#144 息吹ましろ
「改めまして、息吹ましろです。普段は雑談とかASMRをメインに活動してます。今回は尊敬する黒猫さんからコラボのお誘いを頂いたということで、とても緊張してます! 失礼なこととかあるかもしれませんが、よろしくお願いします!」
自己紹介を聞きながら、あるてま公式サイトのタレント紹介ページを見る。
息吹ましろのページを開くと、ピンクとホワイトのグラデーションに彩られた長髪の少女が画面に映った。
紹介ページでは腰から上までしか表示されていないから分からないけど、たしかTwitterに公開されている三面図では膝裏ぐらいまで髪が伸びていたはずだ。
「あれあれ、なんか良い子ちゃんぶってない?」
「なんかいつもより声のトーン高くない?」
息吹ちゃんを冷やかすように亜彩さんと旭くんが野次を飛ばす。
さっき息吹ちゃんが二人のことを子供っぽいと言ったせいで、すっかりわたしの中で二人のことはクソガキコンビというイメージが定着してしまった。
「せんぱーい、コイツこんな真面目ぶって仕切ってますけど、普段は超が付くポンコツなんであんま頼りになんないっすよ」
「いつもはうちらが介護する側なんで。なんか先輩相手に張り切ってるけどどうせすぐ化けの皮剥がれますよ」
「だーかーらー、自己紹介してるんだから邪魔しないでよー! しかも折角いい感じに話してるのに、私のダメなとこバラしちゃうなんて! それならこっちも旭くんとシアちゃんの邪魔しちゃうよ!?」
「別に息吹みたいにダメなとこないから平気ですけど? むしろ良い子ちゃんの息吹に人のダメなとこ笑えっかなー」
「もうさっき嫌ってぐらいダメなところ晒されたから何でもいいよ。どーせうちは社会不適合者なんでー」
「な、なんかごめんね?」
「謝んなよ」
「きまずっ」
この三人、放っておくとこっちが会話に参加する隙がないぐらいハイペースで会話が進んでいく。煽りを会話とカウントしていいのかは微妙なところだけど。
このままじゃ先輩なのにクラスに一人はいる、複数人で集まると途端に会話に参加できない子や並んで歩くと一人だけ後ろを歩いてる子になってしまう。
先輩の威厳を取り戻すために、ここは無理矢理にでも会話に参加して自己紹介トークを広げなければ……!
「い、息吹ちゃんはASMRとかやってるんだね! 最近流行ってるし良いと思う!」
良いと思うってなにがだ。というか何様目線だ。
とりあえず会話の主導権を握ろうと思って適当なことを口にしてしまった。
しかし息吹ちゃんはわたしの拙い会話の糸口もしっかり見逃さず、
「実は声のお仕事に興味があって! それでASMRに挑戦してるんです!」
声の仕事がしたいからASMRをやっている、というのは中々ズレているというか目の付け所がシャープではあるけど、近年インターネットの普及で素人でも同人音声を販売できることを思えばあながち間違っていないのかもしれない。
VTuber自体が声の仕事と言えばそれはそうなんだけど、ASMRなどの専門分野に特化していれば、将来的にメディアへの露出が増えると声優とかのオファーが舞い込んでくる可能性は高くなるはずだ。
デビューから半年も経っていないのに、ちゃんと自分の夢を持って活動している姿は後輩ながら感心してしまう。
「あ、黒猫さんさえ良ければ四期生コラボが終わった後にソロでコラボしませんか……? 黒猫さんのASMR、ぜひ一度聴いてみたかったんですよ」
「え」
「Discordだとバイノーラルマイクが対応してないんでオフでやることになると思うんですけど、どうでしょう」
まさかの四期生コラボが始まってすらいないのに、次のコラボの約束を取り付けられてしまった。
いや、遠慮なく断ればいいだけの話なんだけど、わたしの乏しいコミュ力と下手に大人の世界を知ってしまった今の黒猫燦では無遠慮に断るということも中々難しい。
