第二章 赫の獣
第9話 ジークタリアス:出来の悪いドッキリ
上から見れば、ボトム街だって美しい。
そこで起きる背筋も凍るような犯罪的日常さえ、景色として希釈されるからだ。
崖の近くのベンチに腰を下ろし、風に煌びやかな金髪をなびかせるマリーは、膝を抱えて、じっと崖下のボトム街を見つめていた。
「マリー」
背後から声がかかる。
「あぁ、オーウェン、おはよう」
「おはよう、今日もいい朝だな」
軽装の革鎧に身を包んだ蒼瞳の青年。
マリーと同じパーティで、サブリーダーを務めるオーウェンは、気軽な足取りで、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「浮かない顔をしてるな」
「そう? うん、そうかも。今朝からマックスが見当たらないの」
「今日は起こしに来なかったのか?」
「そのとおり、マックスったら昨日から帰ってないみたいで」
マリーは寂しそうに呟く。
オーウェンはかたわらの聖女の顔を、じっと見つめ、同じように崖下へ視線を投げた。
「アイツだって、ひとりで行動することくらいあるだろ。マリーはアイツのお母さんじゃないんだから、そんな気にする必要ないさ。大丈夫、必ず、また会える」
「……ふふ、オーウェンってアルス村にいたころから、おかしな言い方する事があるわよね。それじゃ、まるで、マックスともう会えない、なんてわたしが悲観してるようじゃない」
「……そうだな。変なこと言った。そうだ、マリー、何やらギルドのなかが騒がしかったが、何か知ってるか?」
オーウェンは取り繕うように、背後のギルドへふりかえる。
「わからないわ。さっき話を聞きに行った時は、べつに何ともなかったけど、何かあったのかしら?」
マリーはスッとベンチから立ちあがり、オーウェンと共にギルドへと戻った。
二人が戻ったとき、ギルド内は騒然としており、冒険者はもちろん、そうでない一般の市民までもが入り口付近に集まっていた。
何事かと近寄ると、ひとつの机を囲んで、そのうえに置かれた″一枚の紙″に注目してるらしかった。
野次馬たちはマリー達の姿を見つけると、自然とマリーとオーウェンに道を開けた。
「これ、その、なんて言ったらいいか……」
言い淀み、冒険者のひとりが紙をマリーへ。
机のうえの紙、そこに書かれた文字に目を通して、マリーは目を見張る。
(これは、マックスの字……?)
「は……?」
紙に書かれた
自分では、もつパーティの役に立たないこと。
いままでずっと一緒にいて、申し訳ないと思っていたこと。
自分のせいで、より強力なパーティになれる機会を奪っていたことに対する自責があったこと。
そして、罪悪感から逃れるために崖から身投げしたこと。
それは少年の遺書であった。
(嘘、嘘よ、意味がわからない、なんで、どうして? ありえないでしょ! そんなことあるわけない!)
紙を取り落とし、「ぁ、ぁ」と声にもならない、不規則な息を吐いてマリーは崩れ落ちた。
紙を拾いあげるオーウェン。
「そんな、まさか、マックスが、そんな事を思ってたなんて……
力なく首をふり、オーウェンは手紙を机のうえにおく。
マクスウェル・ダークエコーは、ジークタリアス冒険者ギルドでは、ドラゴン級冒険者パーティの『英雄クラン』にいるだけあって、名の知れた冒険者だ。
誰よりも努力する姿勢に、厚い信頼をギルドからも、街の皆からも寄せられていた。
だが、彼の実力不足もまた周知の事実として、触れてはいけない厄ネタのような扱いで確かに存在していた。
ゆえに、遺書を見たおおくの者は納得してしまった。
ああ、やっぱりな、と。
人混みをかき分けて、筋骨隆々なたくましい男がやってくる。
紅瞳の彼は、遺書を手にとると「……なんてことだ!」と、誰よりも少年の死を悲しんだ。
「くそ、俺たちの仲間マックスがこんな辛い気持ちを抱いてたなんて、俺は、リーダーとして失格だ!」
背中に黒い大剣をたずさえた男は、頭を抱えた。
「アイン様は悪くないですよ! こんな辛い結果に終わってしまったのは残念ですけど、きっと、マックスだってリーダーであるあなたが、立ち止まる事を望んでないはずです!」
大袈裟に喚き、膝をつく男ーー魔剣の担い手、『力』のアインを持ちあげる数人の女冒険者たち。
アインは「そうだよな、まだ俺たちは何もしてないんだ、立ち止まるわけにはいかない!」と、ギルド全体のお通夜ムードを払拭するべく激励を飛ばした。
マリーはポカンとして、あたりを見渡し、言葉にできないおぞましいモノを感じていた。
ただの一声で、日常へもどり始めるみんな。
粛々と事実確認が進められ、遺書があった場所、飛び降りた場所に置いてあった遺品など、第一発見者と思われる者たちがギルドへと提出していく。
無機質、淡白な所感。
ギラつく紅瞳が少女をとらえる。
アインは尻込みするマリーのもとへ来て、膝を折って彼女の白い手を握りしめた。
「マリー、マックスの事は本当にすまなかった。俺たちの存在がプレッシャーを掛けていたなんて、思いもよらなかった」
「ぁ、……ぃや、そうじゃなくて……」
マリーは震える唇で、うまく言葉を発せられない。
「だけど、安心してくれよな、悪いことばかりじゃないさ。これから俺たちのパーティはパワーアップする。そうすれば、今までには無理だった危険な冒険にだって挑めるさ! なに、恐いのか? 心配すんなよ、この俺が
「……ッ、ちが、ぅ、わたしを守るのは、マックスの……」
(なんで、どうして、みんな、マックスがいなくなったのに、そんな平然としていられるの?)
