第10話 ジークタリアス:ボトム街の様相と異質
「よし、いくぞ!」
豪奢なベッドの横で、白い冒険用衣装に身をつつむ少女は、頬をたたいてそう言った。
マリー・テイルワット。ジークタリアスを代表する冒険者のひとりであり、この数日、神殿の外で姿が見られないと、街中で心配されてる聖女である。
クエスト用の革鎧に着替え、スキル発動用の魔導具『
錬金術ショップで市販されてる品だが、愛用するそれには、聖女の手によるオシャレカスタムが施されている。『
高貴な聖女から、熟達の冒険者にドレスチェンジしたマリーは外出の意思を固め、部屋をでて、神殿のそとへと足を踏みだした。
街を歩くと、久しぶりに拝めた聖女の姿に、卒倒する者たちと、道端で祈りだす者に囲まれしまう。
なんとか人混みから抜けて、走った信者を振りきり、マックスが住んでいた武器屋へ避難する。
「ウィルさん、すこし隠れてていい?」
裏手からひょこっと顔をだしたマリーに、武器屋の店主ウィリアムは、驚いた顔で、あたりを見渡して、店おもての垂れ幕をおろした。
「マリーちゃん、先日の件、俺も聞いたぜ。その、なんて言ったらいいか……」
頭をかき、ウィリアムは困った顔で、頭をかき、複雑な感情からか、マリーを見ることができない。
「あのマックスが自殺するなんて、そんなの天地がひっくり帰ったってありえねぇ話だぜ。なのに、ギルドの連中も、街の野郎どもも、みんなあいつが居たことを忘れようとしてる」
「ウィルさん……」
「安心しろ、こんなの絶対におかしいんだ。こんなイカツイ武器屋のオヤジに頭下げて、住ませてくれなんて
いろいろと問題な、ウィリアムの衝撃の発言に、マリーはなんとも言えない表情をするが、すぐに「川?」と一言聞きかえした。
「アッパー街からじゃ霧が濃くて見えないが、どうやらボトム街の真んなかをぬける川があるらしくてな、そこに落ちれば、崖から落ちても生きれるのさ。可能性は低いがな。だが、あのマックスのことだ、どうせ、絶望して身を投げたって、うっかり川に落ちて、命を拾ってるに違いねぇさ! だから、マリーちゃん、あいつは死んでなんかいねぇんだよ。街の奴らを驚かせに、すぐ帰ってくるさ」
分厚い手に強く背中をたたかれ、マリーが咳き込む。
(そうよね、そう、マックスは意外にうっかりしてるところがあるから、きっと生きてるわよね)
すべてが希望的観測。
なのに、不思議とウィリアムの言葉はマリーの心を温かく、日のもとへと連れ出していく。
「そら、マックスが帰ってくるまで、あいつの部屋はマリーちゃんに預けるぜ。週に1回は必ず掃除したり、予備の防具や剣の手入れもしてるやつだったから、あいつの装備の面倒でも見てやってくれ」
ウィリアムはカウンター下のいくつかの箱のなかから、油で汚れた手入れキットの箱をマリーへ渡す。
綺麗なキットが隣にあるのに、わざわざ使い古された汚い箱。
こんな
だが、マリー本人は聖女あつかいされない事を好む。ゆえに、この汚れた道具箱には、それを知る者の配慮が込められているのだ。
「ありがとうございます、ウィルさん」
「おうよ、好きに使ってくれ。道具の使い方がわからなかったら聞きにきな」
道具箱をうけとり、マリーは彼の部屋のなかへ。
袖をまくり、まずは部屋の掃除から手をつけるようだ。
部屋のなかを嬉々として捜索するマリーは、もう悲観的ではなく、希望に満ちた表情をしていた。
⌛︎⌛︎⌛︎
霧に包まれた街を、歩く男がいる。
薄汚れたボロ布に身をつつみ、いかにも貧しそうだ。
ここはボトム街。
同じジークタリアスである、崖上のアッパー街とは、断崖のなかに掘られたいくつかの通路で繋がっているにも関わらず、上と同じ都市とは思えない、最悪の街だ。
事の発端は、ある犯罪組織と、対峙していたジークタリアスの都市政府との衝突が原因だと、嘘か本当か、影では語られつづけている。
犯罪組織はボトム街へ拠点を置き、
ジークタリアスは冒険者ギルドをともなって、アッパー街に拠点を置いた。
まあ、どうでもいい話だ。
どちらにせよ、今となっては、断絶された二つの街が、ジークタリアスには存在するという事実しか残ってはいない。
「おい、ここを通りたきゃ、通行料を払いな」
無気力に歩いていたボロ布の男が呼び止められる。
すべてに諦めがついたわけではない。
