第11話 ジークタリアス:新しい仲間

 

「よしっ、こんなところかな。マックスたら、綺麗に部屋を整頓しすぎてて、とっても掃除が楽ちんじゃない」


 少年の″やり通す″一面を見れて、改めてニヤニヤと笑みがこぼれてしまうマリー。


 しかし、思春期男子の部屋に絶対あるというスケベな本を見つけられなくて残念そうだ。


 マリーは武器屋の店主ウィリアムへ、一言告げて、店をでるとおおきく伸びをした。


 時刻は昼過ぎ。


「そろそろ、ギルドに行かないとね」


 リーダー招集が掛かったので、きっとクエストの算段を立てるのだろう、とマリーは考える。


(マックスがいなくなったのに、すぐに取り直せるアインとオーウェンは凄いと感心するけど、なんだかとっても冷たいように感じるのは、わたしが変なのかなぁ……)


 マリーは道すがら、拭えない不安に駆られていた。


「でも、大丈夫、必ず生きてるんだから。マックスが自殺になんて、成功するはずがないし……きっと、ボトム街でトラブルにでも巻き込まれて……」


 口に出してみると、それはそれで恐ろしいことだと、マリーはひとりでに戦慄、今度、アインやオーウェンを連れて探しにいこうと決意をかためた。


 そうこう考えごとをしてるうちに、ギルドへ到着。


「おう、マリー、来たか。こっちだ、早く座れよ」


 黙して一瞥いちべつしてくるオーウェンと、手をあげて迎えてくる満面の笑みのアイン。


 同じ魔剣の担い手なのに、ふたりは火と水のように違うよね、と益体のないことを考えていると、マリーの視線は自然と同じ席に座る、もう一人へと向けられた。


 くるりと巻かれた茶色い髪。

 蠱惑こわくてきな桃色瞳に、胸元の空いた服。


 自身より、やや歳上の知らない女性に、マリーは眉根をよせて困惑した。


「それじゃ、紹介といこうか。彼女の名前はデイジーって言ってな、俺の知り合いだ。クラスは【幻術師】、スキルは〔幻術げんじゅつ〕っていう珍しい魔法を使える貴重な人材なんだぜ」

「はぁ。えっと、よろしく? デイジーさん」

「はい! よろしくお願いしますです、聖女様!」


 とりあえず紹介されたので、マリーは反射的に自己紹介をして頭をかるくさげた。


 ニコニコ嬉しそうな笑顔をうかべるデイジー。

 素直そうだが、なにも考えてないような天然トラブルメーカーの香りが感じられる。


「えっと、それより、この人はどうしてここにに?」


 マリーは首をかしげて、アインとオーウェンへ問いかける。


 オーウェンは瞑目して、返答権をアインへ投げた。


「はは、なにって、決まってるだろ、マリー。彼女がだ。見ればわかるだろ?」

「……は?」


 この男は何を言っているのだろう。

 なんで新しい仲間を迎えているのか。


 足元がぐらつき、今でも夢だったと思うあのマックスの遺書を読んだ時の、激震に似た感覚がマリーに襲いかかる。


 生唾を呑みこみ、目をパチクリさせる。


 そんな、マリーを見てオーウェンは、「……まあ、とりあえず座ったらどうだ」と静かに告げた。


 助言通り、席について、頭を整理するマリー。


(待って、待って、新しい仲間を迎えるってことは、もしかしてアイン達はマックスを探さないつもりなの? まだ死んだことが確定してもいないなに。ボトム街にいる可能性を切り捨てるつもりなの? なんでそんな事ができるの?)


「ねぇ、マックス、は……?」


 マリーは恐る恐る、言葉をつむぐ。


 今にも泣きそうに蒼翠そうすいの瞳を濡らして、リーダーであるアインへ顔をむけた。


「マックスがいたせいで使えなかった席をこれからは有効に使えるわけだな。ほら、俺たちのライバルの『氷結界魔術団』は、パワーもあって、いろんな手段と解決法を用意してるだろ? 俺たちの『英雄クラン』も絡め手が欲しいと思ってたんだよ。純粋なパワーなら、俺とオーウェンの二強で十分だからな!」


