第33話 黒猫とパンケーキ 前編


 パンケーキ屋への道中。


 俺は、つーんとした不機嫌そうな顔で見てくるマリーに困っていた。


 ジェントルマンな態度で接していたはずなのに、どこかまずいところがあったのではないかと、俺ごときの考える礼節では、聖女のマリーをエスコートしきれていないのではないかと、心配になってしまう。


「なんでしょうか、聖女様。なにかご不満な事があればーー」

「その喋り方禁止! もう、マックス、なんでそんな他人行儀なの!」


 ガテン系の快男児たちが、たがいに声をかけあい、快活に通りの瓦礫を撤去していくとなりで、大声をだしてみんなの注目を集めるマリーにビビる。


 俺は努めて彼女から一歩距離を置いた。


「なんで離れるのよ。なんだか、今日のマックスったら、おかしいわ!」

「しーっ、しーっ! あんまり注目集めないで、せっかく生きてジークタリアスに帰れたのに、俺へのヘイトが溜まってちゃいますから」


「…………マックスはわたしと一緒に歩くのが嫌なの?」


 悲しそう眉尻をさげて、マリーは目元をふせた。


 そんな訳がない。

 眼に入れても痛くないっていうのに、一緒に歩いて嫌なわけがない。

 

 だから、頼むからそんな何しても可愛い顔で、泣かないでほしい。本当に困ってしまう。


 それはソレ、これはコレと言うだけなんだ。


「聖女様、嫌なわけがないですよ。光栄です、最高です、幸せです」

「……っ、そんな、いきなり持ち上げたって何も出ないんだからね……っ。とにかく、今日はわたしのエスコートなんだから、しっかりとわたしの要望にーーーーはい、そこ逃げない。ちゃんと手を繋いで歩くこと!」


 マリーに左腕を指をからませて握られ、心臓の鼓動がはやくなる。幸せすぎて、寿命が縮まっていくのを感じる。


「うぅ、なんて柔らかい手のひら……じゃなくて、ぅ、はい……もう諦めました。これでいいですよ」

「やったー! ようやく観念したわね。ふふん♪」


 まずい、緊張で手汗をかいてしまう。

 強く握ってないかな、もうちょっと緩くしたほうがいいか?

 歩幅は俺のほうが長いんだし、歩くスピードもゆっくりに……。


 いろんな事に気を裂きながら、横で嬉しそうな顔をするマリーを見る。


 すると、マリーは少し身を寄せてきて、じゃれるように肩と肩をぶつけて来た。

 見上げる視線と目があって、緊張が最高潮に達してしまう。まずいです、聖女様が可愛いすぎます。


「ふふ、楽しいね、マックス♪」

「……ただ、歩いてるだけですよ、聖女様。あと周りからの視線が恐くて、俺はそんなに楽しめてないです」


 頬を朱色に染めてニコニコ満面の笑みをうかべるマリーが魅力的であるほどに、「こっちは瓦礫撤去してんのに、なに聖女様と楽しんでんだコルュアぁ?!」と男性陣の怨嗟が脳内に直接響いてくるのだ。