男は思う。
もう何かを望むのは疲れた。
生きる為だけに生きる。
仕事を得る為だけに、仕事をする。
生きていて、何の意味がある。
騙して、騙され。
奪って、奪われ。
殺して、殺され。
みんな心では真っ当に生きたいと願ってるのに、この街では真っ当な奴ほど、地獄を見る。
いつかからか、自分も善良なやつらを馬鹿にして、陥れて、搾取することを正道だと主張するようになる。
こんなの人間のあり方なのか。
ふと、我に帰れば、もう死ぬしかない。
自分のやってきた、愚かさに、不幸を振りまき、街を腐らせる歯車に身をやつしてる己を殺すしかない。
せめてアッパー街へ行けたなら、俺の人生もすこしは変わるんだろうが、それも出来ない。
アッパー街のやつが帰る分には、それほど苦労はないが、ボトム街のやつが上へあがるには、莫大な金を要求される。
男は瞳に涙をうかべ、最後の賭けにでる。
「てめぇ、話が聞こえねぇみたいだな。てめぇはボトム街の人間だろうが。ここを通りたきゃ、さっさと金貨30枚を払いな」
「そんな金ない……頼む、どいてくれ、一度でいいんだ、上の街を見させてくれよ……たった、一度、だけ、見させてくれよッ……お願いだよッ!」
痩せ細った足で、地面を蹴り、走りだす男。
「チッ、無茶しやがって……先生、お願いします」
乱暴な男は、傍らの仕立ての良い礼服を着た紳士へ頭をさげる。
モノクルーー片目眼鏡ーーをかけた、若い紳士は『
「仕方ないか。上へ
使い古された黒の革手袋をした手をスッともちあげ、若い紳士はかるく指を鳴らした。
するとーー、
「ウギャアああ!? 燃える、燃えるゥウああ! 俺の体がぁああ、 熱い、あついアツイアツい、熱いアツいぃいああァァアぁあああ!」
痩せた男は、途端に燃えあがり、悲鳴を上げながら、螺旋階段を転がり落ちる。
男は蒸発する視界のなか、若い紳士を見つめていた。
こいつが、番人、『
内臓をめぐる血の全てが沸騰する激痛に悶えながら、男は死んでいった。
燃え尽きた男の死体を眺め、若い紳士はひとこと謝る。
そして、用は済んだとばかりに、彼は部下にいくつかの指示をだして、大螺旋階段を登りはじめた。
⌛︎⌛︎⌛︎
霧の立ちこめる街の外側。
魔物の勢力圏のいくぶんか手前の森のなかへ、焦げた遺体を運ぶ2人の人間がいる。
「本当に凄い〔スキル〕だよな、あの人のは」
「まったくだ。″スキル強者″筆頭とは、よく言ったもんだぜ」
男たちはおしゃべりしながら、遺体を地面におろして、片方は剣をもって警戒、片方はスコップで地面を掘りはじめた。
ここは毎日のように人間の遺体が運ばれては、埋められる、死体の遺棄場、呪われた区画だ。
今日も男たちは、遺体の処理に明け暮れるのだ。
「あんだけ火力あるなら、二つ名通り葬式も挙げてくれってんだよなぁ」
「本当だよなぁ。あーあ、俺にもあんな凄いスキルがあったら冒険者になって活躍できたんかなぁ……ん?」
剣を片手にランタンを掲げる男が、何か気づいて、森の奥へ灯りをむける。
「どした? 魔物でも来たか?」
「いや、ここらへんには魔物は来ないはずだが……なんか、今……」
あやふやな言葉を残して、二歩、三歩、霧の奥へ足を踏みだす男。
スコップを地面に突き刺し、墓穴をほる男はすこし低い位置から相棒の背中を見守る。
すると、ふいに剣を持つ男が立ち止まった。
どうしたものかと、スコップの男が首をかしげた、次の瞬間ーー剣を手にした男は、膝から崩れ落ちる。
転がってくるのは、
「……ぇ?」
スコップを持った男は、背筋からおぞましい死の手が、伸びてくるのを、察して、スコップを引き抜き、両手で待って構えた。
霧の中から、小さいが獣の息遣いが聞こえる。
「はぁ、はぁッ、はぁはぁ! なんだよ、何なんだよ、なんでこんなところに魔物が……ッ!」
焦る男は、スコップを霧のなかへ投げつけて、走りだす。
が、歩けたのは、ただの二歩だけだ。
「ぁ、ぐ、ぼ……」
パックリ裂けた喉仏。
頭の重さで、どんどん傷口が開いていき、そのままポトリと墓穴の中へと頭部が落ちていく。
「グロゥ」
霧のなかで唸る獣声は、ゆっくりとボトム街へと歩きはじめた。
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