 自身の計略に酔いしれるアインが、唖然とするマリーを見て、ニヤリと満足げな笑みをうかべた。


「……」


 アインの紅瞳の宿る、隠せない狂熱の視線を見て、オーウェンはひとつ咳払いをして、アインの腕を掴んで立ちあがった。


 頭のうえにクエスチョンマークを浮かべるアインを、自分たちの話し声が聞こえないあたりまで離して、オーウェンがアインへ耳打ちする。


「マリーは心優しい聖女だ。万人に等しく高潔であり、誠実であろうとする」

「ああ、だけど、見たか? あれは完全に俺に惚れてる。そうだっと思ったが、今確信したぜ。新しい女を連れてきたら、あんな顔するんだもんな。聖女なんつっても、この俺のまえじゃ丸裸も同然さ」


 オーウェンは特段表情を変えず「ああ、そうだろうな」と肯定をしめして、ニヤリと張り付いたような笑みを深めた。


「ただ、アイン、今のうちにマックスの事はしっかりとカタをつけておいた方がいい。……あとあとに響く。マリーは万人に等しくあろうとする、と言ったろ。ならば、彼女が仕方なく助けを差し伸べていたマックスを、このまま見捨てる事は、彼女に与えられた役目クラスが許さないだろう」

「なるほどな。たしかにお前の言う通りだ。流石は、使だぜ。お前が仲間でマジで助かる」

「いや、いいさ。俺はデイジーと楽しませてもらう」


 オーウェンは背後でウィンクするデイジーをチラリと見た。


 無邪気に笑う巻き髪の少女。

 名高い英雄と知己の仲になれることを単純に喜び、そしてこれからの冒険に胸を躍らせているようだ。


「にしても、聖女なんて可哀想な役目だぜ。俺が今すぐに解放してやるから待ってろよ。……それで、オーウェン、どうするよ。マリーの気を満足させる方法は」

「それは、本人に聞いたほうがいい。出来る限り、要望にそわせよう」


 オーウェンはそう言って、踵をかえし、アインとふたり新メンバー紹介の席に戻った。


「ああー、マリー。マックスが生きてる可能性が、万が一にも存在する。聖女である君は、あいつを助けない訳には行かないんだろ?」


(ッ、何だかおかしな言い回しだけど、アインたちもマックスの生きてる可能性を考えてくれてるって事ね!)


 マリーは曇りの表情を好転させた。


「そうよね、マックスは生きてる! だから、ボトム街へ彼を探しに行きましょ! きっと何かトラブルに巻き込まれて戻ってこれて無いだけだから、迎えに行ってあげないと!」


 元気になったマリーに気圧されるアイン。


「や、やけに積極的だな……まあ、いいか。よし、それで行こう。だが、マリー、ボトム街は危険だから、2、3日探していなかったら、その時は諦めてくれるな?」


 アインは考える。


 探したくもないのに、役目を全うするため、可能性なんて無いクズのために時間と労力をさく。


 こんな良い女なら、間違いなく自分に釣りあう。


 アインは手のひらで口元を押さえた。

 笑いが止まらなかったのだ。


 マックス、お前の無意味な人生にも、俺とマリーを引き合わせた事のぶんだけは意味があったらしいぜ。


 俺は選ばれた人間。

 お前は選ばれなかった人間。


 だったら、この結末はすべて決まっていたんだ。

 俺は、俺に与えられた役目に準じているだけだぜ。


「ふ、はは、はは……」

「アイン」


 アインは、オーウェンの一声で我に帰る。


 席につく3人、マリー、デイジー、オーウェンを順番に見渡して「よしっ、それじゃボトム街に行くか」とリーダーシップをとって、立ちあがった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 雪がしんしんと降る、深い森。

 川の流れに逆らうように、ひたすら登っていく。


「マリー……俺のこと、覚えてるかな……今、ジークタリアスはどうなってんのかな……」


 自分で課した呪いに打ち勝った達成感。

 己が積みあげた時間が、価値保証されない不安。

 そして、二年というあまりに長すぎる断絶の後悔。


 ときおり、川の水を飲んでは、ひたすらに上る。


「……」


 ある時、気づく。


「……雪、やんだな」


 いつしか、自分の周りの風景が、冬ではなく春に切り替わっていることに。


「ぇ、俺、


 俺は、背後を振りかえり、自分が奇妙な何かに罹患りかんしてることに気づきはじめていた。

 

 

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