ここは……、
「い、一度社の方に持ち帰って検討させていただきます……」
「はい! よろしくお願いします!」
くっ、無力なわたしを許してくれ。
しかし改めて息吹ちゃんの立ち絵を見てみると、瞳はおっとりとしていておとなしい印象を感じさせるのに、胸は凶暴なぐらいデカくてギャップが凄まじい。
それはもう、オフショルダーのニットから覗く谷間が零れ落ちそうなぐらい大きい。
あるてまは全年齢コンテンツのVTuber事務所だけど、立ち絵とASMRという情報だけなら息吹ちゃんは個人で活動しているちょっとエッチなVTuberと言われても違和感がない。
そんな相手とコラボはなんていうか、ほら、ちょっと、ね。
いやまあ、息吹ちゃんは普通に健全なASMRやシチュエーションボイスで活動してる真面目な子なんだけど。
「ほら、次は旭くんどうぞ」
「え、ふつーにムリなんだけど。改まって自己紹介とか恥ずいだけでしょ」
「ちょっと、先輩に対して失礼だよ」
「まあ、ちゃんと名前は名乗ったんだし同意。というかシロが勝手に仕切って自己紹介始めただけじゃない?」
「うっ、それはそうだけど……」
クソガキコンビの言葉に息吹ちゃんは先程までの勢いを失ってしまった。
一見すると先輩の前で偉そうなことを言っている二人だが、元はと言えば仕切りだしたのは息吹ちゃんだ。
普通は初見の人相手にはちゃんと自己紹介をして自分のことを知ってもらう、というのが一般的なコミュニケーション方法だが、こと配信者界隈では名前だけ名乗って後は成り行きでゲームや煽り合いをして自然と仲良くなるケースも珍しくはない。
恐らくクソガキコンビの二人もそういう界隈出身で、ちゃんとした自己紹介なんて今更むず痒いんだろう。ちなみに高校の自己紹介ですら失敗するわたしから言わせれば、自己紹介なんてクソ食らえである。
とはいえ、息吹ちゃんは頼りない先輩であるわたしの代わりに進行をしてくれただけなんだ。元の元を辿れば先輩として仕切るはずのわたしが仕切れなかったのが悪い。
別に黒猫燦を相手に企業所属だからとか先輩後輩だからとか、そういった理由で形式としての自己紹介をちゃんとする必要なんてないと思うけど、折角後輩が気を利かせてくれたのに乗っかれないのは先輩としての名折れだろう。
ここはいっちょ助け舟でも出しますか、と自分の尻拭いをするだけなのに都合良く考えていると、
「泣くよ」
息吹ちゃんが震える声で言った。
「これ以上イジワルするなら私泣くから。先輩の前とか打ち合わせとか関係なくわんわん泣くからね。黒猫さんがドン引いてもやめないから」
「お、おい」
「やばいって、謝りなよ旭」
「え、俺ェ!? お前も謝れよ!」
「なんでも良いからとりあえず謝っときなよ、面倒になる前に」
「はぁ……、泣けばどうにかなると思ってる女ってめんどくせー」
「うわ出た女性軽視。それ炎上します、ハイ録音した。今すぐ謝って。シロに謝って。あとうちにも謝って」
「俺が泣きてーよ、てかやっぱお前も悪いだろこれ」
「ごー、よん、さん、」
「カウントダウン始まったぞ!? ふつー泣くのにカウントダウンあるか!? 実は結構余裕あんだろ息吹ィ!」
「にー」
「あぁもうすみませんでしたぁ! 自己紹介すりゃいいんだろ、すればぁ!」
「いち」
「え、これもしかしてうちも謝るやつ!? え、なんかすみませんでした。やれというならやります、はい」
「ぜろ、……許すよ」
そして、先程までの騒がしさはどこへやら。
わたしの言葉を待っているのか、誰も喋らなくなってしまった。
じゃあ、一言いいか?
「なに見せられてんだわたし」
同期でイチャイチャしやがって!
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