 静まりたまへ、ジークタリアスの者どもよ。

 これはデートではなく、罰なのですぞ。

 エスコートという困難な仕事をこなしてるだけなんですぞ。


 念じて、荒ぶる魂を鎮める。


 まったく、マリーは本当に優しすぎる。


 幼馴染だからって【運び屋】の俺にも、ずっと良くしてくれて、放っておいてもいいのに、積極的に関わってくれて……あぁ、やっぱり恵まれてるよ、俺。


「あ、見て、マックス、あそこで女の子が泣いてるわ!」


 白い細指が差す先、せわしなく人々が往来する通りの隅で、しくしくと泣くちいさな女の子がいた。


 マリーに手を引かれて寄ると、彼女は少女の前で膝を折って目線の高さをあわせて声をかけた。


「どうしたの、お母さんとはぐれちゃった? お姉ちゃんたちがいるから、もう安心よ」

「っ、聖女様!」


 女の子はマリーの顔を見るなり、すぐに泣きやみ、満面の笑顔で彼女へとだきついた。


「聖女様、うちのミーシャが降りてこないんです! このままだと死んじゃうんです!」


 女の子は必死な顔で、すぐとなりの木の上を指さした。


 そこには、黒い鳥が2羽ほど止まっていて、毛を逆だてて威嚇する、これまた黒い猫を追いつめていた。


。あれは?」

「数年前からジークタリアスで見られるようになった″カラス″っていう鳥らしいですよ、聖女様」


 マリーは「へぇ」と一言相槌をうち、女の子にニカッと微笑むと、地を蹴って跳躍ちょうやく、驚いて飛び去っていくカラスを尻目に、猫を救出した。

 

「にゃーご」

「ミーシャ! よかった、どこも怪我してない! ありがとうございます、聖女様!」


「いいのよ。お散歩中は、もう目を離しちゃダメだからね?」


 猫の散歩中……だったのか?


「はい! それじゃ、おうちに帰りましょ、ミーシャ」

「にゃーご」


 猫を抱き、家へと帰っていく少女、俺は笑顔で見送る。


「にゃーご」

「ん、あの黒猫なんか俺のこと見てるような……」

「きっと感謝してるんだわ。だから、そんな不安そうな顔しなくて平気よ、マックス」


 俺は別に助けてないんだけどな。

 

「にゃーご」

「……」


 黒毛に浮いた黄色い瞳は、路地に少女が消えるまでずっと俺のことを見つめていた。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



「にゃーご」

「ふーん、あれがうちの庭を荒らしてくれた不確定の崩壊因子ってわけね。まったく、大人しそうな顔してほんとうに恐ろしいわぁ」


 黒猫をだく、ごくごく平凡な少女は肩をすくめて、ため息をついていた。


 昨日、ドラゴンが襲ってきたせいで街はめちゃくちゃ、そこもかしこも、建物の修復のまえの、瓦礫の撤去作業に追われている。


 今朝は何やら英雄の弾劾がおこなわれたとか、なんとか。


 まさしく″混沌″としている。

 この街は確実に壊れはじめている。


 正常に右向きにまわっていた針が、逆回転しようとして全てが弾けて、散ってしまったかのような。


 少女は思う。

 これは面白い状況だと。


「おっと、お嬢ちゃん、危ないぜ」


 少女の前を袖を捲しあげた男が、修繕用の建築資材をかついで通りすぎる。


 足をとめ、目元に影を落とす少女。


 いく手を塞がれた不快感ゆえか、彼女は眉をひそめて、茶色い瞳を一瞬だけ″紫色″の輝きで満たす。


 すると、彼女の足の影が


「っ!?」


 男の足元から″黒いソレ″がはいあがり、息をつかさぬ早業で、彼の首を180度ねじ曲げ絶命させる。


 膝から崩れ落ちる男。


 遺体が地面に倒れこむよりはやく、黒いソレは路地裏の闇のなかへ、遺体を引きずり込んでいった。


 瞬きにも満たない、極めて短い時間の出来事だった。


 少女は前後左右、誰にも注目されてないことを確認して、ホッと小さな胸を撫で下ろす。


「ふふ、まったく、不快だわぁ……そうね。せっかくはるばる遊びに来たんだから、このまま帰るのはもったいないわねぇ。見てるだけで虫唾が走るし、彼らには、もうすこし悪戯いたずらをしてしまいましょ♪」

「にゃーご」

「それじゃ、ミーシャ、手始めにあの聖女をさらって来てちょうだいな。影から隙をうかがい、ひっそりと、けれど素早く、手際よく。その喉元に暗い爪をそえるのよぉ」

 

 少女はニコッと微笑み、取りすぎざまに、路地裏の暗闇へむかって、かかえた黒猫を解き放つのだった。


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 本日はもう1話投稿します

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