マリーは出来の悪いドッキリを受けてる気分であった。すこしすれば、大成功っ! という看板をもったマックスが現れてくれるはず。そう願ってやまない。
けれども、誰も芝居をうってるようには見えないなかった。
目眩がする、頭がいたい。
肩が重くなっていき、このまま押しつぶされて、ぐつぐつに溶けてしまいそうだ。
マリーは気分の悪さに口をおさえ、涙をながす。
そうして、悪夢のような現実をまえに、パタリと意識を失った。
⌛︎⌛︎⌛︎
ーー数日後
マックスの捜索は気持ちばかり続けられ、その結果として、崖下へ身を投げた可能性が高いとされた。
なによりも彼の字による
それが、決定的になり、マックスは自殺した冒険者として、街中の話題になり、皆に語られーーそして、もう忘れられそうになっている。
マリーはこの数日、神殿から出ていなかった。
ギルドへ顔をだすこともなく、ただ淡々と聖女としての役目に身を預ける日々。
部屋のなか、豪奢なベッドのなかふとんを頭からかぶり、マリーは膝を抱える。
(……何してるんだろう。わたしは、何のために今まで聖女として頑張って、すこしの時間だけでも、マックスと一緒に並び立とうと努力して来たんだろう)
ーーコンコン
ノックされる音。
扉が開いて、ゆったりした足音が入ってくる。
「マリー、いつまで塞ぎこんでいるんですか? 過ぎ去った者はもどらない。普段から、そう教えてるじゃないですか。さあ、顔をおあげなさい。今、頑張らなくてどうするですか、ほんと」
「……ロージーは黙ってて。聖女の務めなら果たしてるでしょ。ほっといてよっ!」
老婆へ、
レベル82の彼女の腕力ならば、もはや投石にも等しい。
ロージーは尻餅をついて、驚いた顔だマリーを見つめかえす。
しかし、すぐに眉をひそめ、普段なら活力溢れる顔を寂しそうに歪めると、そっと歩みより、マリーの白く若い手を、しわしわの皮の厚い手で力強く握った。
「いつも元気に挨拶してくれるマックスに会えなくて、わたしもとっても辛い。だけどね、マリー、あなたは頑張らなくちゃいけない。頑張れるのは、生きている者の特権なの。命ある限り、頑張って、耐えて、前は進まないといけない」
「ぅぅ、ぁぁ、うぅう! こんな、事になるなら、わたし、マックスに、もっとちゃんと気持ちを伝えるんだった……! あたしがマックスの側にいつでも、居てあげれたら、こんな終わりはなかったのに……! ぅぅう、わたしの、呪われたクラスのせいで……! ぁああ、ぅうぅ、……」
自身の境遇を呪い、恨み、忌む言葉。
ふつうの高位神官前ならば、女神への侮辱で相応の処遇が決まっていても、おかしくない。
しかし、老婆は年季に厚くなった小さな手で、マリーの肩に手をまわし、優しく肩をたたくばかりだ。
少女は、老婆の胸をかりて、ひたすらに泣きつづけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「面白い!」「面白くなりそう!」
「続きが気になる!「更新してくれ!」
そう思ってくれたら、広告の下にある評価の星「☆☆☆」を「★★★」にしてフィードバックしてほしいです!
ほんとうに大事なポイントです!
評価してもらえると、続きを書くモチベがめっちゃ上がるので最高の応援になります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます