃったんだろうね……」


 マリーは寂しそうにつぶやいた。


「……アインは間違えてたし、オーウェンも間違えてた。それに……俺だって、間違えてたんだと、思う。俺たちは同じパーティを組んでいながら、本当の意味で心をかよわせてなんか、なかったのかもしれないね。……俺だって、憧れてたんだよ、あの2人に」


 『拝領の儀』で魔剣士となったオーウェン。

 彼が村へ帰って、さっそく迫りくる魔物群れを、たったひとりで斬り伏せたのを覚えている。


 アインは昔から俺を荷物持ち界のドラゴン級、雑用係などなど、いろいろしゃくに触ること言ってきたが、それでも剣の指南をあおげば、根気よく練習につきあってくれた事もあった。


 彼の口癖は「俺は英雄だからだ」。

 なんだかんだ言って、俺は恨みを募らせた時間より、彼を尊敬していた時間の方が長いのだ。


 かつて『英雄クラン』を結成した時、アインとオーウェンの白熱した伝説の決闘だって記憶に新しい。


 未来になにが始まるのか期待して、胸の高鳴りがおさまらない最高の夜だった。今でも……そう思う。


「……」

「難しいなぁ。わたしもオーウェンには沢山お世話になったのに……今は、あんまり考えたくないって感じでさ。アインは割とどうでもいいんだけど……」


 俺はずっと、2人の魔剣士の背中を見つめてきた。


 きっとマリーも同じだ。


 アインから心は離れていただろうが、それだって長い時間をともにし、冒険をした、伝説を残した仲間であるアインの弾劾なんて見たいわけじゃないだろう。


 それが、厚い信頼を寄せていたオーウェンなら、尚更だ。


 ああ、オーウェン、お前が裏切ったのは、決してただの【運び屋】だけじゃない。その事を考えた上で、なお俺を崖から突き落とさないといけなかったのか?


 馬鹿でクソ野郎なアイン。お前はマリーの可愛さに素直になりすぎた。そして自分に自惚れすぎた。【クラス】に準じるのは大事だが、それにも限度はあるだろうよ。


「ん」


 手を握ってくるしなやかな肌の触感。

 まえを向けば、マリーが俺の右手の親指と中指を白い指でふにふに押して遊んでいた。


 顔は穏やかなもので、何か明るい話題を求めているように見えた。


「マックスの手ってこんな大きかったっけ? それに、指の皮がすごく硬いわ」


 マリーの無邪気な質問に俺は眉をひそめる。


 俺とマリーは同い年だった。


 3ヶ月という時間のへだたり程度ならば、過ごした環境がどれだけ過酷なモノだろうと、そうそう人間は変わりはしない。


 しかし、俺の体の成長はとても3ヶ月に収まるべきモノではない。


 これこそが2年間が存在した生きる証拠だ。


 16歳だった俺は、きっと18歳ちかくまで歳をとっているんだろう。


 今では同年代だった皆が、すこし幼く見えるのだから、逆に彼らには俺が急成長したように見えてるわけだな。


「マックス、中身は相変わらずって感じだけど、ほんとうにたくましくなったよね。すごく大人っぽくなっちゃって……」


 じっと顔を見てくる蒼翠の瞳。

 思わず照れくさくなり、顔をそむける。


「見ない間に本当にカッコよくなったよね! よしよし、流石はわたしのマックスだわ!」

「っ、マリー、じゃなくて聖女様、あんまりそういうこと言われると、その困りますよ……」


 口元をおさえ、嬉しすぎて思わずニヤけるのを隠しながら、ぷいっと顔をそむける。


「グレイグを倒して、パスカルだって助けて、みんなが苦労した、あのドラゴンだって追い払って……もう、わたしのマックスに敵うモノなんてないね!」


「……俺、マリーにいつも助けられてて、だけど、とうとう足手まといが過ぎて見捨てられたって思ってたから、今度は足手まといにならないように、強くなろうって。ひたすらに頑張ってさ……」


「わたしがマックスの事見捨てるわけ……ううん、全部騙されてただけよね。でもでも、それで、『あかけもの』を一撃で倒しちゃうくらい成長するだから、マックスったらやっぱりすごいわ!」

「ふふ、そうかな?」


 本当に頑張ってよかった。

 彼女からの称賛ひとつで全てが報われた気分になる。


「アインとオーウェンは本当に許せないし、アインに限ってはぶっころs……んっん、ぶっ転がしたくなるけど、あの厳しい環境で、生き延びて、長年の悩みが解決しちゃうんだから、きっと、マックスにはピンチをチカラに変える才能あったんだわ」


 正直、努力に関しては自身の才能を感じた。

 

 だが、すべては不思議なじいさんが俺を拾った気まぐれからはじまったことなんだ。


 2年前、雪景色の中で最後に見かけた占い師のことを思いだす。


 今にしてみても、奇妙な出会いだった。

 

 あの老人の導きがなければ、俺は消して限定法なんかを知らなかったし、ドラゴンを倒せるほどの力を手に入れる事はなかっただろう。


 全部、じいさんのおかげだ。

 皮肉を言うなら、突き落としてくれたアインのおかげかな。


「あ、そういえば、マリー、限定法って知ってる? 崖下で会ったじいさんが教えてくれた技で、スキルをパワーアップさせる凄いテクニックなんだけどーー」


「パンケーキ、お待たせしました〜! 聖女様、サービスで10枚おまけしときましたよ〜」


 人が話してるのに容赦なく割り込んでくる男性店員は、ニコニコしてタワーのように積みあがったパンケーキを配膳してきた。


「にゃーご」


「ん? この黒猫って……」


 ふと、鳴き声が聞こえて、足元を見てみると、小さな影がぴょんっと飛びあがる瞬間であった。


 空中、わずかに黒猫と視線が交差する。


「ああ! パンケーキがっ!」

「っ! この泥棒猫、聖女様のパンケーキを盗むなぁー!」


 店員がパンケーキを机に置こうとした、その隙を狙って、黒猫は頭のうえにパンケーキタワーを乗せて、屋根にポッカリ空いた穴に飛び乗ってしまう。


 巧みなる曲芸に思わず感嘆の息が漏れた。


 猫、凄。


「にゃーご」

「あ、逃げちゃうわ!」


 小さなの頭のうえに、パンケーキタワーを乗せた黒猫は、こちらへ一度振りかえり「返して欲しかったら、ついてくるにゃ!」と言わんばかりに走りだす。


 ふと、男性店員の足元を見ると、俺の注文した″ちょこっとチョコパンケーキ″が床のうえで、無残な姿に変わってしまっているではないか。


 ふつふつと、心の底から怒りがわいてくる。


「マリー、ちょっとあの黒猫、許せないんだけど」

「わたしもよ、マックス。人のパンケーキタワーを盗むなんて……絶対に許せないっ、追いかけるわよ!」


 俺とマリーはうなづきあい、すぐさま天井の穴から、屋根へと飛び乗った。


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 マリーとマックスをもっと読みたい方は、2人を無限にイチャつかせるラブコメ(?)的なものを新しく書きはじめたので、興味があったらぜひご覧くださいませ、ファンタスティック小説家の作品一覧からお読みいただけます。一応、過去編にあたるのでそこら辺のストーリーが気になる方もぜひどうぞ。

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