#145 旭
「この空気で自己紹介しろって新手の拷問かよ……」
声から渋々と言った雰囲気を漂わせながら旭くんが口を開いた。
彼が紹介ページに乗っている姿のままなら、きっと画面の向こうでは鋭い目つきを更に尖らせて、癖のある白髪を弄りながら喋っていたことだろう。
わたしも自己紹介が嫌いだから今の彼の気持ちは痛いほど共感できるし、可能なら自己紹介とかいう悪しき文化を今この場で断ち切ってあげたいとも思う。
しかし非力な先輩であるわたしにはやる気に満ちた息吹ちゃんの圧を跳ね除けるほどの勇気も気概も無かった。
悲しいが彼にはこのまま冷え切った教室でクラスメイト相手に自己紹介するあの拷問に似た環境のなかで頑張ってもらうしかない。
「ぇーっ、あー、
「………」
「………」
「え、終わり?」
「……っす」
いやいや、わたしの高校の自己紹介ですらもうちょっと趣味とか特技についていろいろ語った記憶があるぞ。……特にないって言ったような気もするけど、きっとそれは気のせいだろう。
「………」
先程まで意気揚々と息吹ちゃんを煽り倒していた人物と同じとは思えないぐらい、今の旭くんは借りてきた猫の状態だった。
強烈なクソガキキャラのせいで一瞬にしてイメージが上書きされてしまっていたけど、思えば集合時間に二人きりになったときも無言で気まずい空気と時間がひたすら流れていた。
多分、彼は配信者に多い身内には口が回るけど初見には人見知りするタイプと見たね。……それってわたしじゃん。
「ほら見てシアちゃん。旭くん、私が自己紹介してるときはあんなにイキってたのに自分の番になったら牙の抜けた小動物みたいにしてるよ」
「絶対あれデスクトップの何もないところで右クリックと左クリック交互に連打して気を紛らわしてるね」
「うるさいよキミたちぃ!?」
わたしが旭くんに親近感を覚えていると、ここぞとばかりにさっきのお返しに煽り始める息吹ちゃんと亜彩さん。……息吹ちゃん結構根に持ってない?
思わず大声でキレる旭くんだったが、わたしの存在を思い出したのか次の瞬間にはスンッと黙ってしまった。
これ、一方的に親近感を覚えたはいいけど、一人ぼっちのわたしに対して向こうは同期三人でわちゃわちゃしてるの、冷静に考えたらアウェイもアウェイだな。
いや、でも学校でトモちゃんのグループに後入りで仲良く出来たわたしのコミュ力を持ってすれば、既に形成された四期生の仲に入り込むことは不可能じゃないはず……!
「あー、その、ご趣味は?」
「FPSなどを少々……」
「えー、っと、特技は?」
「……特に……ない、……っすかねぇ」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
絶対に新人ライバーの面接だけはやらないと決めた瞬間だった。
「あ、そうだ。どうしてあるてまに入ったんですか?」
数秒前に面接はやらないと決意したのに、質問内容が面接っぽくなってしまった。
でも息吹ちゃんは声の仕事をしたいから声を使う活動をしていると言っていた。
活動方針と所属理由はまた別だけど、話を広げるには直前のネタからサルベージするのが一番良いと思っての話題提供だ。
わたしの問いに旭くんは一瞬だけ考える素振りを見せ、
「流行ってるから応募したらなんか受かったっすね」
「あ、はい」
思いの外あっさりした答えだったが、これに関してはあるてまに入った理由を聞いたわたしが悪かったと反省する。
VTuber文化の根付いていない過渡期ならまだしも、黎明期も終わりを迎えた今はもう応募するのに御大層な理由を持っている方が珍しい。
大抵が元から配信者をしていたとか、クリエイターだったとか、そういう人たちがスカウトされたりオーディションに応募して、何かしらの適正を見出されて合格するケースが最近は増えつつある。
多分、旭くんもそういうタイプだろう。
