#143 四期生
「………」
「………」
「………」
「………」
沈黙の帳が場を支配して五分、空気はとうの昔に死んでいた。
旭くんから返事をもらった日の夜。
打ち合わせ兼顔合わせということで通話をすることになったわたしと四期生たちだったが、集合時間の八時を過ぎてもDiscordに集まったのはわたしと旭くんだけだった。
まあ、夕方にいきなり今日の八時ぐらいに打ち合わせで~と軽いノリで集合を掛けてしまったから遅れるのは仕方がない。リアルの都合とか考慮せずに即断即決したわたしが悪いんだ。
でもさ、ロクに話したことのない相手とDiscordに二人っきりって気まずいじゃん!
向こうも「ども……」って挨拶以降全く喋らないし、こっちもそんな相手に無理矢理話しかける勇気なんてないし。
早く来てくれ~とまだ見ぬ後輩に祈っていると、集合時間から五分ぐらい遅れて新しい参入者が通話へやって来た。
「す、すみません遅れました、
「あ、はい、大丈夫です」
実家住みの彼女は家の用事で少し遅れると事前に連絡があった。
少し息が上がっているのは急いで用事を済ませたからか、それとも先輩相手に緊張しているからか。
兎も角、ようやく来てくれた旭くんの同期にこの気まずい空気をどうにかしてくれーと祈っていると、やはり緊張していたのか無言になってしまった。
マウスのクリックとキーボードのタイピング音、そしてたまに響くタンブラーが机を叩く音が妙に耳に突く。
ここは先輩として率先して会話をしたほうがいいのか、と思いつつもあと一人来ていないのに先んじて二人と仲良くなってしまったら遅れてやって来る子が可哀想じゃないか? と杞憂して中々言葉を紡げない。
あー、早く来ないかなーと悶々しながら──PCの時計は八時三十分を回った。
約束の時間から三十分オーバーである。ちなみに事前連絡はない。
流石にここまで来るとちょっと遅れるのは仕方ないよねーという範疇を超えるもので、通話越しでも分かるぐらい旭くんはイライラ、息吹ちゃんはハラハラしていた。
そして、
「すんません! もーしわけない! 寝坊しました!」
最後の一人、
◆
「………」
「………」
「………」
「………」
亜彩さんが通話に参加してから五分が経った。
しかしその間、誰も喋ることはなく、ただひたすらに無言の時間が経過していた。
一人は苛立ち、一人は罪悪感、一人はそんな二人の板挟みで、自分から喋ろうという意識が削がれてしまったのだろう。
「えー、っと」
気まずい空気の中、流石にここは先輩として自分から会話を始めようと口を開く。というかこのコラボだってわたしから誘ったようなものなんだし、やっぱり自分が中心になって動かないと。
とりあえず最初は遅刻のフォローだ。
「ね、寝過ごすとかよくあるよねー。わたしもディスコでミーティングするとき結構遅刻するし」
「コイツ、毎回遅刻してるんすよ。寝坊、迷子、ど忘れの常習犯なんで」
「……うっさい」
旭くんの解説に亜彩さんが小さく言い返した。
ま、まあ、配信者って社会不適合者が多いとかネタにされるぐらいだし、遅刻なんて普通だよ。いや、普通じゃダメなんだけどさ。
かくいうわたしも寝坊、迷子、ど忘れ、そもそも確認不足と大抵のやらかしを経験してきたので上手いこと擁護しようにも説得力がなさすぎて何も言えない。
「だいたい? 朝に送ったメッセージ夕方に確認するとか遅すぎんだろ。どうせ朝寝て夕方起きて返事だけして、また二度寝して今起きたとかだろ? 寝すぎだろ、ゴールデンハムスターかっつーの」
「はー? アンタこそ朝っぱらから業務連絡送ってくるとか非常識でしょ。配信者は朝寝るのが仕事なのにさ。てかゴールデンハムスターってなに。まさかお前うちのことそんな目で見てんの? はーん、愛らしい小動物ってわけね、照れるわ」
「普通は朝起きんだよ! ちなみにゴールデンハムスターは一日十四時間以上寝てる。お前にそっくりだよな、ホラ、丸っこいとことか特に! ハハハハ!」
「は? なにそれまじムカつく。てか配信者に常識求めんな」
う、うわぁ……。
これぞ犬猿の仲と教科書に載せたいぐらいお手本の口論を繰り広げる二人を前に、思わず先輩という立場を忘れて呆然としてしまった。
あるてまってなんだかんだ同期仲が良い人たちばかりだから、こうやって真っ向から喧嘩する姿を見るのは珍しい。
でも沢山の人間が集まれば相性とか色々あるし、こうやってノリが合わないことのほうが世間では普通なんだろうな……。
さて、こうしている間も段々とヒートアップしていく二人を前に、どうやって止めようかと悩んでいると、
「もー、ふたりとも。先輩の前なんだから喧嘩しないで。ほら、シアちゃんはちゃんと反省して、旭くんも言い過ぎないように。分かった?」
「……ごめんなさい」
「わりぃ……」
息吹ましろの一声に、先程まで同期なんて解散だーと言わんばかりの勢いで言い争っていた二人が静まる。
火が点きやすい旭くんと亜彩さんの消火役がこの子というわけか。
「黒猫さん、ごめんなさい。この二人ちょっと子供っぽいっていうか、通話するとすぐ煽り合うみたいで……。でも根は真面目なんですよ!」
「センセー、真面目なやつは遅刻しないと思いまーす」
「自分だけ真面目ぶって良い子ちゃんアピールとかしないでくんない? 出来ないうちが目立っちゃうじゃん」
「いや出来ないって認めんなよ、そこはやれよ」
「出来たら苦労しないんですー」
「ふたりとも、わたしが先輩と喋ってるでしょ。黙って」
「はい」
「はい」
な、なんだろう。
この旭くんと亜彩さんだけじゃ凸凹コンビで収拾がつかないのに、息吹ちゃんが間に挟まることで絶妙に息の合うトリオは。
彼女が挟まることで緩和剤になるというか、むしろ挟まっていたと誤解していただけで本当は彼女が凸凹コンビを外側からプレスする器係というか……。
「とりあえず、改めて自己紹介しませんか? 先輩」
「あ、はい」
先輩の威厳、終了のお知らせ。
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