流行りに乗っただけなんてけしからん、と思われるかもしれないが、むしろ自分のスキルを活かせるから応募しているだけ、ちやほやされるために応募したわたしなんかよりよっぽど健全だと思う。
流石にこんな空気のまま自己紹介を終えて次に移るのも亜彩さんに申し訳ないので、もう少しだけ会話を試みる。
出来る限り面接っぽくなくて、それでいて当たり障りのない……
「あ! そういえばお礼言ってなかった! 急なコラボの誘いなのに引き受けてくれてありがとう!」
「ぁー、別に礼はメッセに書いてたんで気にしなくて大丈夫っすけど……、てか新人の俺らが先輩と絡める機会の方が貴重なんで、こっちが助かるっていうか。いやそもそも俺は別にコラボとかどっちでも良かったんすけど息吹がやるってうるせーから渋々ここにいるというかなんというか……しゃいっ!!」
後半になるに連れて早口でモゴモゴと喋る旭くんだったが、最後は大声で誤魔化すように叫んだ。
分かるよ。
頑張って喋ったは良いけど言わなくていいこと言ったり支離滅裂になったり、そういうのはとりあえず大声出しとけば全部帳消しになると思うよね。
突然の大声に亜彩さんがギャーギャーと文句を言っているけど、勝手に同族認定して親近感の湧いているわたしはスルーしてあげよう。
そういえば、
「我王とは結構仲いいの?」
このコラボが実現したのは我王がキッカケだ。
アイツが話を持ちかけてきたから旭くんとコンタクトを取ることが出来たし、人見知りっぽい旭くんも難なく話に乗っかってくれた。
やはり話を盛り上げるには共通の友人──わたしと我王が友人かどうかは置いておく──の話題は鉄板だろう。
「まあ……、それなりに気にしてくれてるんじゃないっすかね。ここって男の数が少ないんで」
あるてまに男は一期生のベントー先輩、相葉京介、二期生の我王神太刀と戸羽乙葉、三期生の園崎道幸、そして四期生の旭くんしかいない。
ベントー先輩は配信もせずにあるてま内で時々建つゲームのマルチサーバーで一人黙々と遊んでいるし、相葉京介は女性配信者からのコラボが殺到しているし、戸羽乙葉も過保護な女性リスナーに囲われているし、園崎さんは仕事と腰痛に悩まされるおじさんだから、我王にとって旭くんはようやく出来た年の近い対等な後輩だから何かと世話を焼いているんだろう。アイツ結構面倒見良いしね。
「………」
「………」
そして、また無言の時間がやって来た。
共通の友人の話題は鉄板で盛り上がるネタと色んな本やサイトで書かれていたが、よくよく考えたら我王のネタなんて特に掘り下げることもないし盛り上がるとも思えないので、すぐに話題は尽きてしまった。
ここでわたしが我王にまつわるネタでも提供できたらいいんだけど、生憎アイツにそこまで思い入れはないから続く言葉は一切湧いてこなかった。
旭くんも我王の話を続けなかったということはきっとわたしと同じ思いなんだろう。いや、単に旭くんが会話が苦手なだけで、そんなまさか我王のやつ目をかけている後輩からもぞんざいな扱いされてるわけ……。
「次、シアちゃんの番だよ」
完全に空気が死んだのを見かねた息吹ちゃんが、流石にこれ以上の続行は不可能と判断して選手交代を宣言した。
後輩に助けられる先輩の姿は情けないことこの上ないけど、今更そんなメンツを気にしてたらVTuberなんてやってない。……これから尊敬を込めてましろさんと呼ばせてもらおうかな。
「いやいやまじでムリだって。さっきより空気淀んでるから、一旦換気して換気」
「俺は……弱いっ!」
「クソ雑魚乙」
「うるせー会話ブロンズ舐めんな伸び代しかねぇだろ」
「伸び代がないからブロンズ止まりなんだよねぇ〜」
いやわたし以外相手にはやっぱり饒舌だな旭くん!
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